17-酔っぱらいからは逃げられない
離れの方から「終わりましたー」という声が聞こえ、みんながぞろぞろ母屋に戻ってくる頃には、居間にはすでに夕飯の匂いが広がっていた。
「お、ええタイミングや」
母が鍋の蓋を閉めながら言う。
「ちょうどご飯できたところやで」
「雪斗のお母さん、作るの効率良すぎやわ」
「ほんとよね」
「慣れや慣れ。ところで葵ちゃんはいつのまに雪斗のこと呼び捨てになったん?」
「えっ……あー。ほんまや確かに」
母は笑ったが、確かに少し前まで君呼びされていた気がするのだが、いつの間にか呼び捨てをされるようになっていた。
最も本人も自覚がないようなのでどうせひなやかぐやに引っ張られたのだろう。
そんなことを考えていると、テーブルの上にはあっという間に大皿に盛られた料理が並び始めていた。
居間には10人近く集まっている。
これだけ女の子が揃うと壮観だ。
「……雪斗、目のやり場」
葵がわざわざ聞こえないように言ってくるあたり、面白がっているふうにしか思えない。
季節は初夏。
荷解き作業はエアコンが効いているとはいえ暑かったのだろう。
各々がシャツやワンピースなど涼しげな格好になっていた。
うっすら額に滲む汗が逆に色っぽくもある。
「大家族みたいね」
料理担当のひなたも一仕事を終えたといった感じで腰に手を当てていた。
「ひなたちゃんはいつのまにうちの味覚えたん?」
「そっ、そんなことないですよ? 母に習ったままです」
「あーそうやんな。三輪ちゃんに教えたの私か。そら似るか」
母とひなたの母は友達同士で仲が良いと聞いていたのでそのつながりだろうか。確かに昔ひなたの家でご飯をご馳走になった時も、いつも通りの感じでご飯を食べていたわけだ。
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夕飯が終わるころには、居間の空気はすっかり落ち着いていた。
最初は少しよそよそしかった紗月も、大学生の凛子や真琴が自然と会話を回してくれるおかげで、いつの間にか会話に入っていた。
「ごちそうさまでした」
紗月が箸を揃えて言うと、母が満足そうに笑った。
「お粗末さん。口に合ったならよかったわ」
「とても美味しかったです。久しぶりにちゃんとした家のご飯を食べた気がします」
「寮で一人暮らししてたんなら、そうなるわな」
そう言いながら母は立ち上がると、ひなたと葵もさっと立ち上がった。
「おばさん、食器こっち持っていきますわ。ひなた、そっちの皿取って」
「うん」
そして2人は慣れた様子で皿を重ね始め、みつきもそれを見て食器を持って立ち上がった。
「私もやりますよー。遠慮しないでください」
「あ、私も」
ひなたが立ちあがろうとする紗月を手で制止して目の前の食器を持ち上げる。
「3人は今日は疲れてるでしょうしゆっくりしててください」
「あっ、ありがとう」
その横で、真琴は湯呑みを葵に渡しながら笑った。
「人数多いとこういうの早いよな。合宿とかもみんな一気に片付ける派だし」
「私は飲んでいたいけどねー」
はるかがそんなことを言いながらも自分の食器を片付けている。
「人多いと家事って逆に楽なのよね」
そうして居間のテーブルの上は、あっという間に片付いていに、気づけば、葵とひなた、みつきが台所の方で何か言いながら作業していた。
俺は湯呑みを持ったまま、それをぼんやり眺めていると、真琴がスッと隣に来た。
「雪斗くん?」
「なんですか」
「どう? 青春してる?」
「えっと……」
「ふふっ、モテる男は大変ねぇ」
返事に戸惑っていたのを肯定と受け取ったのか、真琴はグラスを傾けて笑う。
個人的には彼女の乗っている大型バイクが気になるのでそっちの話も聞きたかったが、今日はそろそろ出来上がりそうな雰囲気だった。
そのとき、台所から葵の声が聞こえた。
「よし、終わり!」
「さすがに早かったね」
「これだけいるとほんと早い」
母が台所から顔を出した。
「あっ、葵ちゃん、ひなたちゃん、もう暗いし送っていくで」
「いやいや大丈夫ですって、すぐそこですし」
「ええから。女の子2人で夜道歩かせるほど無責任ちゃうわ」
葵は少し考えてから肩をすくめる。
「じゃあ甘えます」
「ありがとうございます」
そうして、2人は手を洗ってから鞄を持ち、みんなといくつか話をしたあと、玄関の方へ向かう。
