53.偵察④
薄暗い森の中、日が当たり白く光った霧をみて、俺は走り寄ろうと体を向ける。
あっ、待て、このレミアの天使像はどうしよう。
うーん、このままここに置いておけば、亜種の間でレミアを唯一神とした平和な宗教が創設される可能性もあるし、世界平和のためにも置いていこうかな?
でも、そうなったらそうなったでローズ家の屋敷が巡礼地になって大変だろうし、俺が布教のための長い旅にも出なきゃ行けなくなるからなぁ・・・
やるなら千年後くらいにするか。
ていうかこんなことで悩んでる場合じゃなかった。
時間が無かったんだった。
でも、思ったより上手く作れたせいか、このまま放置していくのは気が引けるんだよなぁ。
・・・悩むくらいなら持ってくか。
こんな薄暗い森の中じゃ、像とはいえかわいそうだし。
せめて日の当たる場所に置いてあげよう。
そう思い、俺はレミアの御神体を抱えながら、明るく光る霧に向かって進む。
その足取りも、ようやく見つけた脱出への手がかりに、思わず早足になってしまう。
とそのとき、そんな俺の足音に気が付いたのか、下を向いて何かをしていた霧に映る人影が、首をぐるっと回しこちらを見る。
(・・・なんか、首長くね?)
そんな違和感を抱いた直後、霧に映っていた人影はフッと姿を消した。
あれ、いなくなった。
まあいいか。
この距離ならそんなに離れてはいないだろうし、すぐに追いつけるだろ。
俺は先ほどより少し小走りになりながら、まっすぐに光る霧を目指す。
そして霧の向こう側、日の光の当たる場所へとたどり着いた。
そこは森の出口ではなかった。
巨木が朽ちて倒れ、そこだけ穴があいたように日が射している、といった様子の場所だった。
日が射し霧は出ておらず、地面にはうっすらと芝や小さな花が生えている。
砂漠の中のオアシスのようだ。
しかし、そんな日の当たる広場も、その中央にある物体のせいで平和な空間とは言えなかった。
広場の中心に転がるのは、アッシュウルフの死体。
それも二匹。
一匹は腹を裂かれ絶命してており、もう一匹は胴体の肉が半分以上無くなった、食べかけの状態だった。
・・・食べかけ?
俺はそこでハッと気が付き、周囲に魔力を広げながら辺りを見渡す。
間違いない。
霧に映っていた影はこれを食っていたんだ。
確実に人間じゃない。
そのとき、風も吹いていないのに木の葉が音を立てて揺れる。
敵はまだ目視できていないが、俺は耳に聞こえた物音に、急いで自分を囲むように氷壁を生成した。
次の瞬間、
ズガンッ!!
真上からの大きな衝撃と共に、何かの骨でできた鋭い槍が、厚い氷壁を貫き目の前に降ってくる。
その槍は俺の頬をかすめ、抱えていたレミアの氷像を貫いた。
すぐに上を見上げる。
目が合う。
それは人ではなかった。
長い首、むき出しの眼球、割けた大きな口、鋸のように細かく尖った歯、チロチロと蠢く深紅の舌、長く鋭い爪、肌は鱗に覆われ、鈍く太陽の光を反射している。
そんな蛇面の二足歩行の生き物が、感情の無い眼で俺を見つめていた。
蛇男は一度だけ突き刺した槍を抜こうと試み、簡単に抜けないことがわかると、すぐに手を離し再び森の中に身を隠した。
俺は唖然とその様子を見ていたが、氷壁を貫通した槍の鋭さと、壊れたレミア像を見て我に返る。
「あ、あぶねぇ・・・
ていうかこれ、当たってたら死んでた、よな?」
見た目は粗雑だが堅く鋭い槍を見て、今更になって危機感を覚える。
蛇男が行った方向を見るが、その姿は消えていた。
逃げたのか?
・・・いや、アッシュウルフ二匹を倒すようなやつだ。
餌を置いたまま簡単に引き下がるとは思えない。
それにあいつ、レミアの天使像を壊しやがった!
