55.手紙
「手紙?・・・あっ、ルナとフブキからの手紙か!」
レミアが持つ封筒を見て、俺は舞踏会でのルナとの約束を思い出す。
そういえばフブキ経由でレミアに手紙を出すって言っていたな。
「そう!ねぇねぇレオ、あっちでいっしょに見よ!」
レミアはそう言いながら、俺の腕に抱きつきグイーッと引っ張る。
ちょうど家事も終わったところだし、お昼まではレミアと手紙を読んで過ごそうかな。
というわけで、俺たちは屋敷の中に戻り、食堂の斜め向かいにある居間へとやってきた。
ここは日ごろ家族がくつろぐときに使っている部屋だ。
アナンティーク調の椅子やソファが置かれ、庭に面したガラス戸からテラスに出ることもできる。
冬にはお昼のティータイムもこの居間か二階の談話室でするのらしい。
俺が手近な二人掛けのソファに腰かけると、レミアも当然のように俺の膝の上へと座る。
そして先ほど自分の部屋から取ってきた、持ち手にバラの彫刻のされたかわいらしいペーパーナイフを使い、レミアは手紙の封を切ろうと試みる。
しかし上手く開けない。
使い方は自体は知っているようだが、実際に自分で封を切るのは初めてのようだ。
「俺がやろうか、レミア?」
「いいの、レミアがやる!」
もしかしたら姉が書斎でやっているのを見て憧れていたのかもしれない。
封筒を破いてしまわないよう注意しながらも、レミアは一心不乱に手紙と格闘している。
やがてそんな悪戦苦闘の甲斐あってか、蝋の封は綺麗に外れ、レミアは「やった!」と嬉しそうに俺を見上げる。
ふふふ、かわいい。
ちょっとヒヤヒヤしたけどね。
封筒の中にはさらに別の封筒が二つ入っていた。
一つは少しだけ水色がかった白地の紙に、一カ所だけ青い花の絵が入ったかわいらしい封筒。
これはたぶんフブキのだな。
もう一つは赤い花と蔦の模様で縁取りされた黒地の封筒で、よくみると所々に金粉までまぶしてある豪華使用だった。
・・・ルナはちょっと気合い入り過ぎじゃないか?
レミアはそんな二つの封筒を並べて、かわいい!かっこいい!と喜んでいる。
「レミア、俺はまだ文字が読めないから、声に出して読んでもらっていいか?」
ルナやフブキの名前くらいなら読み取れるようにはなったが、手紙を読めるほどの語彙力はまだついていない。
だからってレミアに頼るのも我ながら情けないけどね・・・
ま、まあ英語だって三年や六年かけて勉強するんだしセーフかな?
・・・いや、早く読み書きもできるようにならなきゃな。
レミアの前では、何でもできるかっこいいお兄ちゃんでいたいし。
「うん、いいよ!
じゃあ、ルナちゃんのから!」
レミアは俺のお願いに少し嬉しそうな顔をした後、黒い封筒を開き便箋を取り出す。
「じゃあよむね!
えーとっ、しんあいなるレミアへ。
げんきにしておるか、レミアよ。
さて、このようなふみをかくのははじめてゆえ、いた・・・いたらぬてんもあるかとはおもうがぁ、ーーー」
ルナは手紙でも相変わらずの偉そうな口調だな。
でもレミアがこの口調でしゃべると、なんかちょっと背伸びした感じの話し方になってとてもかわいい。
ルナの手紙の内容は、始めに舞踏会で踊れなかったことに対する謝罪が書いてあり、その後は一緒に遊んだ時間がどれほど楽しくすばらしいものだったかというのが、便箋二枚にわたって長々と書かれていた。
ていうかめっちゃ美化されてる。
「いずれ時代を率いていく才能が会合を果たした記念すべき日」とか「とても有意義な会談ができた」とか書かれてる。
ルナはひたすら地雷踏んでただけなのに。
「なんかちょっとむずかしいね?」
気取った言い回しが多いせいか、レミアもあまり理解できていないようだ。
一応、「レミアと遊べて楽しかったって書いてあるんだよ」とはフォローしておいた。
ルナにはもっと直接的に言うようにアドバイスしとかなきゃな・・・
その後は、「レミアをヴラム領のどこそこに連れていきたい」とか、「一緒に何々を見たい」とかいった内容が楽し気な口調で書かれていた。
前の世界では見たことのない、おとぎ話のような生き物、風景の話も書かれている。
うーん、やっぱりこんなロマンあふれる話を聞くと、実際に行って見てみたくなるもんだな。
もし俺が女の子だったら、亜種として迫害されることもなく、こんな異世界情緒溢れる風景を見て回っているのだろうか?
