44.読み書き練習
「おねえちゃん、レミアにおてがみ来てる?」
朝、配達員から手紙を受け取ったアニエスに、レミアが駆け寄る。
「ルナちゃんとフブキちゃんからのお手紙よね。
・・・うーん、来てないみたいねぇ。」
「帰ってきてまだ数日よ。
届いたら教えてあげるから、大人しく待ってなさい。」
「そっかー」
レミアは屋敷に帰ってきてから、毎日のようにローズ家に届く手紙をチェックしている。
友人たちからの手紙が楽しみでしかたないようだ。
でもリーズの言うとおり、届くまではまだ時間がかかるだろう。
ヴラム領もセラス領もローズ領からはけっこう遠いみたいだし、それに手紙はルナ→フブキ→レミアの順で回ってくる。
早くてもひと月はかかるはずだ。
ちなみにリナに隠れての手紙のやりとりについて、アニエスたちには既に話してある。
二人とも了承してくれたが、リーズは少し難しい顔をしていた。
「レミアも早くおてがみかきたいなー」
「それなら、今日の授業は手紙の書き方にしましょうか。」
「うん!」
なるほど、レミアが興味のあるうちに教えようということか。
流石リーズだな、この教え上手!
「なあリーズ、もしよければ俺も手紙の書き方、っていうか文字の読み書きを教えて欲しいんだけど・・・?」
せっかくの機会なので、そんな教え上手さんに俺も授業をしてもらえないかとお願いする。
手紙もレミアと一緒に書きたいからね。
「ええ、いいわよ。
あなたが文字を読めなくて不便そうにしてる様子は、何度か見てるからね。」
「おお!ありがとうリーズ!」
「それに文字が読めれば、任せられる仕事も増えるでしょうし。」
「そうだな、アニエスたちの仕事も手伝えるようがんばるよ!」
「奴隷に領地管理の仕事をさせてるなんてしれたら、領民から怒られそうだけどね。
まあ期待してるわ、レオ。」
俺のやる気あふれる顔に、リーズは少し苦笑いしながらそう答えた。
朝食後、レミアと共にリーズの部屋へとやって来る。
レミアが手紙のマナーや書き方を教わる横で、俺は文字表を見ながら文字の書き取りをしていた。
書くのはこの世界の共通語である精霊文字だ。
文字数はアルファベットより多く、文体は見たとこ英語っぽい。
うーん、これは苦労しそう。
時々レミアがこっちを見て、俺の書き方の間違いを教えてくれる。
それもとても楽しそうな顔で。
末っ子だからお姉ちゃんみたいなことができて嬉しいのかもしれない。
リーズには集中しろって怒られてるけど。
文字の書き取りを繰り返し、文字表とレミアが昔使ったイラスト付きの単語表をもらって、今日の授業は終わった。
しばらく夜寝る前は、魔法練習より文字練習を優先しなきゃいけないな。
あっそうだ!
買ってもらった効果のわからない魔法陣を辞書と照らし会わせる作業も、夜にやろうと思ってたんだ。
うーん、どれを優先させるべきだろうか?
今は魔法練習で新しいことはできないし、それは魔法陣を調べ終わってからでいいかな。
読み書き練習は毎日続けないといけないだろう。
じゃあ、基本は読み書き練習と魔法陣調べを平行してやって、魔法陣の効果がわかったら、それを無詠唱で再現できるかどうか練習する感じかな。
忙しくなりそうだ。
その後、お昼のティータイムを終え、いつものレミアと遊ぶ時間がやってきた。
至福のひとときである。
「さてレミア、今日は何をやろうか!」
「今日はレオにご本よんであげる!」
俺の問いにレミアはすぐにそう答える。
本を読む?