ひなたが部屋から出る前にふと振り返った。
「雪斗……また来るね」
「いつでもどうぞ」
「ほなまた明日ー」
そう言って2人は車のキーを持った母と出ていった。
玄関の戸が閉まり、少しして車のエンジン音が遠ざかると一気に静かになった。
「雪斗くん、お風呂はいる?」
「俺あとでいいから疲れてる人から」
「明日も早い学生さんから入ればいいんじゃない?」
はるかが言い、みつきが同意する。
「じゃあ先に入っちゃいますね。紗月先輩いいですか?」
紗月が少し遠慮がちに言う。
「私は全然後で大丈夫です」
「みつきが出たら入ってきてください先輩」
「ふふっ、高校生3人で入ればいいのに。入れるよね?」
「いや、流石に恥ずかしいですよ真琴さん」
そんなやり取りを横目に、俺は立ち上がった。
「俺、部屋で勉強してきます」
「……雪斗くんも一緒に入る?」
「――みつきっ⁉︎」
「なんでだよ。ちょっと勉強してくるよ期末前だから」
冗談で言ってるのが丸わかりなのに、かぐやがすごい顔をみつきに向けていた。
そして俺はこれ以上巻き込まれる前に2階へ逃げ出したのだった。
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部屋でしばらく問題集を開いていると、下から風呂やドライヤーの音が順番に聞こえてきた。
――コンコン
部屋をノックする音に顔を上げ扉を開くとパジャマ姿のみつきとかぐやだった。
「そろそろ寝るねって言いにきたの」
「もうみんな入ったから雪斗も入って?」
かぐやは夏用のパジャマ……桃色の口元に、いつかの脱衣所事件のことがフラッシュバックする。
ひなたはいつも通りのダボダボのTシャツで、いつも胸元の防御力が低すぎて視線の向きに気を使う。
「雪斗くんも一緒に寝る?」
「最近、みつきはそのネタばっかりだな」
「ふふっ、そうだっけー? 私は別に本気にしてくれてもいいんだけど? ねぇ、お姉ちゃん?」
「えっ、え……? 私⁉︎」
突然のキラーパスにかぐやが慌てるが「ほら寝るわよ」とみつきを引っ張って下へ降りていった。
お休みと2人の背中に声をかけ、着替えの用意をしていると気づけば22時を少し過ぎていた。
階段を降りて居間を覗くと紗月もすでにおらず、高校生組はすでに寝に行ったらしい。
母も居ないので部屋で飲みながらテレビでも見ているのだろう。
居間に残ったメンバー、はるか、凛子、真琴がお酒の入ったグラスを片手につまみを食べていた。
どうやら3人とも風呂も上がったらしく、ラフな格好で立膝でリラックスしているようだった。
「いや、だからあの山さ」
「うん」
「熊出るって言われてたんだけど、普通に出た」
「笑い話じゃないじゃないですか先輩」
完全に酒盛りの3人の中で、はるかが俺を見つけた。
「あ、雪斗」
凛子がグラスを持ち上げていい笑顔を向けてくる。
「雪斗くん、こんばんは」
真琴は缶の残りを一気に喉へ流し込み、少しトロンとした視線を向けてきた。
「雪斗君も風呂かい?」
「はい」
「そうか、残念ながら私ももう出たから、今度な」
「今度……なんですか?」
「ん? 一緒に入りたいんじゃないのか?」
……なんでだ。
俺はこれ以上巻き込まれないよう、適当に返事をしてから風呂へと向かったのだった。
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脱衣所の扉を閉めると、さっきまでの居間の声が少しだけ遠くなった。
服を脱ぎながらも、真琴の「今度一緒に入るか?」という言葉が頭の中で引っかかっている。
……なんでそんな流れになるんだ。
この家に来てから、どうも大学生組は距離感が近い。
いや、近いというより、遠慮がない。
服を脱ぎ、洗濯物用のカゴへ服を放り込もうとして誰かの……直前に入ってたであろう誰かのブラジャーとショーツが目に入る。
(……男子高校生の教育に悪い)
そう思いながら、風呂へ入り頭からシャワーを浴び体を洗った。
風呂に入って少しぼんやりしていると、廊下の向こうから笑い声がまた聞こえてきた。
どうやら宴会はまだ続いているらしい。
風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら居間の前を通ると、3人はまだ同じ場所に座っていた。
