43.色変え魔法
早朝、屋敷の厨房でお湯を沸かしながら、今朝の紅茶用のお茶うけと、朝食の献立について考える。
ある程度の準備を整え、沸かしたお湯で簡単に自分用の紅茶を入れてから、それを持ち庭のテラスへと出た。
空はカラッと晴れたいい天気。
涼しく穏やかな風のなか伸びをすると、賑やかなさえずりが聞こえ、置いてあったデッキチェアに小鳥がとまる。
小鳥は挨拶するかのようにかわいらしく一度だけ鳴くと、またどこかへと飛んでいった。
あぁ、平和だ・・・
首都セントフィアを発ったのは舞踏会の翌日。
途中でまたコリー家の屋敷に一晩泊めてもらい、二日かけてローズ家のお屋敷へと帰ってきた。
コリー家の屋敷では、夜中ハウルにこっそりと呼び出され、「先日おっしゃった、ローズ家への忠誠に嘘はないか」と尋ねられ、その後なぜか謝られた。
「監視などという忠義を疑うような真似をしてすまない」ということらしい。
それと共に、「あなたへの接し方が自分の中で定まっていない」、「あなたを警戒するような態度をとることもあるだろうが、どうか気を悪くしないでほしい」みたいなことも言われた。
なんとも正直な人だ。
謝る必要はないし、警戒するのも当然だという旨とともに、「ハウルさんとも仲良くしたい」という俺の気持ちを伝えると、ハウルは少しくだけた笑顔で握手をしてくれた。
あと最後になぜかかき氷の作り方も聞かれた。
そしてローズ家の屋敷に返ってきた今、俺は何日かぶりに朝食前の紅茶の準備をしているというわけだ。
首都のお城の部屋も、広いし綺麗だし黙っていても食事がでてくるしで悪くなかったけど、やっぱり我が家が一番落ち着くな。
・・・奴隷だから我が家ではないのか?
「おはようレオ、相変わらず早いわね。」
テラスで一服してから食堂に戻り、一人そんなことを考えていると、寝間着姿のリーズがやってくる。
いつもぴったり同じ時間に起きてくるリーズも、今日は少しだけお寝坊だ。
まあ貴族議会中は大変だったし、しかたないね。
でもリーズでこれなら、日ごろからお寝坊なアニエスはどうなるのだろう。
今日中に起きてくるのだろうか。
まだ少しだけ眠そうなリーズの横に立ち、俺はいつものように紅茶を入れる。
リーズは紅茶に口を付け、少しだけ笑みを浮かべた。
ご満足いただけたようだ。
特に何を話すでもなく、ゆったりと時間が流れるのを感じる。
うーん、平和だぁ・・・
ここに来たばかりのころなんかは、こんな薄い寝間着姿の美少女と二人っきりでいることに、緊張したりもしたけどね。
まあでもそれもしょうがないかな。
リーズは黙って座ってるだけでも華があるし、歩く姿は百合のように凛として綺麗だし、話すと薔薇のように鋭利な棘があるし。
「なによ、こっちみて。
・・・失礼なこと考えてない、あなた。」
「いえ!滅相もございません!」
「なんで敬語なのよ・・・」
流石リーズ、勘がいいな。
でも変なことは考えてないです。
ただ「リーズは花のように美しいな」って考えてただけです。
「な、なあリーズ、ちょっと思ったんだけど、この紅茶も魔法で出せないかな?」
話を変えるため、とっさに思いついた疑問を口にする。
「魔法で?
・・・まあいいわ、やってみなさい。
やればわかるわ。」
少し考えた後、リーズはそう言った。
おっ、この顔はあんまり期待されてないな!
フッフッフッ、後悔するなよ!
その勝負受けるぜ!
おりゃーー!!
と意気込んで紅茶を魔法で出してみるが、飲んでみると正直いまいち。
温度も中途半端だし、なにより香りがほとんどない。
味を意識しすぎた?
「わかった?」
俺の微妙な表情を見てリーズが尋ねる。
「い、いや、次こそは!」
さらにできたものを味見する。
「こ、これでどうだ!?」
「・・・まあ、飲めなくはないわね。
でも普通に入れた方がおいしいわ。」
くっ、負けた・・・
どっちも俺がいれたお茶だけど。
「詠唱魔法と無詠唱魔法の違いと同じよ。
おいしいお茶の入れ方が、魔法の詠唱。
面倒でも詠唱して魔法を出した方が魔力効率がいいように、お茶もきちんとした手順で入れた方が、不安定な無詠唱魔法で入れるより正確だしおいしいのよ。」
「おはよーレオ!!」
俺がぐぬぬ顔になりながらリーズの魔法講義を受けていると、食堂の扉を元気よく開けレミアが入ってくる。
そして俺の胸にダイブ!
