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14-先生役は逃げられない

 モールの通路は夕方の人で少し混み始めており、ガラス越しに外を見ると空はもうだいぶ赤くなっている。


「そろそろ帰る? さすがに歩き回ってちょっと疲れてきたわ〜」


 葵が肩を回しながら言った。


「えー、せっかくだし最後に本屋さんくらい寄ろうよ」


 特に買いたいものはないが、本屋をぶらつくのはむしろ俺も好きだ。

 かぐやも「せっかくだし」と乗り気のようなので、全員で本屋へ向かうことにした。


 店内は冷房の効いた空気と、紙の匂いが充満しており、葵はすぐに漫画コーナーへと消えた。

 雑誌の棚を通り過ぎ、俺はなんとなく参考書の棚の前で足を止めた。


「雪斗、ちょっとこれ見て」


 新しい参考書でも買おうと手を伸ばしかけた所に、ひなたが数学の問題集を持って現れた。


「期末の範囲ってこの辺だよね? さっきパラッと見たんだけど、普通に難しそうなんだけど」

「普通に範囲だな。授業で先生が似たようなのやるって言ってたし」


「なんか見た瞬間に“これ無理かも”って思ったんだけど」


 ひなたは真剣な顔でページをめくる。


「……これ、解ける?」

「まあ、解けるとは思うけど」

「ほんとに?」


 ひなたは少し黙って問題集を閉じ天井を見上げた。


「……やばい。全然覚えてない」


 そのタイミングで、葵が漫画コーナーから戻ってきた。


「何の話してんの?」

「期末の話」


 葵が一瞬止まる。


「……期末?」


 みつきも雑誌を棚に戻しながら言う。


「確か再来週じゃなかったっけ」


 葵の顔が固まった。


「……マジで言ってるん?」


 みつきがスマホを見ながら答える。


「うん。たぶん授業も来週あたりからテスト範囲のまとめ入るんじゃない?」


 葵も天井を見上げて固まった。


「……終わった」

「私も」


 俺は参考書を棚に戻す。


「普通に勉強すれば解けるよ」

「雪斗は普通に授業聞いて普通に問題解けるタイプやん」


 みつきが少し笑う。


「でもさ、雪斗くん授業で当てられても全部普通に答えてるよね。最近の範囲普通に難しいってみんな言ってるし」


 そのとき、後ろから落ち着いた声がした。


「あなた達」


 振り向くとかぐやが参考書をパラパラとめくっていた。


「期末大丈夫なの?」


 葵とみつきが目を逸らす。


「……あかんかも」

「……ダメかも」

「……やばいかも」


 唐突に3人目の声が重なった。

 振り返るとみつきがファッション誌を手に苦笑していた。


「ええっ? ひなたは勉強できるでしょ?」

「いや、みつき。ひなたは案外アホの子やで」

「アホの子――⁉︎」


 みつきだけでなく、かぐやも驚いているが、現実は残酷だ。

 少なくとも真面目ではあるし勉強も復習もちゃんとしている様子はある。


 だがそれとテストで良い点が取れるかは別問題だと聞いたこともある。

 コツ……手順さえ覚えれば圧倒的に飲み込みがいいのに、そのために全てのパターンを覚えようとするため勉強効率が悪いのだ。


「大丈夫なの? 白鷺は授業で言われたことは普通にそのままテストに出るわよ」


 ショックを受けた顔をしているひなたをよそに、かぐやもため息をつく。


「大丈夫じゃない」

「大丈夫ちゃうわ」


 ひなたが俺の袖を軽くつついた。


「雪斗……勉強教えて……?」

「私も!」

「ほんなら勉強会せーへん? その方が効率いいんちゃう?」


 葵が手を上げて視線を向けてくるのだが、なんだその視線は。

 俺に拒否権はないのか?


「先生ー」

「なんで俺」


「一番勉強できるやん?」

「でもさっき普通に問題解けるって言ってたよね? 結構すごいことだと思うよ」


「雪斗の家でいい?」

「なんで……」


 俺の意思とは関係なく勉強会とやらの予定が固まっていく。

 葵がうなずき、かぐやも少し考えてから言った。


「……まあ、私も教えられるし」


 全員の視線を受け、諦めることにした。


「どうせこのままだと全員落ちるでしょ。だったら一度まとめてやった方が効率いいと思う」


 葵が嬉しそうにうなずく。


「先生、よろしく頼むわ」

「先生じゃないからな」


「じゃあ雪斗先生って呼ぶ?」

「やめて」

「……頼りにしてるわ、雪斗」


 ひなたまで縋るような視線を向けてきた。

 実際、みつきは問題ないだろうと思う。

 問題は葵とひなただなと考えながら、俺は早速どうやって教えていこうか悩み始めるのだった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 日曜日の昼過ぎ。

