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15-また女の子が増えるらしい

 玄関の方から宅配便の声が聞こえ、俺は立ち上がった。


「ちょっと出てくる」


 居間を出て玄関を開けると、作業服の男が立っていた。

 後ろには大きな引っ越しトラックが止まっているのが見える。



「葛城さんのお宅でしょうか。本日お届けの荷物なんですが受け取りのサインをお願いできますか」


 差し出された3枚の伝票を見る。



 宛名は葛城家。

 送り主の欄には見慣れない名前。



 それも3枚とも違う名前だった。

 しかも宅急便ではなく、引越し業者の伝票だった。


 そこで母が言っていたことを思い出した。


『あと3人はまた今度やな』


 なぜ今まで忘れていたのだろう。



 やっとみつきとかぐや、はるかの3人が増えたことに慣れてきたというのに、このタイミングでさらに増えるのか。



「あの、サイン私でいいですか?」

「助かります、ではこちらにお願いします」


 ペンを受け取って名前を書く。男は伝票を確認して軽く頷いた。


「ありがとうございます、では荷物を降ろしていくんですが、どちらに下ろしていきましょう」



 待ってたかのようにトラックの後ろが開く音がし作業員が何人か出てきた。


「奥にある離れでいいですか」


 そう言いながら簡単に場所を案内する。

 九条姉妹と藤森はるかの部屋にある隣の部屋とその裏の中廊下を挟んだ反対側の2部屋だ。



 作業しやすいように縁側を開け、ここから上り下りしてくれて大丈夫ですと伝えて居間にもどった。

 4人とも勉強の手を止め何事かと俺に視線を向けてくる。



「雪斗、なんのトラックやったん?」

「引っ越しの荷物」



「誰の」

「新しい下宿人だってさ」



 一瞬、空気が止まった。

 何を言われたのかを整理し終わったのが一番早かったのはやはり葵だった。




「……え、ちょっと待って、下宿ってもうみつきと先輩とはるかさんおるやん? まだ増えるん?」

「まだ3人来るって聞いてた」


 葵は俺を見たまま固まった。


「3人?」

「そう」


 葵はゆっくりとひなたを見る。


「ひなた……知ってた?」

「……聞いてない」


 ひなたが首をふり、葵が天井を見上げた。



「ちょっと整理させて。今この家もうきゃわいい女子が3人住んでるやん? そこにさらに3人来るん?」


「そうなる」


 きゃわいいのは同意するが、それには触れずになるべく感情を押し殺して返事をした。


「雪斗の家、どういう状況なんよ……おばさん、宿でも始める気かいな」

「俺に聞くな」


 実際、下宿人3人の食事の用意から生活のサポートまで母は毎日忙しくこなしている。

 あと3人増えようが手間は変わらないと言っていたことを思い出した。



「まだ増えるって聞いてたけど、思ったより早いね」



 葵が驚いたように振り向いた。



「え、みつき知ってたん?」

「うん」


「なんで言わんねん」

「えー……聞かれなかったから……というかそういう話題にならなかったし」


 何を心配しているのか、葵が頭を抱えてひなたの肩に手を置いて、俺が手に持ってた伝票を覗き込んだ。



「雪斗……ほんまに全員女の子やん」

「そうみたいだな」

「……もう女子寮ハーレムものやん」



 葵が何やら妄想を始めたところで、みつきが俺の袖を軽く引いた。



「雪斗くん、部屋ってもう決まってるの?」

「みつきのへやの隣と、中廊下の反対側」


「雪斗の家ほんま広いなぁ。ほんまに宿できるレベルやん」



「雪斗」

「なに?」


 それまで黙って聞いていたひなたが口を開いた。


「わたしも下宿する!」

「いや、あほか」


「落ち着け」



 とりあえずとち狂ったことを言い始めたので、俺と葵から鋭いツッコミが入る。

 葵に額をぺちっと叩かれて「あうっ⁉︎」と声を出し、涙目になるのだった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ひなたは額を押さえたまま、少しだけ頬を膨らませた。