インドアな遊びを選ぶなんて珍しいな。
まあレミアがやりたいならいいか。
というわけで二人で図書室にやってくる。
レミアは子供用の絵本が並ぶ棚から一冊をとって椅子に座った。
「はいレオ!ここにすわって!」
そして自分の膝の上を指さす。
「・・・逆じゃないか?」
「レミアがよんであげるからこれでいいの!」
おそらく、昔にアニエスかリーズの膝で本を読んでもらった経験があるのだろう。
そして今日は、自分もそんなお姉さんっぽいことをしてみたいと。
なるほどかわいい。
俺がレミアの上に座り、おもいー、よめないー、などとじゃれついた後、結局いつも通り俺の膝の上にレミアは座り、本を読み聞かせてくれる。
レミアが選んだのは『アーサー物語』という題名の本だった。
『むかしむかし、わたしたち精霊族は、わたしたちを食べようとするわるい亜種に、毎日おびえてくらしていました。
そしてあるエルフのむらにも、たくさんの亜種がやってきます。
むらの人たちにはどうしようもありません。
みんなむらのまん中にあつまって、わんわんないていました。
そのとき、むらにいた一人のたびびとがこえをあげます。
「わたしの名前はアーサー。わたしにまかせてくれ。」
アーサーはそう言うと、むらの中心に大きな魔法陣をかきます。
するとふしぎなことに、むらにはまったく亜種が入ってこなくなりました。
さらにつづけて、アーサーはわるい亜種たちにむけて魔法をとなえます。
すると何ひきかの亜種が、アーサーといっしょになってたたかいはじめました。
わるい亜種がいい亜種にかわったのです。
そうして、アーサーはまたたくまにわるい亜種をたおして、むらはすくわれました。
アーサーはむらに二つの魔法をのこしていきました。
それが亜種結界魔法と奴隷化魔法です。
この魔法のおかげで、わたしたちは今でも平和にくらすことができるのです。』
本の内容は、二大魔法を発明した大魔導士アーサーについてを、子供向けに書いたものだった。
おびえる精霊族、悪そうな顔の亜種、フードを被った魔導士アーサーの姿がコミカルに描かれている。
しかし、気になることがある。
まず一つは、絵本の中でアーサーの顔が描かれていないこと。
どのページでもアーサーは長いローブを身にまとい、顔はフードと髪で隠れている。
それとこの話が本当なら、アーサーは荒れまくってた世界にいきなり現れて、二大魔法を授けて回ったってことか?
自分で奴隷化魔法も使ってるし。
まあでも、日本の昔話だって、急に神様から霊剣さずかったりするからな。
大昔の偉い人の話は、えてして神話的になってしまうものなのかもしれない。
ていうかなにより題名危ない。
彼女が「王」じゃなくてよかった。
危うく被るところだった。
「レオ、それなに?」
絵本を読み終えたレミアにお礼を言い、本の中の単語の意味を聞いていると、レミアが俺の持つノートを見て尋ねる。
「ん?これは辞書だよ。
まだ未完成だけどね。」
そう、これは自家製の辞書だ。
リーズに小さめのノートをもらい、絶賛作成中である。
日本語解説の付いてる辞書なんてこの世界にはないからね。
大変だけど地道に作っていくしかない。
「そうなの!?
じゃあレミアもおしえてあげる!」
レミアはそう言うと、絵本の中の単語をはじめ、自分の好きな物の単語をいろいろと教えてくれる。
このまま『レミアの好きなもの辞典』にしてもいいかもしれない。
ミリオンセラーは固い。
俺が100万冊買うから。
「そうだ!ねえねえレオ、これかいて!」
そんなことを考えていると、レミアは何かいいことを思いついたように声を上げ、ある文字列を書いて俺に見せる。
「ああ、いいぞ。
・・・これでいいか?」
「うん!それでね、それをもってレミアに見せて!」
「持って見せる?こうか?」
俺は文字を書いた紙を胸の前に掲げた。
するとそれを見たレミアは「えへへ~」とだらしなく笑う。
「なんだかうれしそうだな?
これはどういう意味なんだ、レミア?」
「あははは!おしえなーい!」
あっ、逃げた。
あの顔を見るに何かのいたずらだな!?
「待てレミア!」
俺は図書室を飛び出たレミアを追いかけた。
逃げたレミアを追うと、アニエスの書斎から出てきたリーズに会う。
仕事の手伝をしていたのだろう。
「おっリーズ、お仕事お疲れさま。」
「ええ。さっきレミアが走って通り過ぎていったけど何?
追いかけっこ?
それなら外でしなさい。」
「あ、ああ、わかった・・・
あっ、そうだリーズ、ちょっとききたいことがあったんだけどいいか?」
「なに?」
「図書室に『アーサー物語』っていう絵本があるよな。
あれに出てくるアーサーの顔が全部隠れてるのはなんでなんだ?」
俺は話をそらすついでに、先ほどの疑問をリーズにぶつけた。
「そのことね。
それはアーサーの種族がわからないからよ。
正確には、地域によって違う、かしら。」
「地域で違う?」
「そうよ。
アーサーはコリー領のあたりだと誠実そうな犬種だし、鬼主の多い地域だと威厳のある鬼種だし、うちの領地だと聡明なエルフ。
地域ごとに伝承に書かれてるアーサーの姿が違うのよ。」
「・・・そんなことあるのか?」
「さあね。
一説では、種族の優位性を示すために、それぞれの種族が自分たちと同じ姿でアーサーを記述したって話もあるし、各地域に魔法を広めに行ったのはアーサーの使者だったって説もあるわね。
まあなんにせよ、全国に出回ってる絵本とかだと、アーサーを特定の種族で描くと苦情がくるから、そういう見た目になってるのよ。
大抵の絵や像は、耳とか羽とか尻尾とかの種族の特長が見えないようにしてあるはずよ。」
「へー、大変なんだな。
そう言えば確かに、貴族議会の天井にあったアーサーの絵も何種かわからない絵だったかも。」
「そうでしょうね。
私はそれ、見たことないけど。
聞きたいことはそれだけ?」
「いや、あと一つある。
ちょっとこれを見てくれ。」
そう言い、俺は先ほどの謎の文字が書かれた紙をポケットから取り出し、リーズに見せる。
リーズならこの言葉の意味も知っているだろう。
と思ったのだが、俺が紙を見せた瞬間、リーズはなぜか目を見開いて口をパクパクさせた。
ん、どうした?