 葛城家の居間のテーブルには、教科書とノートと問題集が広がっていた。


 窓は少しだけ開けてあって、山の方からゆるい風が入ってくる。


「ちょっと待って雪斗、この二次関数の問題なんやけどさ、途中までは授業でやったの覚えてるんやけど、このあと急に式が増えるところが全然分からへんのやけど」


 葵はまだギリギリ授業についていってるようだが、ノートを覗き込んでみると、とにかく習ったことだけを真面目に覚えているという感じだった。


「そこはこの式を先にまとめてから展開してるだけだから、括弧の中を整理してから次の行に行けば同じ形になる」


 葵は頭で反芻しながらしばらくノートを見る。


「……なるほど……いや、ごめん、半分ぐらいしか分からへん」

「それは見れば分かる」


 ひなたが横からノートを覗き込んだ。


「雪斗、私もここ分からないんだけど、この数字どこから出てきてるの」

「その行の途中で約分してる」

「約分?」


 ひなたはノートをじっと見て、少しだけ考える。


「……あ……ほんまや」


 葵は気づいたようだが、ひなたはまだ考え込んでいる。


「葵、わかった?」

「うん、ここで、こうやな」


 葵がノートを引き寄せメモをする。


「……雪斗、もう一回説明してほしい」


 ひなたが少し自重気味に笑うが、目は真剣だった。

 その横でみつきも問題集を見ながら姉のかぐやに解き方を聞いていた。


「お姉ちゃん、この問題どうやるの? 途中までは解けるんだけど、このあと式が急に変わるところで止まるんだよね」


 かぐやは自分のノートと参考書を見ながら教えている。


「その問題は別の解き方があるのよ、まずこの式を変形してから——」


 途中まで説明して、ふと手を止めもう一度参考書を確認した。


「……待って、これだとちょっと遠回りね」

「さすがお姉ちゃん、去年やったことも覚えてるんだ」


 隣の九条姉妹の会話が少し気になったので、唸っているひなたを少し放置して、少し口出しをする。


「その問題はこの式を先にまとめれば一行で終わる。そっちの方が早い」


 かぐやが顔を上げる。


「え? どこを?」

「ここでこの項を移して、こっちを先にやればシンプルになる」


 みつきがノートを見て目を丸くしている横で、かぐやは俺の説明通りに計算用メモ用紙に走り書きをする。


「ほんとだ」


 かぐやが静かにノートを見て、数秒ほど黙った。


「……雪斗」

「何」


「どこで習ったの?」

「いや、その問題は式見れば分かる」


 かぐやは少しだけ眉を動かし、自分の鞄の中から別の参考書を取り出した。

 白鷺のロゴが入った問題集……ただし二年生のものだ。


「ちなみに、この問題、さっきの応用系なんだけど分かるかしら」


 葵が覗き込んできて「いや、数字多いわ」と言いながら自分の問題の処理に戻った。

 どうやら気にしないことにしたようだ。


 テーブルの上に広げられた問題を見て、用紙にメモしながらサクサクと解いていく。

 少しだけ考えメモをして、解に向けての方法を考える。


「この式を先に変形して……これをこっち」


 かぐやが俺の説明に沿って同じように問題を解き、解説とともに計算式を追う。

 それから、小さく息を吐いた。


「……うん」


 ノートを閉じて、なにやら考え事をしてから、かぐやは少しだけ目を細めて俺を見る。


「全国模試って受けたことある?」

「ないな」

「模試? なんの話になっとるん?」


 葵が気になるのか手元の問題集を読んでまた諦める。


「一度も?」

「ない」

「……なるほど」


 何がなるほどなのかわからないが、何やら納得したのだろうか。


「ねぇお姉ちゃんそれ、2年のやつ?」

「2年から始める受験対策の問題集……の、難関大向け」


「難関大学向け……?」


 流石にさっき解いたやつは基礎部分だろうし、基礎問題には難関向けも何もない。

 そう思ってたのだが。


「でもさ、雪斗くん普通に問題解いてるし、うちのクラスでも普通にやってるよね。葵もひなたも必死っぽいのに……私も必死だけど」


 葵がうなずく。


「それはそう。白鷺難しいって」


 ひなたは視線を逸らしノートに視線を落とす。


「うん……難しいよ……雪斗すごいよね……どうして解けるの?」

「ほんまやわ、雪斗、偏差値いくらあるんよ……青垣の偏差値48ぐらいやで?」


 なぜかそんな話になりかけた時、外から低いエンジン音が聞こえた。

 明らかに家の前で車が止まった音だった。


「……雪斗、なんか来たで? 宅急便ちゃうか?」


 みつきが窓を見る。


「トラック停まってるよ?」


 俺も立ち上がり縁側から覗き込もうとした時、玄関の方から声がした。


「すみませーん、葛城さんのお宅で間違いないでしょうか」


 それは知らない男の声だった。


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