52.偵察③
「ただいま、今帰ったわ。」
少しだけ疲労の混ざる声と共に扉が開き、リーズがローズ家の屋敷へと帰ってくる。
「おかえりなさい、ご苦労様、リーズ。
森はどうだった?」
「問題ないわ。
南東の亜種が移動してきそうなルートを一通り見て回ったけど、今のところは特に異常ないわね。
・・・それより、レオは今どうしてる?
落ち込んだりしてない?」
リーズはアニエスから少し目線をそらし、聞きにくそうに尋ねる。
「えっ、あなたと一緒じゃないの?」
ところが、リーズの言葉を聞いたアニエスは不思議そうに首をかしげた。
そんなアニエスを見て、リーズも一瞬だけ怪訝そうな顔をするが、
「・・・まさかあいつ!」
と何かに気が付いたように声を上げ顔を青ざめると、すぐに屋敷を飛び出し、森へ向けて馬を駆けた。
「・・・迷った。」
俺はどこまでも続く薄暗い森を見渡しながら、一人そんなことをつぶやく。
帰るときのこと全然考えてなかったなぁ・・・
アッシュウルフを見つけて倒すことしか考えてなかった。
もう来たときの倍はさまよってる気がする。
うーん、来た道をまっすぐに戻ってたはずなんだけど・・・
もしかしたら、木や地面の凹凸をよけて歩いているうちに、道をそれてしまったのかもしれない。
まあそうでなくとも、森の中はどこを見回しても木と湿った地面しかない単調な景色である。
そんな森の深くに何の準備もせず入ったんだ。
迷子になるのも当然だろう。
でもせめて小鳥や小動物や果実のあふれる、こう、妖精さんとかが住んでそうな豊かな森なら、探索も楽しいんだろうけどなぁ。
俺は改めて周りを見渡す。
こちらを威圧するかのように高くそびえる木々、陰気な雰囲気をかもし出す霧、苔の生えた湿った地面、細く色素の薄い不健康そうな植物、こもったカビの臭い、転がる動物の骨、複数の狼の足跡。
・・・妖精さんより死神さんが住んでそうだな。
それに、他にもいくつか問題がある。
一つはアッシュウルフに遭遇する頻度が高くなっていることだ。
おそらく、この全身に浴びた血の臭いが原因だろう。
来るときは一時間の間、何とも出会わなかったのに、今は十分か二十分おきくらいにアッシュウルフが襲ってくる。
もう三、四十体は倒しただろうか。
体に付いた血も、一応目に見える範囲は落としたのだが、あまり効果はなかった。
水で流したくらいで臭いはとれないらしい。
でもせめて屋敷に付くまでには消えていてほしいな。
レミアに「お父さんなんか臭い」なんて言われたら、アッシュウルフに噛みつかれるよりダメージ来そうな気がする。
戦うこと自体はできている。
あらかじめアッシュウルフの接近に気付けたときは、広範囲に魔力を広げ、敵がそこに突っ込んできたところを倒す。
気づくのに遅れ、ある程度接近を許してしまったときは、確実に一撃を耐えられる強度の氷壁を三枚、自分を囲むように三角形に出し、初撃を耐えてから動きが止まった相手を魔法で倒す。
最初の戦いでの腕と足の傷以外、今のところは一撃も攻撃をくらってはいない。
だがもう一つの問題は、魔力の残量が減ってきていることだ。
それもそのはず、俺は敵が近づくたびに大量に魔力を展開しており、一度体から離れた魔力は再び体の中に戻すことはできないので、余った魔力もその場に捨てていくことになる。
敵を近付けさせず確実に倒すためとはいえ、効率はかなり悪い。
体感的にもう半分は減っている。
倒すのに使う魔法も、はじめは練習のつもりで水刃を使っていたが、今は氷の魔法で頭だけ凍らし、窒息死させる方法に変えた。
戦法的に、ちょうど使う量だけ魔力を出しておく、みたいなことはできないので、それほど魔力の節約ができるわけではないのだが、まあ無駄に魔法を連発するよりはマシだろう。
「疲れたぁ・・・」
何度目かもわからないアッシュウルフの襲撃の後、俺はとうとう木を背にして地面に座り込む。
そして足のすぐ先に転がるアッシュウルフの死体を見た。
・・・確かにリーズの言う通りだったのかもな。
本当は戦い方も知らず、こんな危険な場所に来るべきじゃなかったのかもしれない。
最初にアッシュウルフと戦ったときも、一歩間違えればきっと殺されていたし。
だが後悔ばかりではない。
少なくとも、今回の無茶のおかげでトラウマは払拭できた。
それになにより、戦い方というものがわかった。
魔術師の戦い方だ。
それは接近させないことと、冷静でいること。
まあどちらも前にリーズが言ってたことだけどね。
それが身を持って実感できた。
軽装備さえつけていない後衛職の魔術師は、敵に接近されると一撃で死んでしまう可能性がある。そして、そのことに動揺してしまえば反撃のための魔法も撃てなくなる。
完全に安全な位置から、恐怖も激昂もせず冷静に、単調な作業のように魔法を撃つのだ。
それが少しずつだが、できるようになっている気がする。
それにしても疲れた。
魔力の残量ばかり気にしていたが、それより先に体力が尽きそうだ。
まあ、こんな慣れない足場を、周りを警戒しながら数時間歩き続けているんだ。
俺みたいなインドア少年には少々きついものがある。
いや元インドア少年かな。
今はレミアと遊ぶためにわりと外に出るし。
でも屋敷からはまったく出ないんだよな。
じゃあ間を取って、引き籠もりアウトドア少年あたりかな?
・・・しっくりはこないな。
ていうかレミアのこと考えたら、よけい屋敷に帰りたくなってきた。
屋敷に帰ってレミアをだっこしたり肩車したり、膝に乗せて一緒にご飯食べたりしたい。
俺はレミアをイメージしながら、氷の像を作り膝の上に乗せる。
・・・ダメだ、つめてぇ。
ていうかこんな魔力の無駄使いをしてる場合じゃなかった。
俺は氷の像をいったん横に置き、木の根本に座り込んだまま頭上を見上げる。
葉に遮られているせいではっきりとはわからないが、先ほどより日が傾き、日の光も弱まっていた。
もう少ししたら、日も沈んでしまうかもしれない。
そのことに気が付き、俺はゾッとする。
夜を迎えるのか?この森の中で?
・・・それは無理だ。
見通しが悪いとはいえ、今はまだ周りが見えるから何とか戦えてる。
だが夜になれば視野はほぼゼロ。
アッシュウルフの接近に本当に直前まで気がつけなくなる。
死角から飛んでくる矢に対応するようなものだ。
それに攻撃も当てられない。
相手の姿が見えないんじゃ、魔法を飛ばして当てることも、相手のすぐそばに魔法を起こすこともできない。
手あたり次第に攻撃するか?
いや、そんな戦い方をすれば今度こそ魔力が底をつく。
暢気に座って休んでる場合じゃなかった。
正直この森で一晩を無事に越せる気がしない。
なら最悪、ここに厚い氷のドームでも造ってそこで寝るか?
いや、いくら厚く氷を張っても、いずれ破られる。
それにそんな状況で俺は本当に寝られるのか・・・?
そんなことを考えながら俺は立ち上がり、焦ったように辺りを見回す。
すると視界の端に何かを見つける。
暗くどんよりとした霧が、そこだけぼんやりと明るく光っていた。
あれは・・・日の光?
それに何か陰が動いてる。
アッシュウルフではない。
何かの動物でもない。
・・・もしかして人?
ということはあれが森の出口か!?
と、とにかく見に行こう!




