54.お手伝い
俺が無茶をしてリーズに怒られてから数日が経った。
即席ではあるが、あれ以来俺は亜種との戦い方について色々とリーズから教えてもらっている。
亜種の性質だったり、魔術師の隊に入った時の戦い方だったり、何度かリーズと一緒に森に入って戦闘の訓練も行った。
といっても、俺の役割は基本的にリーズの援護だ。
リーズによると、魔力を大量に展開しての戦い方は、誰かと隊を組むときはやめた方がいいのらしい。
もちろん、初めは反論した。
魔力を展開して備える戦い方は、俺が今一番安全に戦える方法だ。
魔力内なら相手がどこにいようと魔法を当てられるし、危なくなったらすぐに氷壁を出すこともできる。
しかしリーズは、
「あなたがそれをすると、他の隊員が魔法を打てなくなるのよ。」
と言う。
「え、どうして?」
「魔力は反発し合うものよ。
一帯を魔力で覆うなんてことしたら、そこにいる他の魔術師はあなたの魔力に遮られて、自由に魔力が出せなくなるわ。
まあ、そもそも普通はそんなことできないんだけどね。」
「そうなのか・・・
ん?でも俺がレミアと遊んでるときは、魔力が出しにくいとかいうのはなかったぞ?」
「そんなわけないじゃない。
・・・そうね、じゃあ試しに私の手をあなたの魔力で包んでみて。」
リーズはそう言い、握手を求めるように手を差し出した。
俺はすぐに言われた通り魔力を流そうとする。
「・・・あれ?何だ、壁?
何かに邪魔されて近づけない・・・?」
リーズの手を囲もうと流した魔力は、何か見えない壁でもあるかのように、あるラインから近づけなくなった。
魔力をたくさん流して無理やり押し込めば近づけないこともないが・・・
なんだろう、パンパンに張った風船を押している感覚に近いだろうか?
「すごい魔力量ね、あなた・・・
私も結構多めに魔力を出してるのだけど。
でも、わかるでしょ?
今この手は私の出した魔力で囲まれてるの。
その魔力に邪魔されて、あなたの魔力が近づけないのよ。
まあ、あなたが今やってるように、魔力の密度を上げれば無理やり動かせないこともないのだけどね。」
というわけで訓練の際、俺は遠距離の敵に対する攻撃、相手が複数いるならその分断、逃げようとした敵の足止め、この三つをメインに行っている。
接近してきた敵はリーズが全て倒す、一撃で。
まるで演武でも踊っているかのように、人の大きさほどもある巨大な狼の攻撃を軽くいなし、的確に喉元を切り裂いていく。
まさしく手慣れたものといった感じだ。
この森で過去何度もこの狼を相手に戦ってきたのだろう。
正直戦うリーズを見てると、「あれ?俺いらなかったんじゃね?」とも思うが、それを伝えると、「そんなことないわ、一度に複数体を相手にしなくていいだけでかなり楽だから」と言ってくれたので、一応俺でも役には立っているらしい。
そんな訓練の様子を思い出しながら、俺はただいま絶賛お皿洗い中である。
亜種騒ぎに動きがあったらしく、今日は森での訓練もリーズの授業もお休みだ。
朝食後に来た報告書を見て、すぐにアニエスと書斎に行ってしまった。
悪い知らせだろうか・・・?
いやそんな重い雰囲気ではなかったな。
まあ、いい知らせであることを祈ろう。
「レオレオー!!」
とそこに、俺の名前を呼びながら、レミアが興奮した様子でパタパタと駆け寄ってくる。
「ん、どうしたレミア?」
「えっとね!さっき、ゆうびんやさんがね・・・」
俺が体を向け走って来たレミアを受け止めると、レミアは楽しそうに話を始めた。
しかし、流し台に重ねてあった洗いかけの食器を見ていったん言葉を切る。
そして、
「・・・レオ、おしごとまだじかんかかる?」
と伏し目がちに聞いてきた。
「うーん、ごめんな、もうちょっとかかると思う。」
皿洗い自体はすぐに終わるが、まだ他にも色々とやるべき家事は残っている。
魔法を使っても一時間以上はかかるだろう。
こんな寂しそうな表情を見ると、正直家事なんてほっぽって今すぐレミアを担いで庭にくり出したいくらいだけど、家事だって俺の役目の一つだからな。
しょうがないね。
俺が分身の魔法とか使えれば、今すぐにでもレミアと遊んであげられるのに。
でもそれだと、本物と分身との間でレミアと遊ぶ権利をかけた血で血を洗う争いが勃発してしまうしなぁ。
じゃあレミアの方を分身させるか?