「だって……」

「だってちゃうわ。いきなり何言い出すんや。自分の家すぐそこにあるやろ」


「……分かってる」


 ひなたは小さく言いながら、まだ少し不満そうに俺を見る。


「雪斗の家、なんかどんどん女の子増えるし」

「俺のせいじゃないけどな」


「でも住んでるの雪斗の家だよね」

「そうだけど」



「ひなたがついに堂々と嫉妬し始めた」

「違うもん」


 即答だったがただ声がちょっと小さい。


「でも楽しいよね、家がにぎやかになるの」

「みつきは住んでる側なんだけど」


「ところでみつき、さっきから雪斗にくっつきすぎちゃう?」

「そう?」



 みつきは俺の手首に触れるように指を這わせている。

 握られているわけではなく少し触れられている程度なのだが、最近こういうことが多い。

 毎回それを見た葵はにやにやとしているが、ひなたがガン見してくる。


「普通じゃない?」

「普通ちゃうやろ」


 葵が俺を見る。


「雪斗?」

「……別に良いんじゃないか」


「甘やかすなや! なぁ、ひなた?」

「えっ? あ、うん」


 ひなたが摘んでいた俺の袖から指を離してスッと離れた。


「……こっちもあかんわ」


 そのとき、縁側の方から作業員の声が聞こえた。


「荷物はすべてお部屋に入れておきましたので、こちらで終わりです」

「あ、はい。ありがとうございます」



 数人の作業員は軽く会釈して外へ戻っていき、しばらくしてトラックのエンジン音が遠ざかり、また静かになった。


「もしかして雪斗くんのお母さん、迎えにいってるのかな?」


 そのとき、廊下の奥の襖がゆっくり開いた。


「なんか外うるさいと思ったら……みんなお揃いなのね」




 明らかに起きたばかりという見た目の藤森はるかだった。


 髪はボサボサで、短パンとタンクトップだけというというかなりラフな格好のまま居間に顔を出した。



 タンクトップも裾が短いタイプで、裾から細いくびれとヘソが見えている。

 葵が一瞬固まる。



「……はるかさん?」

「ん?」


「雪斗もおるで」

「んー? ふぁぁ〜……ふ……別に気にしてないから……ふぁふ……ねむ」


 はるかはまだ寝ぼけている様子で、お腹を掻いている。



「ところで何か運び込んでた?」

「新しく下宿する人の荷物らしいです」


 はるかは少し目を丸くした。



「そうなんだ……ふぁぁ〜……楽しくなりそうだねぇ」



 そう言いながら、はるかはそのまま居間に入ってきて俺の隣にすとんと座った。


「あ……」

「あー……はるかさんそこ私」


 みつきが場所を取られたとばかりに抗議の声を出し、ひなたも小さく何かをこぼした。

 葵が小声で言う。


「雪斗……はるかさんいつもあんな感じなん?」

「普段見かけないけど……大体は?」

「ふーん」


 葵は何か言いたげだったが、はるかはテーブルの上の参考書を見て「勉強会か」と眠そうにこぼした。

 タンクトップの肩紐が少しずり落ちてきて、こぼれ落ちそうだ。正直目のやり場に困る。


「雪斗……目のやり場は? いつもどないしてるん?」

「知らん」



 健全な男子高校生にそんなことを聞かないでほしい。

 理性としてはダメだと思いつつ、本能がそれを許してくれないのは遺伝子的にそうなっているせいだと自分に言い聞かせているのだ。



「もっとガン見してもいいよ」

「はるかさん! そういうのずるい」



 はるかがタンクトップの肩紐を持ち上げる横でひなたが方向違いの抗議の声を上げ、少し咳払いをした。



「はるかさん、あと3人来るらしいよ」

「うん、それは前に聞いた」

「どんな人なんでしょうね」


 はるかは少し笑う。


「でも田舎の古民家で一緒に住んでるって、すごいよね。民俗学を学ぶ身としては、結構わくわくする状況」


