13-下宿人が積極的すぎる
時間はあっという間に過ぎていく。
最初はぎこちなかった学校生活も、気づけばそれなりに形になってくる。
祝日のない地獄の6月も半分ほど終わり、梅雨の湿った空気が街中に残る頃。
俺たちの学校環境もだいぶ慣れてきた。
学校では相変わらず女子ばかりだが、最初みたいに珍しい生き物を見るような視線は減った。
クラスの空気も落ち着き、昼休みには自然と5人で集まることが多くなった。
俺、ひなた、葵。
それに、みつきとかぐや。
最初はただの流れだった気もするが、気づけばその5人が一番自然だった。
「なあ、橿原まで行かへん?」
「隣町?」
「隣の隣かなぁ……ショッピングモールあるんやけど、映画館とかも。行ったこと無いなーって思って」
「ああ」
最寄りから電車で30分ぐらいだが、駅からバスなので結局1時間ぐらい掛かる。
それでもこの辺からするとかなり大きいし、暇つぶしにはちょうどいい。
「たまには遊びに行こや~」
葵がそう言うと、みつきがすぐ乗ってきた。
「私いくー!」
「即答だな」
「だってそろそろ夏物ほしいもん!」
なるほど、そっち方面の買い物は考えていなかった。
「かぐや先輩は?」
葵が自転車を漕ぎながら声を掛けると、かぐやは少しだけ考えてから言った。
「……別にいいわよ」
「やったー決まり!」
そして、なぜか自然な流れで俺と隣に並んでいたひなたを見る。
「ひなたは来るとして、雪斗くんも当然来るよね?」
「なんで当然なんだ」
「来ないの?」
「行く」
「ほら」
みつきが満足そうにうなずいた。
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次の土曜日。
駅から電車に乗って30分で、バスに乗って某ショッピングモールへ。
敷地内には『日本一広い』と噂の雑貨店も出来て、最近ますます混んでいる気がする。
ガラス張りの3階建だが、普段の生活圏では見かけないサイズなのでこれだけでもかなり大きく感じる。
「わあ……」
みつきが素直に声を上げた。
「思ったよりおっきいねー」
ひなたも周りを見回している。
「そういえば映画館もあったよね?」
「ある」
「ゲーセンもある?」
「ある」
葵が少し笑う。
「みつき、完全に観光客やん」
「だってここ来るの初めてだもん」
そう言いながら、みつきが俺の方を見る。
「雪斗くん、案内して」
「久しぶりすぎて忘れてる」
「え-……じゃあ一緒だ」
みつきが楽しそうに笑い、かぐやとひなたはじっと案内板を眺めている。
「適当に歩く? お姉ちゃーん、どこか行きたい店ある?」
「適当にぶらぶらでいいんじゃない? ひなたは?」
「私もどこでもいいですよ、葵は寄りたい所ある?」
「ん~……せっかくやしぶらつこか」
ショッピングモールの中は涼しかった。
エスカレーターの前で、みつきが俺の腕をつかんで引っ張る。
「はい、こっち」
「……なんで腕」
「はぐれると困るでしょ」
「こんな場所で?」
「人多いし」
確かに人は多い。多いが、腕をつかむ必要があるかと言われると微妙だ。
葵が後ろから言う。
「完全に彼女ポジやん、ひなたええの?」
「違うよ」
「なんで私に聞くの?」
みつきは否定するが、腕は離さない。そしてひなたの視線が何故かもう片方の腕に刺さっている。
「迷子防止ってことで、ね?」
「俺が迷わないようにってこと?」
「うん」
「意味が分からん」
エスカレーターでみつきが一段上に立つと、腕を掴まれているのもあり距離がいつもより近い。
みつきがその場で振り返る。
あぶないぞ。
「ねえ雪斗くん」
「ん?」
「こういうとこ、よく来るの?」
「たまに……?」
「デートとか?」
「なんでだよ。違う、本屋に来るぐらい」
みつきが少し笑う。
「へえ~」
「なんだ」
「べっつにー?」
2階に着き歩き出そうとすると、まだ腕はみつきに掴まれたままだった。
「で、みつきはいつまで掴んでるんだ」
「もうちょっと」
「なんで」
「なんとなく?」
葵とひなたは前に行って店を見ており、俺がひなたに腕ロックされていることは特に何も思うことがないようだ。
後ろではかぐやがゆっくり歩いてキョロキョロしており、こちらも助けてくれる気はないようだった。
「雪斗くんってさ」
「ん?」
「近くで見ると、意外と普通だね」
「どういう意味だ」
「学校だとさーなんか特別な感じがするんだよね」
それはレア度の問題という意味だろうか。
「男子一人だからだろ」
みつきがうなずく。
「うーん……でもこうして歩くと普通」
「普通で悪かったな」
「ううん、普通の方がいいの」
そう言ってみつきは少しだけ笑った。
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誰が言い出したのか、俺達はそのまま映画を見ることになった。
なんか公開されたばかりのアクションもので、結構前評判は良いらしい。