まあどっちか選べるとしても、俺は今の生活を選ぶけどね。
とはいえ異世界探検という響きが魅力的なのも確かだ。
なんてったって、ここは魔法や一つ目巨人の存在するファンタジーな世界。
少し大きな湖とかなら、ネッシーだって見つけられるかもしれない。
いや、でもネッシーもこの世界では亜種になるのかな?
・・・亜種なら奴隷化魔法でペットにできるんじゃないか?
夢が広がるな!
まあ、そんなことにレミアからもらった魔力を使う気はないけど。
そして手紙の最後には、「レミアに会いに行くいい方法はまだ考えつかぬ」、「次の舞踏会には参加するつもりだ」という二つが短く書かれていた。
「はやくまたルナちゃんに会いたいなー。」
レミアもルナと遊んだ日のことを思い出し、懐かしむような顔をする。
・・・やっぱりもう一度、ルナとも会わせてあげたいな。
といっても、俺の方も今のところいい方法は思いついてはいない。
まず問題なのが距離だ。
リーズの話によると、ローズ領からヴラム領まで行くのには、首都に行くのの2、3倍は時間がかかるのらしい。
それに首都に行くのとは違い、道中も安全とは言えない。
子供だけでこっそり会いに行く、なんてことはできないだろう。
それに加えてルナの姉であるリナとの不仲、政治的な立ち位置なども相まって、子供同士の仲がいいからと言って気軽に会えるような関係ではないのらしい。
となると今のところは、貴族議会みたいな同じ場所に集まる機会に、何とか隙を見つけて会うくらいしかできないよなぁ・・・
ルナからの手紙を読み終わり、続いてもう一つの封筒も開く。
こちらはフブキからの手紙だ。
ルナの派手な手紙とは異なり、フブキの手紙は封筒も便箋も白地に近いシンプルなものだった。
しかしその簡素さを補って余りあるほどに、フブキの字は綺麗だった。
ルナの字もお手本の様に整ったものだったが、フブキの書く字は、淀みない川の流れを連想させるほどに美しい草書体だった。
もしかしたら書斎で見るアニエスの字より上手いかもしれない。
これなら額に入れて飾っても様になるだろう。
「フブキちゃんすごい!
大人の字みたいだね。」
レミアも驚いた様に声を上げる。
確かにすごい。
ちょっと返事の手紙を書くとき緊張しそうなくらいすごい。
うーん、大丈夫だろうか?
俺が手紙を書いたら、「楽し気なミミズの絵ですね、出直してきてください。」とか言われないだろうか?
・・・いや、フブキはそんなこと言わないか。
しかしそんな大人びた筆跡とは対照的に、書いてある内容自体は年相応のかわいらしいものだった。
ルナと同様、レミアに何を見せたい、レミアと何をして遊びたいといった内容が大半である。
ちょっとだけ安心した。
「ーーー。ところで、レミアちゃんのおうちにあそびに行くやくそくですが、お母さまのはなしでは、冬のはじめころになるそうです。
・・・えっ!フブキちゃん、冬にあそびにくるって!!」
手紙の途中、レミアは書いてある内容に驚き俺を見る。
「おぉ!そりゃよかったな!
・・・あれ?でもこの話、アニエスは知ってるんだろうか?」
「おねえちゃんにもききに行こう!」
「ふふふっ、大丈夫よ。
ネーシェさん、フブキちゃんのお母様とは、舞踏会のときにお話ししたから。
お手紙もいただいてるわ。」
手紙の内容を確かめに書斎へ行くと、リーズと一緒に地図と報告書を見比べていたアニエスは、柔らかく微笑みそう答える。
「やったー!
楽しみだね、レオ!」
「はははっ、そうだな。
じゃあ、フブキが来るまでに色々やりたいこと考えとかないとな。」
「うん!」
アニエスの話によると、フブキは姉のクリスタと一緒にこちらに来る予定なのだそうだ。
クリスタは数日だけ滞在したら首都の貴族学校に行き、フブキの方は、母のネーシェが西方領各地の外遊を行う約二週間の間は、ローズ家の屋敷に留まるのらしい。
「二週間もいるのか、結構長いな。
・・・でも、今近くに亜種の群れが来てるんだろ?