絶対に生きて帰さん!!
俺は氷壁の厚さを倍にし、周囲に魔力を展開しながら、迎撃の体勢を取る。
やがて、視界の端で何かが動く。
すぐに振り向くと、音もなく近づいていた蛇男が走ってきた勢いそのまま、長く鋭い爪を振りかぶっているところだった。
氷の割れる音と共に、蛇男の爪が氷壁に突き刺さる。
しかし、厚くなった氷壁の前にその攻撃は無意味だった。
爪の先が少しだけ氷壁を貫通したが、そこで蛇男の爪の勢いは消える。
俺は爪を引き抜かれる前に、アッシュウルフたちにしたのと同じように、蛇男の顔を凍り付けにする。
蛇男は爪を氷壁に突き刺したまま苦しみ暴れたが、やがて動かなくなった。
・・・よし、無事倒せたな。
いや、無事ではなかったか。
立ってる位置が少しずれていれば、初撃で死んでたかもだしな・・・
それにレミア像も壊れてしまった。
ごめんよ守ってあげられなくて・・・
なんかマジでテンション下がってきた・・・
それにしても、ああもあっさり氷壁を越えられたのは失敗だった。
まあでも、確かにあれはアッシュウルフの攻撃を想定した厚さだったしな。
初めて戦う亜種相手には、まず全力で防御して力量を確かめた方がいいのかもしれない。
などと考えていると、
バンッ!!
と、大砲でも撃ったかのような鈍い轟音が、遠くから聞こえてくる。
また敵か!?と思い音のした方を見ると、日の当たる広場の開けた上空に、赤い飛行機雲のような煙が空に向かって真っ直ぐに伸びていっているのが見えた。
「何だあれ?火球?
・・・何にせよ、あれは魔法だよな?
ということは、今度こそ人がいるぞ!」
俺は砕けたレミアの像を広場に置いた後、上がった赤い煙の方向に向かって走り出す。
だが、その足音を聞きつけたのか、やがて三匹のアッシュウルフが俺を喰らおうと、走る俺と併走しながら距離を詰めてくる。
「邪魔すんな!」
俺は走りながら魔力を展開し、追いかけてきたアッシュウルフの頭部を、三匹同時に一瞬で氷で固めた。
その直後、斜め前方から聞こえる足音。
俺は再び魔力を展開し、音のした方を振り向く。
「ッ!リーズ!!」
そこにいたのはリーズだった。
必死な形相で辺りを見回しながら、森の中を進んでいる。
名前を呼ばれこちらを見たリーズは、今にも泣き出しそうな安堵の表情を一瞬だけ浮かべるが、俺のそばに転がる死にかけのアッシュウルフたちを見ると、すぐに緊張感のある凛とした顔に戻る。
「とりあえず森から出るわよ。
走れるわよね、ついてきなさい。」
そう言うと、リーズは再び森の外に向けて走り出した。
十数分ほど走ると、俺たちは森の外へとたどり着いく。
草原の地平線に、赤く色を変え始めた太陽が見えた。
もう日が沈むような時間らしい。
「あ、ありがとうリーズ、迎えに来てくれて。」
俺は息を整えてから、まずリーズにそう言う。
それを聞いたリーズはバッと俺の方に振り向くと、勢いよく俺の頬をはたいた。
「なんで言いつけを破ったの!?」
リーズは少し涙目になりながら、キッと俺を睨みつける。
「・・・ごめんリーズ、今更だけど、自分でも無謀だったなと思うよ。」
「当たり前よ!
一人で森に入るなんて・・・!
