50.偵察①
「えー!今日もレオとあそべないの!?」
朝食時、リーズの話を聞いたレミアが不満げな声をあげる。
今日俺は、リーズと共に騎士連合の森への偵察に付いていくことになっていた。
昨日に続いて二日連続の外出である。
絶対に放さないとばかりに俺の腕に抱きつくレミアに、少し申し訳ない気持ちがわいてくる。
「レオが望んだことよ。
嫌ならあなたが説得しなさい。」
リーズもなぜかいつも以上にツンとした様子だ。
というか、昨日俺が討伐に参加したいと言ってから、ずっとピリピリしてる。
機嫌が悪いという訳じゃないみたいだけど・・・
やっぱりリーズは俺が戦うことに反対なのだろうか。
そんなリーズの言葉を受けて、
「レオはレミアとあそびたくないの・・・?」
とレミアは目を潤ませながら俺を見上げる。
うぅ・・・かなりの破壊力・・・
だが今更曲げるわけにはいかない。
「・・・ごめんなレミア。
俺だって、レミアと遊ぶのはもちろん楽しいよ。
でも今、ローズ領とお姉ちゃんたちはとっても大変なときで、俺はそれの手伝いたいんだ。」
俺はかがんでレミアと目線を合わせそう言う。
「うー・・・かえってきたらいっぱいあそんでね、レオ?」
レミアは目を潤ませたまま不満げに唇をとがらせた後、俺に抱きつき名残惜しむように顔をこすりつけた。
屋敷の裏の草原、バルさん率いる偵察隊と合流する。
偵察隊はバルさん、リーズ、策敵係のラビィーナの他に、獣耳の生えた剣士が一人に、エルフ種の魔術師が一人の、合計五人の小隊だった。
俺を入れれば六人かな。
ちなみに魔術師のエルフっ娘はローズ家と血縁があるわけではないらしい。
今回の偵察の目標は、付近の亜種の生態が変わっていないかの調査と、現在問題になっているナーガの群がこちらにきていないかの確認。
実際に森の中に入って、襲ってくる亜種を相手にしながらの調査らしい。
俺も今かなり緊張してる。
い、いや、今から緊張しててどうする・・・
魔術師は平常心だ。
深呼吸、深呼吸。
挨拶もそこそこに、小隊は馬で草原をまっすぐに進み、目的の森を目指す。
俺はリーズの操る馬に一緒に乗せてもらった。
ちなみに、今もがっつり彼女の細い腰に手を回し掴まっている。
もちろん初めは俺も、「手を回したりなんかしたら蹴り落とされるんじゃないか・・・?」と思い、触れるか触れないかの距離で掴まっていたのだが、すぐに「何やってるの、振り落とされるわよ」と無理矢理体をくっつけられた。
だからこの状態も仕方ない。
リーズのいい匂いがするけど仕方ない。
「えっ!ウエスト細っ!」とか言いそうになっちゃったのも仕方ない。
というか、こういう真面目な状況では、リーズは俺がくっついても照れたりはしないらしい。
残念。
リーズが少しでも意識してくれれば、こう、自転車の二人乗りみたいな、青春の甘酸っぱさが味わえたかもしれないのに。
・・・そんなことないか。
俺が後ろで掴まってる方だし。
そもそもめっちゃ武装してるし。
他校にカチコミいくのってこんな気分なのかもしれない。
それにふざけてはいるが、実を言うと俺もあまり心に余裕がない。
俺は今まさに、かつて殺されかけた現場に向かっているのだ。
次第に動悸が激しくなっているのを感じる。
草原を先へ先へと進むたび、あの日この身で感じた「死」というものに、再び自分が近づいているかのような、そんな錯覚を覚える。
「・・・な、なあリーズ、今回近づいて来てるナーガってどんな亜種なんだ。」
俺はそんな感情を少しでもごまかそうと、掴まったリーズに話をふった。
「ナーガは私たちと同じくらいの大きさの小型の亜種よ。
繁殖力は並だけど、知能はある程度高くて、性格は亜種の中でも狡猾。
鋭い鉤爪と牙を持っていて、簡単な武器を使う個体もいるわ。
探知能力が高いから不意打ちはできなくて、体の表面が堅い鱗で覆われていて刃も通りにくい。
火に弱いから、火系統の魔法で倒すのが一般的ね。
普通のナーガの特徴はこんなものよ。
どのくらい当てはまるかは、今回出たナーガを実際に見てみないとわからないわ。」
なるほど。
ちゃんとデータがあるっていいね。
対策も立てやすい。
「でも森にはアッシュウルフがいるんだろ。
亜種同士で潰し合ったりはしないのか?」
「多少の小競り合いはあるでしょうね。
でもナーガがやってきたら、アッシュウルフはすぐに縄張りを移すと思うわ。」
「えっ、そうなのか?」
「アッシュウルフは繁殖力は高いけど、個体の戦闘力は低いからね。」
えぇ、あの狼、亜種の中では弱い方なのか・・・
俺抵抗もできずもて遊ばれたんだけど?