・・・天国だな。
思いがけず天才的な発想だった。
俺もとうとう真理にたどり着いてしまったか。
ニュートンもリンゴが落ちるのを見てこんな気分になったのかもしれない。
「そっかぁ・・・
じゃあ、レミアがてつだってあげる!」
俺が悟りの境地へと至った安らかな顔をしていると、レミアがバッと両手を上げそんなことを提案する。
「えっ、いいのか?」
「うん!はやくレオとあそびたいから!」
レミアはやる気に満ちあふれた表情で、俺を力強く見つめた。
やばい惚れそう。
いやもう惚れてた。
デレデレだった。
「ありがとう、レミア。
それじゃあ、さっそくお願いしようかな。」
「うん、まかせて!」
というわけで、まずはレミアに皿洗いを手伝ってもらう。
「俺が洗った皿を渡すから、レミアはそれを拭いてもらえるか?
拭き終わったお皿は空いてる場所に重ねておいてくれ。」
「うん!」
流しの前、踏み台に乗りタオルを持って待ちかまえるレミアに、洗ったプレート型の食器を手渡す。
レミアは食器を受け取ると、小さな手で四苦八苦しながらも、丁寧に丁寧に拭いていく。
時間をかけて両面を拭き、拭いたお皿を目の前に掲げ満足げな表情を浮かべた後、ゆっくりと慎重に台所の空いているスペースにそれを置く。
その後、すぐに俺の方を見る。
レミアは俺と目が合うと、なぜかニコーッと楽しそうな顔で笑った。
あぁ、なでまわしたい・・・
「・・・これでおわり?」
「あっ、いやまだあるぞ、はい。」
いけないいけない、完全に見とれてた。
こんな温かく見守ってる場合じゃなかったね。
せっかくレミアが手伝ってくれてるんだし、俺も真面目に仕事をしなきゃな。
「次は洗濯だ!」
「おー!」
ちゃちゃっと皿洗いを終わらせ、お昼に出すクッキーを少しだけレミアとつまみ食いしてから、洗濯物を持って庭の井戸の前へとやってくる。
「レミアはなにをすればいい?」
「うーん、そうだなぁ・・・
じゃあ、洗濯物を洗い終わったら、服のしわを伸ばして俺に渡してくれ。
俺はそれを干していくから。」
「わかった!」
レミアの元気な返事を聞き、俺は洗濯にとりかかる。
といっても、一枚一枚手で洗ったりはせず、底の深い木の桶に汚れた服と水と粉石鹼のようなものを入れ、一緒にぐるぐると魔法で回すだけだ。
魔法を使った疑似洗濯機である。
初めは服を傷つけるのが怖くて手で洗っていたが、最近はもう、この洗濯機の機能をどう向上させるかの方向にシフトしている。
「すごーい!まわってるよレオ!」
レミアはそんな様子を見て、目を輝かせてはしゃいでいる。
そして、そ~と渦を巻く水に向かって手を伸ばし始めた。
「あっ、触っちゃダメだぞレミア!」
「あははっ、ばれたー!」
レミアは怒られたにもかかわらず、楽しそうに笑い俺に抱きついた。
もー、かわいいからゆるすー。
「レオ、それ、どうやってやるの?」
レミアはなおも渦を巻く水を楽しそうに見つめながら、俺に洗濯機魔法の方法について聞いてくる。
「うーん、そうだな・・・水をだして手でかき混ぜるみたいにグルグル回す感じかな?」
「レミアもやってみる!」
「はははっ、がんばれレミア。」
レミアは近くにあった木の桶に魔法で水をため、それをゆっくりと回転させていく。
やがてだんだんと水の回るスピードも速くなる。
おー、一発でマネできちゃったか。