危なくないのか?」
遊びに来るのが冬ならまだ数か月あるし、流石に解決できてると思いたいけど。
「大丈夫よ。
それは何とかなりそうだから。」
「おっ、そうなのか!」
「ええ、ナーガの群れは結局予想通り、クペ領のすぐ南に出たみたい。
今朝来たのはその報告よ。
数は百匹程度って書いてあるから、群れの規模から見ても間違いないわね。」
「ああ、そりゃよかった。
・・・よかったんだよな?」
「まあ、うちの領地からすればね。
でもクペ領からの救援願いも来てるから、今はその話を姉さんとしていたの。」
「そうなのか。
支援ってたしか食糧を送るんだっけ?」
「ええ、群れからはぐれた亜種がこちらに来る可能性もあるから全部は送れないけど、今回の亜種のために備えていた物資の大半は向こうに送るつもりよ。
騎士連合からも、何人か援軍として行ってもらうと思うわ。」
「うちがあとやるのは、南東のクペ領までの街道の警備の強化くらいね。
そういうわけだから、今回はあなたの出番は無しよ、レオ。
明日、騎士連合からの物資の運び出しを手伝ってもらったら、その後はいつもの家事仕事に戻ってもらうわ。」
「ああわかった、アニエス、リーズ。
まあ、何にせよよかったよ。」
亜種討伐で手柄を立てる!というわけにはいかなかったが、まあリーズや身近な人が危ない目に合うよりはいいかな。
「なんのおはなししてるの?」
俺たちの会話を聞いていたレミアは、不思議そうに俺を見上げる。
俺はそんなレミアを抱き上げ、
「いや、大変な仕事が終わったから、これでまたいっぱいレミアと遊べるねって話してたんだよ。」
と晴れやかな顔で答えた。
「えっ、そうなの!
やった!うれしい、レオ!」
レミアは抱き上げられた状態で俺の首に勢いよく抱き着いた。
そしてそのまま俺の左頬にチュッと口付けをする。
はははっ、またキスされてしまった。
・・・あっ!!
俺はバッとアニエスとリーズを見る。
レミアのキスをみていたアニエスは「あらあら」と頬に手を当てどこか興味深そうな顔をし、リーズはまさしく絶句した状態でこちらを見ていた。
・・・ダメそうだなこれ。
「・・・な、何してるのレミア!」
我に返ったリーズが俺の首に抱き着くレミアを引きはがす。
「どうしたの?」
「あ、あなた何してるのよ!
な、なんでレオの頬を舐めたの!?」
「なめてないよ。
あれ、キスっていうんだよ!
うれしいときにやるの。
レオにおしえてもらったの!」
レミアの言葉にリーズは俺をジロリと睨み付ける。
「も、もしかしてキスの習慣ってないの・・・?」
「無いわよそんなの!!
動物じゃないいんだから!汚いわ!」
リーズは信じられないものを見るような顔で猛然と抗議する。
動物じゃないんだからって・・・
いやまあ、その文化が無いんなら異様な行動だっていうのは、自分でも思ってたことだしな・・・
元の世界だとどれくらいヤバいだろうか?
感謝のしるしにデコピンとか?
いや、それはちょっと違うな。
ありがとうの代わりに耳を舐めるとか?
ああ、たぶんこんな感覚だろう。
うん、ヤバいやつだ。
「ふふふっ、ねぇ、リーズ。」
そんな様子を見ていたアニエスが、リーズに向かって手招きをする。
「何、姉さん?
姉さんからも何か言ってやってよ。」
リーズはなおもプリプリ怒りながら、アニエスの元に近づく。
すると、
チュッ
アニエスは近づいてきたリーズの頬に手を当て、そのまま頬にキスをした。
「なっ・・・なななっ・・・」
「ふふふっ、これ素敵ね。
なんだか、温かい気持ちになるわ。
レミアも来て。」
「うん!」
レミアは嬉しそうな顔で駆け寄り飛びつき、アニエスの頬にキスをした。
アニエスもそれに応えるようにキスを返す。
「ほら、レオも来て。」
アニエスはさらに、そんな様子を唖然として見ていた俺に向かって手を伸ばす。
「だ、ダメよ!
レミアはまだいいけど、レオは絶対ダメ!
姉さんは領主なのよ!
亜種にそんなことしたって知れたらまた騒ぎになるわよ!」
「え~・・・
それじゃあ、あなたがレオとしてみたら?」
「な、なに言って・・・」
アニエスの言葉に、俺とリーズの目が合う。
すると、まるでリンゴように一瞬でリーズの顔が耳まで真っ赤に染まった。
「す、するのか・・・?」
「するわけないでしょ!!
レミアも姉さんも、こんなこと絶対外でしちゃダメよ!!」
「「はーい」」
その後リーズは、「わ、私はバルと話してくるわ」と逃げるように騎士連合に向かった。
ばれちゃったけど、結果オーライだったかな?
いや、そんなことないか。
普通に怒られたしな。
アニエスはレミアに「レオと二人きりのときだけにしなさい」と教えていたけど、なるべく自重するようにしよう。