テーブルの上にはビールと酎ハイの空き缶と日本酒の瓶、そして開きっぱなしのつまみ袋。
完全に酒盛りに突入している様子だった。
はるかはソファ代わりの座布団に横向きで座り、いつも通りの短いタンクトップにゆるい短パンという格好で、片膝を立ててグラスを持っている。
肩紐が少しだけずれていて、鎖骨から胸元のラインが無防備に見えており今にもこぼれ落ちそうだ。
凛子は薄い部屋着のシャツにショートパンツという格好で、脚を崩して座っている。
風呂上がりらしく髪が少し湿っていて、首筋にかかった髪を指で払う仕草がやけに色っぽい。
そして真琴はTシャツにラフなジャージという格好だが、さっきまでバイクに乗っていた人とは思えないほどリラックスして、片手で缶を揺らしていた。
真琴が俺の視線に気づいたのか声をかけてくる。
「お、雪斗君。もう上がったのか」
「はい」
凛子がグラスを持ち上げて笑う。
「早いね雪斗君。若いと回復も早いのかな」
はるかが座布団をぽんぽん叩きながら言ってくる。
「雪斗君、まぁ、ちょいと座りなよ」
「俺まだ髪乾かしてないんで」
「いいじゃんいいじゃん。お酒は出さないから」
真琴が笑いながらペットボトルの蓋を開けた。
「お茶ならいいだろ」
……巻き込まれた。
諦めて居間に入ると、凛子がペットボトルを差し出してきた。
「はい、麦茶」
「ありがとうございます」
どこに座ろうか一瞬悩んだ瞬間、真琴と凛子が離れ、間の座布団をポンポンされる。
2人に挟まれ、正面にはるかがくる形になる。
座ると、左右からだけでなく正面からはるかもニヤニヤと俺のことを観察するように視線を向けてくる。
2人とも……いや正面も含めて頭がクラクラするようないい匂いがする。
リンスやボディーソープの匂いだろうか。同じものを使っていると思っていたがみんな別々のものを使っているのだろうか。
「しかし雪斗君、なかなか大変な環境だよな」
「何がですか」
真琴がそういうと、はるかが笑った。
「女子だらけのこの家だよ」
「そう……ですね」
「今日だけで一気に増えたもんね」
凛子がくすっと笑い、真琴が缶を揺らす。
「下宿って言っても普通ここまで人数いないだろ」
「俺もそう思います」
3人は楽しそうに笑い、真琴がふと真顔になる。
「雪斗君は彼女いるの?」
唐突にストレートにぶっ込まれた。
「いませんよ」
「ほんとにー?」
凛子が軽く首を傾げながら顔を近づけてきて小声で囁く。
「でもさ、ひなたちゃんって子、結構雪斗君のこと気にしてる感じだったよね」
俺が答えに詰まると、真琴が笑った。
「映画の話してたとき、ひなたちゃんに袖か裾をつかまれてたの気づいてた?」
「……見えてたんですか」
「普通に見たし、雪斗君も気づいてるんじゃんー。罪な男だよ」
はるかがグラスを揺らしながら続ける。
「みつきちゃんは結構堂々と雪斗君の手とか掴んでたし」
「あれは……なんかボディータッチみたいなもんじゃないですかね」
凛子が笑う。
「あの近さはね。好きピ以外ないね」
「好きピとか久々に聞いたよ凛子」
「あはは、そうですかねー」
「でも凛子の言う通り、私もそう思うぞ。好きな男にはナチュラルに触ってくるタイプだなー凛子と同じだな」
なぜか凛子らニヤニヤとし、正面からはるかが身を乗り出してきてきた。視線が自動的にそっちに向いてしまうのを制御して手に持ったグラスに固定した。
「でも雪斗くん、かぐやは逆に分かりやすく意識してるよね?」
「……?」
一瞬理解できないという顔をした俺を見て、3人が顔を見合わせてふふっと笑った。
何を言っているのかと思っていると、真琴が隣から肩に腕を回してきて、彼女の膨らみが肩にあたり、意識がそっちに持っていかれる。
「雪斗君、青春してるなー」
はるかが頷き、凛子が缶を一気に煽った。
「ほんとそれ」
「高校生っていいよね〜」
俺は麦茶をもう一口飲んだ。
かぐやが意識している?
俺のことを?
どう言うことがよくわからず、悩んでいると真琴がふっと笑い、ぎゅっと首を抱き寄せてくる。
「まあでも、頑張れ少年ー」
そんな誠に凛子が肩をすくめた。
「まあ雪斗君は大変だろうけどね……絞り尽くされて枯れちゃうよ」
3人は何がツボに入ったのか、豪快に笑った。
俺はなるべく無言を貫き、麦茶を飲みながら話を聞いていると、3人の話はさらにエスカレートするのだった。