俺は飛びついたレミアを抱きしめながらぐるぐる回る!
さらに着地と同時に手を取り組む!
そして踊り出す!
まるであの日のダンスホールのように!
横で見ているリーズは呆れ顔である。
舞踏会以降、ダンスがレミアの中でブームになっている。
毎朝抱きついたあと必ず、いそいそと俺の手を取り期待した目でこちらを見上げてくるのだ。
かわいい。
ダンス中俺が手を持って回したり、高く持ち上げたりするのはちょっとおかしいけどね。
他の貴族相手にお願いしたりしないよう言い聞かせとかなきゃ。
その後、レミアにも紅茶を入れてやり、マガリさんから焼き立てのパンを受け取り、一息ついたら朝食の準備を始める。
しかし、いつまでたってもアニエスはやってこない。
うーん、流石に起こしに行った方がいいか。
「リーズ、ちょっとアニエスを起こしてくるから、火を見ていてくれないか。」
俺は一緒に朝食を作っていたリーズに声をかける。
「ええ、わかっ・・・
待って、私が行くわ。」
「ん、なんで?」
「こういうときの姉さんは本当になかなか起きないから。
それこそちょっと乱暴に起こさないといけないくらい。
あなただとやりにくいでしょう。」
「あーそうなのか、確かにな。」
「それに服なんかも、まくれたりずれたりで、裸同然でしょうし。
その上姉さん、寝ぼけてるとベットに引きずり込んで人を抱き枕にするのよ。
この前なんか、睡眠魔法をかけて一緒に二度寝させようとするし。
ほんと、朝弱いのもいい加減何とかしてほしい・・・
どうしたのレオ、そんな顔して?」
「やはり私に行かせてはいただけないでしょうか?」
「なんで敬語なのよ。
ダメよ、あなたは朝食の準備をしてなさい。」
四人そろっての朝食後、皆で今日の予定を確認する。
アニエスはここ数日で溜まったお仕事、リーズも騎士連合に報告を聞きに行くのだという。
「だから今日の授業は無しよ、レミア。
掃除洗濯が終わったらレオに遊んでもらいなさい。」
リーズの言葉に、レミアが「やったね!」と顔を向けてくる。
「ねぇねぇアニエスおねえちゃん、あの赤くするまほうであそんでもいい?」
レミアが言うのは、首都の魔法通りで買った色変え魔法のことだ。
確かに買ったときからずっと、あの魔法で遊ぶのを楽しみにしていたな。
「ふふふっ、いいわよ。
図書室にしまってあるから、レオに出してもらいなさい。」
「壊しちゃだめよ、レミア。」
「うん!」
というわけで、俺は与えられた仕事を迅速かつ丁寧に終わらせ、図書室へと向う。
一人で児童向けらしき本を読んでいたレミアは、入ってきた俺に気付くとパッと顔を輝かせた。
机の上は魔法をかけるために持ってきたレミアの私物でいっぱいである。
「よし!じゃあ片っ端からやってくか!」
「おー!」
二人で床に置いた魔法陣を囲み、様々なものを赤く染めていく。
お人形、文房具、スカート、帽子、リボン(ツインテールのレミアかわいい)、ハンカチ、靴下、図書室の本、白い薔薇、物置にあった甲冑、庭で捕まえた蝶々、俺の着ていた使用人服、etc・・・
色は一日で元に戻るので、後先考えずとにかく思いのまま変えまくる。
「みてみてレオ!」
洋服系は色を変えるたびに着たがるので、終わるころにはレミアも全身真っ赤な服装になっていた。
レミアが自慢するかのようにその場でくるっと一回転し、それに合わせて赤いスカートがふわっとやわらかく宙を舞う。
かわいい。
たぶん世界中の赤い物体の中で一番かわいい。
ちなみに真っ赤な使用人服を着た俺は、売れないお笑い芸人みたいだった。
などと遊んでいるといつの間にかお昼時。
俺はレミアと一緒にティータイムの準備をし、アニエスを呼びに行った。
「アニエス、お昼の準備ができたぞ・・・
ってなんだ、すごい手紙の量だな。」
書斎の机の上にはいつもの倍以上の手紙が積まれていた。
「そうなの、売り込みがすごくって。」
「売り込みって何の?」
「これは奴隷用の道具を扱ってる商会さんからで、こっちは奴隷の品評会の招待状。
あなたを舞踏会に連れていったのが、もう噂になってるみたいね。」
数日前のことなのに、もう営業の手紙が来てるのか。
ア○ゾンの関連商品並の図々しさだな。
こちらの世界の商人さんも、なかなかに商売根性がたくましいらしい。
「ふふふっ、それにしても楽しそうね、笑い声がここまで聞こえてくるわ。」
アニエスが俺の着る赤い服をみて微笑む。
「あっ、悪い、仕事の邪魔になってたか。」
「いえ、そんなことないわ。
それに、あれだけ楽しんでくれれば買ったかいがあるもの。
お茶の準備ができたのよね?