い、いや、今は魔法があるし何とかなるのかな・・・
「というかアッシュウルフは殲滅しないのか?
ナーガも残さず倒すんだろ。」
是非してほしい。
一刻も早く絶滅させてほしい。
今でも襲われたときのことを夢に見るくらいだからな。
「いいえ、アッシュウルフは縄張りから出てこない珍しい亜種だから、放置していても問題ないのよ。
不用意に近づかない限り被害も出ないしね。」
リーズの話によると、亜種は通常、精霊族を探しながら移動し、見つけた瞬間襲いかかってくるような攻撃性を持つ生き物らしい。
まるで何かの仇かのように、何よりも優先して精霊族を攻撃してくる。
知能の低い亜種では、仲間の死体の転がる明らかに勝てないような状況でも、撤退せず我を忘れたように襲いかかってくるのだとか。
何日も食事を与えなかった亜種のそばに食べ物と精霊族を並べると、亜種は食べ物には目もくれず精霊族を襲いに行った、という奴隷を使った実験結果もあるという。
亜種はまさしく精霊族の天敵なのだとか。
しかしそんな中、アッシュウルフは少しその性質が異なる。
もちろん精霊族を襲う本能はあるが、異なるのは彼らがめったに森から出て来ないことだ。
それこそ真横を通ったりしない限り、見つかっても平気なのだという。
「アッシュウルフは繁殖力が高いから、駆除しようにもし切れないって理由もあるのだけどね。
昔、領地を広げるためにアッシュウルフをせん滅しようとした領主がいたみたいだけど、森の外に誘い出すこともできないし、森に入れば集団に囲まれて、狩っても狩っても数が減らない。
成果は得られず被害だけ増えて、結局は諦めたみたいね。
まあでも、私たちの代では領地を広げる予定もないし、放置でも問題ないわ。
それより厄介なのが、森から出て街道にまで襲ってくるような亜種が、アッシュウルフの代わりに住み着いてしまうことなのよ。」
なるほど、敵なのには変わりないが、アッシュウルフの方がまだマシというわけか。
亜種にも色々あるんだな。
やがて小隊は、アッシュウルフの住む森の入り口へと到着する。
真っ昼間なのにもかかわらず、高い木々と幾重にも厚く重なった葉に覆われた森は、不気味なほど薄暗い。
森と草原の境界で時間がずれているかのようだ。
薄暗く湿った森は、まるで獲物が入ってくるのをじっと待つのアンコウのように、大きく開いた不吉な口をこちらに向けている。
「着いたな。
結界はここまでだ。
馬はここに置いていくぞ。」
バルバラの言葉で、隊員は馬から武器を下ろし戦闘の準備を始める。
そんな中、俺は森を見つめたまま動けずにいた。
・・・ここだ。
俺が狼に背中をえぐられた場所。
響きわたる獰猛な唸り声。
俺をにらむ大量の赤い目・・・
「・・・レオ」
リーズが静かに俺の名を呼ぶ。
「・・・」
しかし俺は反応できない。
まるで魅入られたかのように、こちらを見る何かを探すかのように、森の暗闇を見つめる。
リーズの声は聞こえているはずなのに、俺を呼んでいるのだと気付けない。
そんな俺に、
「レオ!!」
と再び叫ぶように呼びかけるリーズ。
「あ、ああ!
ど、どうしたんだリーズ?」
目が覚めるようなリーズの凛とした呼び声に、俺はようやく返事を返した。
「・・・」
リーズは黙って真っ直ぐに俺を見つめる。
「だ、大丈夫だよリーズ!!
わかってるって、もう行くんだよな?
お、俺だってこういう日のために魔法の練習は欠かさずやってきたんだ!