やっぱりレミアは魔法の才能があるのかもな。
と俺が感心しながら見ていると、レミアはそれを感じたのか、「ほめてほめて!」とでも言いたげな視線を俺に向ける。
がそのとき、上から抑える力が足りなかったのか、回していた水が急にバシャバシャッと辺りにはじけ飛んだ。
レミアは「わっ!」と一瞬驚くが、
「あははっ、ぬれちゃった!」
とすぐに顔をほころばせて笑った。
「はははっ、そうだな。
レミア、回す勢いに合わせて、上から抑える力も少しずつに大きくしていくといいぞ。
ほら、こんな風に。」
俺は洗濯機魔法を続けながら、レミアの桶の水をお手本として軽く回して見せる。
「ほんとだ!すごいねレオ!」
レミアは俺に尊敬の眼差しを浮かべ、再び「よーし!」と魔法の練習を始める。
・・・あれ?でも今、俺の魔力が邪魔された感じとかなかったよな?
レミアの魔力は残ってたはずなんだけど・・・?
・・・まあいいっか、後でリーズかアニエスに聞けばわかるだろ。
今は家事だ家事。
「よし、今日はこれで終わりだ。」
「やったー!」
洗濯物を干し終え、馬の餌やり、各部屋の簡単な掃除、その他諸々をやっていき、玄関の掃き掃除まで終わったところで俺はレミアにそう告げる。
「ありがとなレミア、おかげで早く終わったよ。」
まあ実は遊びながらやってたせいで、そんなに時間が短縮できたわけではないんだけどね。
でも体感的には一瞬だった。
たぶん2秒くらいだった。
「えへへ~」
俺が頭をなでると、レミアは俺を見上げ少し照れながらニコーと嬉しそうに笑う。
「何かして欲しいことがあるか、レミア?
今なら何でもしてやるぞ!」
お手伝いした後には、ちゃんとご褒美もあげないとな。
今ならちょっとくらい無茶なお願いでも叶えてあげちゃう。
世界の半分とかまでならセーフ。
「えっ、ほんと!?
えーと、じゃあじゃあ・・・ルナちゃんがやってたやつ、レミアにしてほしい!」
レミアは期待のこもったキラキラした目でそう言う。
「ルナがやってたやつ?」
ってなんだ?
タンスに入って体育座りすればいいのか?
「カプッてするやつ!くびに!」
首にカプッ?
・・・もしかして吸血のこと?
「あれ、すごくすきな人に、ありがとうってつたえるやつでしょ?
だから、レオにしてほしいの!」
レミアはそう言い首もとの服をずらし、水もはじきそうなほど白くきめ細かい肌を露わにしながら、はやくはやく!と俺を見つめる。
「ちょ、ちょっと待てレミア!
それはちょっと・・・」
・・・ダメでしょ?
なんというか、絵的に。
「えっ!だめなの・・・?
何でもしてくれるっていったのに・・・
レオ、レミアにカプッてするの、いや?」
レミアは断られるとは微塵も思っていなかったらしく、先ほどとは一転、不安げな声でそう尋ねる
目もちょっとうるうるしてきてるし。
「い、いや、全然イヤなんかじゃないぞ!
でもそれは流石にアブノーマル過ぎるというか・・・
いや、軽いキスみたいなものなのか?
でもキスの方がまだ健全な気も・・・」
「ねえねえレオ、きすってなに?」
踏ん切りがつかず一人悩んでいると、俺の言葉を聞いたレミアが不思議そうな顔でそんなことを尋ねる。
「え、キスを知らないのか?」
「うん、どんなの?」
「どんなって、こう・・・ほっぺたとかに、チュってする感じのだよ。
お母さんとかお姉ちゃんたちに小さい頃されなかったか?