「なんや、うちら研究対象なんですか?」

「地元の人っていう意味ではちょっとだけね」

「ちょっとだけて」


 その横でひなたが少し不安そうな表情で窓の外を見ていた。


「……雪斗、ほんとにあと3人も女の子が増えるの?」

「そうらしい」


「ひなた、また下宿するとか言い出したらあかんで」

「言わないわよ」

「さっき言うてたやん」


 ひなたが頬をぷくっと膨らませた。


「ほんまにラブコメの舞台みたいになってきたやん……雪斗どないするん」


 葵とみつきは楽しみだと笑う隣で、かぐやとひなたは複雑な表情を浮かべていたのだった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 かぐやは腕を組んだまま、静かにため息をついた。


「葵、あまり面白がらないでよ。雪斗が一番、自分は関係ないって顔してるわよ」

「それはそうやな」


 葵は何が楽しいのかニヤニヤしながら顔を近づけてきた。

 葵にしては珍しい距離で、花の香りがふわりと香る。


「雪斗、あんたほんまに他人事みたいな顔してるけど、これから知らん女の子が3人増えるんやで?」

「俺が呼んだわけじゃないからな……」


「そういう問題ちゃうねん。普通の男子高校生の人生で、こんな展開まず起きへんのよ」

「だよな……俺もそう思う」


「でも雪斗くん、あんまり驚かないよね」

「もう女の子が3人も住んでるからな」


「もしかして、慣れた?」

「多少は」


「順応力高いね……もっとドキドキしてくれてもいいんだよ?」



 みつきはそう言いながら、また指先で俺の手首をつつき、そっと腕を回してくる。

 みつきは、なんというかいつも柑橘系の匂いがする。

 視線の端でひなたの視線がさらに鋭くなるのが見え、その隣の葵はさらにニヤニヤとしていた。



「ひなた」

「なに」


「あかん顔になってるで」

「……普通よ」


「でもさぁ〜……」



 いつの間に持ってきたのか、缶ビールを開けながらはるかが眠そうに口を開いた。

 まさか寝起きから飲むのか。



「いや、はるかさんビール……」

「まぁまぁ。で、3人増えるってことは、離れの部屋埋まる感じ?」


「寮っぽいね」

「ほんまや、女子寮やん」


「……まだ離れの2階は空き部屋があるけど」

「雪斗、なんでいまフラグ立てたん?」


「えぇ……今のがフラグか?」


 はるかはビールを一口……いやあれだと半分くらい無くなっていそうだが、喉を潤してから少し考える顔をした。


 そのだらしない見た目と表情が合っていない。


「面白いよねぇ。こういう古い家に若い人が集まって生活するって、完全に昔の下宿文化だよね」

「はるかさん完全に研究目線やな」


「これでも白鷺で民俗学のゼミ入っるからね」

「……雪斗、増える3人ってどんな人?」


「聞いてないなぁ……」

「そっか……」


 ひなたはそれだけ言って、窓の外に視線を向け、それを横目で見ていたかぐやも同じようにその視線を追った。



「お母さんが迎えに行っているなら、そろそろ戻ってくる頃ね」


 そういえばいつの間にか、はるかやかぐや、みつきも俺の母のことをお母さんと呼ぶようになったなと考える。


 葵が腕を組み、なにやらうんうんと考えている。



「これは完全にスチルイベントが発生するやつやな」



 まさか葵はそっち系のゲーマーなのかと、考え始めたところで外から車のエンジン音が聞こえた。


「おばさん帰ってきたで」


 玄関の方から車が止まる音がして、ドアの閉まる音、そして玄関の扉がからからと開く音がした。


「ただいまー」


 聞き慣れた母の声がした。


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