20-テスト中は勉強しましょう
次の日の朝、玄関に見慣れない黒のローファーが出されていた。
昨日来たばかりの、高校三年の紗月先輩のものだ。
居間に入ると、みつきがいつも通り座椅子に寄りかかっていて、かぐやは湯呑みにお茶を注いでいた。
はるかと凛子さんはまだ起きておらず、真琴さん新聞を広げていた。
その中で、紗月先輩だけが少しだけ居心地悪そうに座っていた。
「おはようございます」
声をかけるとみんなから次々と挨拶が返ってきて、紗月先輩に軽く頭を下げられた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「雪斗くんおはよう」
「紗月先輩、慣れま……せんよね一晩だと」
「ふふ、そうですね。でも皆さん良くしていただいているので」
みつきが笑いながら声をかける。
「人数多いし、何かあったら言ってくださいね!」
「ありがとうございます」
そう返事しながらも、視線が少しだけ泳いでいた。
無理もないだろう。
ここに来ていきなりこの人数だ。
みつきとかぐやは姉妹で来たし、あとの大学生組は全員知り合いなのだ。
集団の中で1人だけ浮いているというのは落ち着かないだろう。
「そういえば先輩は今日、学校まではどうするんですか?」
みつきがパンをかじりながら紗月先輩に聞く。
「ああ、それなんですけど……」
紗月先輩が少しだけ間を置くと奥から母が顔を出した。
「しばらくは車で送ってくよー」
なるほどそういうことらしい。
流石にまだ自転車も用意しておらず、通学路も通ったことがないのなら1人だけ歩きで向かわせるわけにはいかない。
「自転車、週末に買おうかと」
「あー、そっか。流石に歩きはきついですしね」
「最初から遅刻とかシャレにならんやろ?」
「本当に助かります」
母と紗月先輩がそんな話をしているのを聞いていたかぐやが口を開いた。
「通学路は一度覚えておいた方がいいかもしれませんね。今度みんなで行きましょう」
「はい、お願いしますね」
淡々としたやり取りだが、紗月先輩の表情はだいぶ柔らかくなり、少しずつ馴染んできている感じはある。
「じゃあ、紗月ちゃんそろそろ行こかー」
母親が声をかけると紗月先輩が立ち上がり「行ってきます」と言って玄関へと向かった。
玄関の扉が閉まって、車の音が少しずつ遠ざかっていく。
「三年生かー受験とか大変そうだよね」
「私もまだ実感ないけどね」
かぐやとみつきの会話を聞きながら、席に座る。
この日から何が変わったかと言われれば、特に何も変わらなかった。
あの日の夜の事は、みつきもかぐやも触れる事なく、2人ともいつも通りだった。
視線が合うことが増えたことぐらいだろうか。
いずれにせよ懸念していた問題などは起こることなく無事にテスト期間を迎えることができた。
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テスト初日が終わると、学校の空気は一気に緩んだ。
葵は机に突っ伏して現実逃避を始めた。
「終わったぁ……」
「まだ1日目だよ」
ひなたは呆れたように苦笑する。
「精神的に終わったって意味やよ」
「葵、それ毎回言ってるわよ」
「雪斗くんはどうだった〜?」
みつきは自分の使命は終わったかの如く気を抜いた感じだったが、まだ初日だぞ。
今日は国語と英語で、特筆することもなく授業と教科書で習ったことが殆どで、残りの問題もよく考えればわかるようなものばかりだった。
「まあまあかな」
「まあまあって言う人は大体出来てるやで」
荷物を片付け、帰り支度をしながら葵が恨めしそうに絡んでくる。廊下に出るとちょうど2階から降りてくるかぐやと合流し。
俺たちを見つけたかぐやが「どうだった?」と聞いてくる。
「雪斗は余裕だったでしょ?」
「雪斗は問題見てすぐ書き始めてましたよ」
「……見てたのか」
「席、斜め後ろだったもの」
ひなたがかぐやにまるで報告するようにテスト中の俺の様子を伝え始める。
思えば最近、この2人……こういう会話が多い気がする。
教室にいる時の話をかぐやに話し、かぐやは家での様子をひなたに伝えている。
みつきはそれを補足しているような。
考えすぎだろうか。
「ねえ、今日図書室いかない?」
そんなことに思考を巡らせていると、ひなたが復習会をしたいと言い出した。
「明日の数学の確認もしてほしいな」
「私、図書室は静かすぎて寝るわ」
「確かに葵は寝るだろうね」
「ひどい」
結局、そのまま5人で学校の図書室へ行くことになった。
放課後の図書室はほとんど……いや係の人すらおらず無人だった。
テスト期間だから誰かしら勉強してても良い気がするが、誰もいないなら気を遣わなくて良いし楽だ。
俺たちは入り口近くの長机の席に座った。
葵とみつきが並び、葵の向かいにひなたが座ると、隣の席に座れと促してくる。
席に座るとひなたは席を俺の方は少し寄せ、肩の触れる距離になった。
反対側にはかぐやが座り、こちらも同じように席をピッタリくっつけてくる。
「……狭いんだけど」
一応、抗議の声をあげるのだが、ひなたもかぐやも「そう?」とだけ言って教科書を開き始めた。
「……」
「雪斗……ここ分かんない」
ひなたがこちらに寄せてきたノートを見ると可愛らしい文字が並んでいる。
なるべくわかりやすいように説明すると、ひなたは真剣な顔で頷いた。
反対側からタイミングを待っていたかのようにかぐやがノートを寄せてきた。
「雪斗、ここだけど」
「……2年の問題ですよそれ」
「解るよね?」
「解るけど……」
差し出されたノートはひなたとは違う、なんというか美しい文字の羅列だった。
独学で勉強した範囲だからまず答えを出して、そこに至る経過を説明して授業と合っているかをかぐやに聞く。
「確かそんなこと言ってた気がする」
どうやら納得してくれたらしく、かぐやは次の問題に取り掛かったようだった。
ふと膝に何かが触れ、机の下へ視線を少し向けるとひなたの膝だった。
ついでにいうと、向かいに座っているみつきは足先で俺の左の靴先を挟んでた。
いつのまにと思いひなたを見ると、葵と2人で机に置かれてた新刊案内のチラシを見ていた。
勉強すらしていなかった。
しばらくすると、みつきが膝を動かしツンツンとしてくる。
「雪斗ここ……」
ノートを覗き込むと、ひなた前髪からふわりと甘い匂いが鼻腔に届く。
「ここは、こうかな」
「あ、ほんとだ……じゃあこっちは?」
そしてまた問題を解き、分からないところが出ると膝で合図され、解説するという時間が続くのだった。