もしあなたに何かあったら・・・私、どうすればいいの・・・」
リーズは下を向き顔を隠しながらそう言った後、また俺に背を向ける。
そして「あなたも乗りなさい」とだけ短く言い、停めてあった馬にまたがった。
移動中はお互いに無言だった。
ローズ家の庭園に着くと、屋敷に入る前に、俺は庭の井戸へと連れていかれる。
「着ている服、全部脱いで。」
「え!なんで!?」
「そんな血だらけの服じゃ中に入れないでしょ。
いいから早く脱ぎなさい。」
ああ、なるほど。
アッシュウルフの返り血とはいえ、確かにこのままじゃ余計な心配をさせてしまうしな。
「・・・そういえば、レミアとアニエスは、俺が一人で森に行ったことは知ってるのか?」
「いいえ、二人には言ってないわ。
でも姉さんは気がついてるでしょうね・・・。」
「そうか・・・」
俺は心配させてしまったことに罪悪感を感じつつも、レミアにはばれていないことに、少しだけ安堵した。
服を脱ぎ終わると、リーズは魔法でぬらした布で俺の背中を拭き始める。
「い、いいよ、自分でやるから!」
「ダメよ、大人しくしてなさい。」
リーズは有無いわせない口調で、俺を睨みつけながらそう言う。
リーズの表情は森を出てからずっと険しいままだ。
まあそれだけ心配をかけてしまったということだろう。
しかし、そんな表情とは対照的に、俺の体を拭くリーズの手つきは優しく柔らかい。
俺の疲労した体をいたわるように丁寧に全身を拭いていく。
その後、魔法でお湯をかけられ、髪も綺麗に洗われた。
戦闘で受けた傷についても聞かれる。
俺が魔法陣で治した腕と太股を見せると、リーズは少し悲しそうな顔で、何も言わず残った傷跡をなでていた。
「ごめんなリーズ、心配させて・・・」
俺はそんなリーズを見て、罪悪感に苛まれる。
「・・・それならもう勝手なことしないで。
私や姉さんの言いつけは必ず守って。」
「ああ、わかったよ。」
・・・でも、もう一つ、俺はリーズに言わなきゃいけないことがある。
「・・・それとリーズ、こんなことしておいてなんだけど、俺もナーガとの戦いに参加したい。
絶対、今回みたいな無茶はしないから。」
俺はリーズの顔を見ながらそう告げる。
もちろん、亜種討伐で名声を得て、いつでもレミアの横にいられるようになりたいという考えはある。
それに加えて、今回の無茶でわかったのは、こんな危険な場所でリーズは戦っているのだということだ。
リーズは俺より強いだろうし、もしかしたら余計なお世話なのかもしれないが、それでも力になれるなら力になりたい。
リーズが傷つく可能性を少しでも下げられるのなら、俺も戦いに参加したい。
「・・・いいわよ」
「本当か!」
「森で倒れていたアッシュウルフを見れば、あなたに実力があるのはわかるもの。
魔法も動きながら、襲われながらでも、安定して撃てているし。
戦う能力があって、戦う覚悟もできているなら、私の個人的な感情で反対するべきじゃないわ。
でもその前に、もう一度ちゃんと、私と一緒に森に訓練に行ってもらうわよ。」
「ああ、もちろん!
・・・ん?個人的な感情で反対って、リーズはやっぱり俺が戦いに参加するのには反対なのか?」
「当たり前じゃない。
家族にあんな危ないことをさせたい人なんていないわ・・・
・・・と、とにかく!私の言うことには絶対に従うこと!いいわね!」
「は、はい!」
真っ赤な顔をしたリーズの言葉に、俺は思わず気をつけの姿勢で返事をした。
その後、リーズの持ってきた新しい服に着替え屋敷に入ると、食堂から飛び出してきたアニエスに力一杯抱きしめられた。
どうやらアニエスも、俺が一人で森に向かったことに気がついたらしい。
・・・心配させてしまったな。
本当に申し訳ない。
続いて食堂から出てきて、アニエスと同じように俺に抱きついてきたレミアは、いつもと変わらない明るい笑顔だった。
「なんかレオ、へんなにおいするよ?」とは言われたが、気がついてはいないらしい。
・・・無事帰ってこれてよかった。
レミアの顔を見て、改めてそう思う。
レミアのそばにいたいという考えを変えるつもりはないが、そのせいでレミアを悲しませるような結果になってしまってはダメだ。
今回のような自分勝手な無茶は、絶対に繰り返さないようにしよう。