モール3階にある映画館へ向かい、チケットを買う。
みつきと葵が揃ってポップコーンを書い、俺とひなた、かぐやはアイスコーヒーだけを勝ってから入った。
ちなみに席は横並びで5席。
葵とみつきはポップコーンを分け合うらしく隣同士で座り、俺はかぐやとひなたに挟まれた。
座ると、肘掛けの距離が思ったより近かった。
映画が始まる前の薄暗い時間に隣のかぐやが小声で話しかけてくる。
「……狭いわね……雪斗、近いんじゃない?」
「それは席の問題だろ」
かぐやはそれ以上何も言わなかった。
映画が始まりあたりが真っ暗になる。
しばらくして、かぐやの肩が少し動き、肘が触れた。
「……」
「……」
映画は見やすい体制で見ればいいやと思い、俺も動かずそのままだったが、かぐやも肘を動かすことはなかった。
「……」
途中でかぐやが少し体勢を変え、髪が肩に触れる。
シャンプーの匂いが、少しだけする。
「……」
「……」
すこし視線を横に向けると、画面の光でかぐやの横顔が照らされている。
かなり真剣に見ている顔だった。
映画の音が大きく響いた時に少し肘を動かし「近い」と呟いたが、離れるつもりはないようだ。
ちなみにいつからか気づかなかったが、反対側のシャツの袖はひなたに摘まれていた。
そのまま最後まで映画を見て、外に出るとすでに夕方だった。
食べすぎたのか葵とみつきが大きく伸びをしている。
「映画館って、なんか疲れるわ~」
「座ってただけだろ」
「集中するやん?」
葵はずっと食ってた気がしたが、あえて指摘する程でもないかと思っていると、ゴミを捨ててきたみつきが戻ってきた。
「雪斗くん」
「ん?」
「今日は楽しいね!」
「そうか」
「ひなたもお姉ちゃんも嬉しそうだったし」
俺の左右で、ひなたとかぐやが少し視線を逸らした。
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「ねえ、ちょっと見て」
ふらっと立ち寄った服屋のディスプレイを見ていたみつきが振り向き、ハンガーを2つ持ち上げた。
片方は白いワンピースで、もう片方は薄い青のブラウスだった。
「これとこれなんだけどさ、どっちがいいと思う?」
俺の方に軽く見せながら言う。
「俺あんまり服の良し悪しとかとか分からないけど」
「いいのいいの。雪斗くんの好みを聞いてるだけだから」
「俺の好み?」
「そう。男の人ってさ、意外とこういうの直感で選ぶでしょ?」
みつきはそう言いながら、2つの服を自分の体の前に当ててみた。
「ほら、白と青。どっちが好き?」
「どうせ“普通”とか言うで」
葵がすぐ横から口を挟む。
「むしろその方が本音っぽいじゃん」
みつきは楽しそうに笑いながら、早く聞かせろと言わんばかりに俺を見る。
「で、どっち?」
俺は少しだけ2つを見比べた。
「……白」
「こっち? へえ~」
みつきが白いワンピースのほうを持ち上げ、意外そうな顔をする。
「雪斗くんって、なんとなく青選びそうな気がしてた」
「そうか?」
「落ち着いた色の方が好きそうだから」
そう言いながら、白いワンピースを体に当ててみる。
「んー……どう?」
「似合うと思う」
「ほんと!? ちょっと着てみよっと」
みつきがぱぁっと笑顔になり、試着室へと走っていった。
その後姿を見送っていると、後ろから葵が近寄ってくる。
「雪斗、完全に付き添い彼氏ポジションやん」
「違う」
「どう見てもそうやで」
そのとき、隣でひなたが別の服を見ており、淡いベージュのカーディガンを持ち上げた。
「雪斗」
「ん?」
「これとさっきのみつきのワンピースだったら、どっちが好き?」
「ひなたまで聞くんや」
「参考にね」
笑いながら言う葵に、ひなたはさらっと返事をして俺の方に見せてくる。
「……こっちのカーディガンかな」
「そうなんだ」
ひなたが少しだけ目を細め、それだけ言って服を戻した。
本当に意見を聞きたかっただけのようだ。
そのとき、試着室のカーテンが開いた。
「どう?」
みつきが白いワンピースを着て出てきた。
「似合ってるやん」
葵が手放しで褒めているが、個人的にはサイズ感が少し心配だ……。
主に胸元の。
「雪斗くん的にはどう?」
「似合う……けど、それサイズ大丈夫か?」
実際、膝上の丈は少し短いかなと感じる程度だが、胸元が苦しそうだ。
ボタンが少し厳しそうな傾きをしているのが目についた。
「……うっ……ごめん、バレたか。胸元がきつい」
「あははっ、言われてみたら胸がパツパツやん、ボタンはち切れるで」
葵が盛大に笑っている隣で、かぐやが自分の胸元へと落として戻したところに視線が合ってしまった。
脳裏にあの日の脱衣所の記憶が浮かび、慌てて目を逸らした。
「雪斗、いまどうして目を逸らしたの?」
「気のせい」
背後から感じるひなたのジトっとした視線も気づいていないふりをし、俺はすっと店を出たのだった。