絵本とかにも出てくるだろ。」
「ううん、しらない。
どういういみなの?」
「意味はまあ、その首にカプッてするのと同じようなもんだけど・・・」
というか、本当にキスを知らないのか?
異世界だから?
いや異世界だからって、キスが無いなんてわけ・・・
でも冷静に考えてみれば、相手の肌に口を付けるのが愛情表現って、わりと意味わかんないしな。
男がいない世界なら、男女のあれこれもないわけだし、キスが無くてもおかしくないのか?
わからん。
そういえば、そもそもこの世界の人たちはエロいこととかするんだろうか?
これも今度リーズに聞いてみようかな。
「なあなあ、リーズって性欲ある?」みたいな感じで。
ぶっ殺されるわ。
ていうかリーズ相手だと、どんな聞き方しても怒られる気がする。
こういうデリケートな話はアニエスに聞いた方がいいかな?
・・・いや、無理だな。
いざアニエスに聞くとなったら、緊張してどもりまくったあげく、恥ずかしさに何も聞けないで帰ってきそうな気がする。
俺が一人そんなことを考えていると、同じく考え顔だったレミアが「・・・うん!」と何か納得したような仕草をした。
そして、
「レミア、それでもいいよ!」
と言う。
「それでもいいって・・・キスのことか?」
「そう!ここにしてみて、レオ!」
レミアはそう言い、ぷにぷにと柔らかそうなほっぺたを俺の方に向ける。
えっ、い、いいのか、本当に・・・?
いや、でも別に深く考える必要はないのかな?
世間のお父さん方は毎日自分の娘にチュッチュしてるらしいし。
外国じゃ挨拶みたいなもんだし。
それにさっき自分でも、首に噛みつくよりほっぺたにチューの方が健全とか言ってたし。
そ、そうだよな、別に気にすることないよな?
軽くちゅってするだけで、やましいことなんて何もないんだから。
そんな言い訳を自分に言い聞かせていると、そばに立っていたレミアが、俺の服の裾をクイクイッと引っ張る。
「あ、ごめんごめん、どうしたレミア?」
俺はすぐにレミアの前に屈む。
すると、
チュッ
ふわりと首に手が回されると同時に、柔らかい何かが俺の頬に当たった。
俺はぽかんとした顔でレミアを見る。
なぜかレミアもぽかんとした顔をしている。
「・・・ねえレオ、もう一回していい?」
「あ、ああ・・・かまわないぞ。」
レミアがもう一度俺の頬に顔を寄せる。
チュッ・・・、
チュッ・・、
チュ、チュ、チュ、チュッ
「ちょっ、待てレミア!?
やりすぎじゃないか!?」
まるでエンジンでもかかったかのようなキスの嵐に、俺は思わずたじろぐ。
レミアはそんな繰り返しのキスの後、一度だけギューっと俺の首に抱き着いてから体を離し、
「えへへ~、レミア、キスするのすきかも。」
とだらしない顔で嬉しそうに笑った。
・・・なんかだんだん大丈夫じゃない気がしてきた。
たぶんこれ、ばれたらリーズに怒られるやつだ。
本当にキスの習慣が無いなら、こんなの明らかに常軌を逸した愛情表現だろうしな・・・
正直、何も知らない小さい子供にいけないことを教えてしまった感がすごい。
あとでリーズにキスの文化があるかどうかこっそり聞いて、無いようならレミアには「キスはダメ」って言い聞かせよう。
うん、そうしよう。
「と、ところでレミア、最初台所に来た時、何か言いかけてなかったか?
郵便屋さんがどうとか?」
俺はレミアに話を振り、とりあえずキスから意識を離そうと試みる。
「ゆうびんやさん?
・・・あっ、そうなの!きたの!」
「来た?なにがだ?」
「てがみ!」
レミアは俺の言葉で再びパッと花が咲いたような笑顔を浮かべ、ポケットから何かを取り出し俺の顔の前に突き出した。
それは、雪の結晶を象った印の押された手紙だった。