「い、いきなり何を言ってるのよあなた!
あっ、いえ違うの、怒ってる訳じゃなくて、でも急にそんなこと言われてもびっくりするというか・・・
わ、私だって別にイヤってわけじゃないし・・・
それに、へ、変な意味じゃなくて、私もその、あ、あい・・・」
「・・・?、これどういう意味なんだ?」
「・・・え?」
「レミアに意味を教えられないまま書かされて、聞こうとしたら逃げられちゃって。」
「・・・・・」
「な、なんで怖い顔してんの?」
「してない。
どいて、私いそがしいの。」
「え、ちょっとリーズ!?」
リーズはちょっとふくれっ面になりながら、スタスタと歩き去ってしまった。
どうしたんだリーズ?
この文字を見て怒ったんだよな?
うーんどうしよう、レミアを探しに行こうかとも思っていたが、この言葉の意味も本気で気になってきたぞ。
というわけで、そのまま目の前のアニエスの書斎にノックして入る。
「アニエス、ちょっといいか?」
「あら、どうしたの?」
「これなんだけど・・・」
俺はアニエスに近づき、文字が書かれた紙を見せた。
するとアニエスは幸せそうな笑顔をこちらに向ける。
「ふふふっ、うれしい。
私も愛してるわ、レオ。」
そして、傍に立っていた俺の頭を優しく抱き寄せる。
「えぇ!ちょ、まって!まってアニエス!」
「うふふっ、どうしたの?」
「こ、この文字の意味を聞きたくて来たんだ!
俺はなんて書いてあるか知らない!」
「あら、そうなのね。」
アニエスは俺の言葉でパッと手を離す。
「わ、悪いな、紛らわしくて。
で、わかるかアニエス?」
「ふふふっ、さっき私が言った通りよ。」
「アニエスが言った?
えっと、うれしい、私も愛してる・・・愛してる?」
「そう、『あなたを愛しています』かしら。」
え、え~・・・
やばい、めっちゃ恥ずかしい。
冷奴Tシャツ着た外国人くらい恥ずかしい。
「わ、悪かったな、仕事の邪魔して。」
「ふふふっ、いいえ、とってもうれしかったわ。
また来てねレオ。」
気恥ずかしさから逃げるように部屋を出る俺に、アニエスは少し弾んだ声でそう言った。
アニエスの部屋から出て一階に降りると、探していたレミアが廊下の向こうから走ってくる。
「あ!見つけたぞレミア!
どこにいってたんだ?」
「ねえねえレオ!
さっきのかみもってる?」
レミアは俺の質問もそっちのけで、そう尋ねる。
「さっきの紙?
ああ、持ってるけど」
「じゃあこれに入れてレミアにちょうだい!」
レミアはそう言うと、手紙を入れる用の小さな封筒を渡してきた。
これを取りにいってたのか。
俺は先ほどの紙を封筒に入れレミアに渡す。
「えへへ~、ありがとうレオ!」
レミアは俺から封筒を受け取ると、嬉しそうに両手で抱きしめる。
「じゃあはい、レオにもこれあげる!」
そして後ろ手に持っていた色違いの封筒を差し出した。
「おっ、レミアからの手紙か、うれしいな。
中も見ていいか?」
「うん!」
レミアの期待した視線を受けながら、封筒を開け手紙を取り出す。
かわいらしい花柄の入った便せんには、俺が書いたのと同じ文字が書かれていた。
「はははっ、やっぱり意味は教えてくれないのか、レミア?」
「うん、レオにはひみつ!」
そう言い、レミアは再び楽しそうないたずら顔を浮かべた。
童話風の文章難し過ぎません?
いつか書き直します。