亜種の一匹や二匹ーーー」
「いいえレオ、あなた、もう帰りなさい。」
・・・え?
「そうだな、こいつは帰らせた方がいい。」
バルバラも腕組みをしたまま厳しい顔でそう言う。
「な、なんでだよ!俺だって戦える!!」
予想外の言葉に固まっていた俺は、我に返ると猛然と抗議した。
リーズはそんな俺の様子を見ると、森の入り口の一本の木に剣で傷を付ける。
そして、
「レオ、失敗してもいいから、ここに向かって魔法を打ってみなさい。
この目印にだけ当てるのよ。」
と真剣な表情で言う。
・・・なにかのテストか?
だけどいまさらそんな初歩的なこと、できないわけがないだろ!
「わかった、そんなの簡単だ!」
俺はすぐに、目印の付いた木に向かって腕を伸ばし狙いを定める。
木との距離は約十メートル。
水でも火でも氷でもいい。
ただ魔力を物に変えて打ち出すだけの簡単な魔法だ。
しかし、いつまでたっても魔法は出ない。
どうしてもイメージがまとまらず、魔法が形を成さない。
原因は木のうしろ、どこまで持つ続く森の暗闇。
何かを考えようとするたび、牙をむく狼の映像がフラッシュバックし、森の暗闇から意識をそらせない。
心に染み着いた恐怖で魔法が出せない。
クソッ、なんでだよ!
あんな的に当てるだけの魔法、何度もやってるじゃないか!
もっと大きな魔法だっていくらでも出せる!
そう、強力な魔法を、あの狼たちをまとめて駆逐できるような巨大な魔法を!!
まとまらない頭でそう念じ続けると、氷と水が混ざったような巨大な塊が目の前に出現した。
俺はそれを打ち出す。
現象に変換できず空中に漂っていた魔力を全て使って、思いっきり前に打ち出す。
氷と水の塊はその大きさからは想像できないようなスピードで進み、目印の木だけでなく周囲に生える木々も巻き込みながら、大きな水しぶきをあげた。
「ひゃあ!」
「すげぇな・・・」
後ろからラビィーナやバルバラの驚きの声が聞こえる。
や、やったぞ!
「ど、どうだリーズ!?」
俺はリーズに問いかける。
「ダメよ。」
しかしリーズは短く、はっきりとそう言った。
「私、木の目印にだけ当てなさいって言ったわよね?
こんな大きな魔法を出して、あなた味方を巻き込むつもりなの?」
ハッとして、俺は魔法を打ったあとの森を見る。
魔法がぶつかった衝撃で、目印の木だけでなく、周囲の木までもがまっぷたつに折れ、ちぎれ、傷ついていた。
魔術師は後衛職だ。
目の前では敵と味方がお互い至近距離で戦闘している。
そんな状況で今の魔法を打つのか?
あの巨大な魔法に巻き込まれたらどうなるかを想像し、俺は思わずぞっとする。
リーズはそんな俺に近づき、優しく手を取り語りかけた。
「・・・焦る必要はないわ、レオ。
今回のナーガとの戦いが終われば、ちゃんと私が戦い方を教えてあげるわ。
だから、今は家に帰りなさい。
これは命令よ、レオ。」
一人、草原を歩く。
何も言えないまま、森の中へと入っていくリーズたちを見送った後、俺はどうすることもできず、結局歩いてローズ家の屋敷へと向かっていた。
リーズの話では、森の入り口からなら一時間も歩けば屋敷に帰れるらしい。
草原は平和だった。
快晴の空に、少し眩しいくらいの太陽の光、涼しく穏やかな風が流れ、背の低い白い花がそれ合わせて揺れている。
何か危機が近づいてきてるなんて嘘みたいだ。
そんなことを思い、俺はふと足を止めた。
・・・このまま帰ってどうする。
きっとそうしても、悪いようにはならない。
俺を見れば、レミアはうれしそうに迎えてくれるはずだし、アニエスも俺の状況を察して、優しく慰めてくれるだろう。
だけど、本当にそれでいいのか?
このまま何もできずスゴスゴと逃げ帰って、俺は屋敷で二人に慰めてもらうのか?
・・・できるわけないだろ、そんな情けないこと。
それに、これはずっとレミアと一緒にいるための一歩なんだ。
そんな簡単に諦めていいことなのか?
俺は来た道を振り返る。
そして、遠くに小さく見える森に向かって駆けだした。