行きましょう、レオ。」
というわけで、庭のテラスへとやってくる。
せっかくだしティータイムも赤いものずくしに!、と思ったが、流石に赤一色のケーキはちょっと見た目があれなので、赤く染めるのはケーキを乗せるお皿とキャンディーだけにしておいた。
そのはずなのだが、レミアのケーキはいつのまにか真っ赤になっている。
こいつめ。
いたずら顔がかわいい。
ほっぺたについたクリームが血みたいでちょっと心臓に悪いけど。
「おねえちゃんみて!
レオといっしょに赤くしたの!」
レミアが手を広げ真っ赤な洋服をアニエスに見せる。
「とってもかわいいわ。」
「レオとあかでおそろいなの!」
「ふふふっ、よかったわね。」
「アニエス、俺はどうだ?
似合ってるか!?」
俺はレミアを真似て両手を広げる。
「・・・ふふふっ。」
あっ、笑ってごまかした。
「さて、じゃあ俺は食器を片づけるから、レミアは戻ってていいぞ。」
「わかった!じゃあ赤くするものさがしとくね!」
食後、パタパタと庭の方に走っていくレミアを、俺はアニエスと一緒に見送る。
「・・・アニエス、あの魔法陣のことで一つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」
そして声が聞こえない距離にレミアが離れた後、俺はアニエスに尋ねた。
「なにかしら、何でも聞いて。」
レミアと遊んでいる最中に思いついたことを、アニエスに尋ねる。
アニエスは俺の言葉を聞いて一瞬きょとんとした顔をするが、次の瞬間には子供のように顔をほころばせて笑いだした。
「うふふふっ、とっても楽しそうね。
ええ、大丈夫よ。
あれは幻術魔法で、変わるのは周りからの見た目だけだから。」
「そうか!
虫で成功したから、これもいけると思ったんだ。
さっそく試してくるよ。」
「ふふふっ、私も後で見に行くわね。」
「レオー、入っていいー?」
図書室の扉の前、中にいる俺に向かってレミアが声をかける。
「ああ、いいぞー。」
「わかった!!
レオなにしてたのー・・・」
元気よく扉を開け部屋に入ってきたレミアだったが、俺の姿を見た瞬間、ピタッと動きが止まる。
「ど、どうだレミア?」
「・・・レオなの?」
「あ、ああ、そうだぞ、レオだ。」
「レオなの!?
すごい!まっかっかだ!!」
レミアは目を輝かせ俺に飛びついく。
そう俺は今、全身が真っ赤に染まっている。
自分自身に色変えの魔法をかけたのだ。
服も肌も眼も髪の毛の一本に至るまで見事なローズレッドである。
お昼にアニエスに聞いたのもこのことだ。
しかし最初は困惑した。
人体実験のような気持ちで緊張しながら魔法をかけてみたものの、自分の目からは着ている服以外何も変わったようには見えなかったのである。
アニエスに教えてもらった通り姿見で見てみたら、ちゃんと体の色も変わっていた。
聞いといてよかったな。
入ってきたときの反応を見るに、レミアの目からも俺はちゃんと赤く染まっているのだろう。
「俺だってわからなかったのか?」
「うん!ちょっと怖かった!」
怖かったのか。
まあ見た目、顔まで全身赤タイツなのと近いしな。
ちょっと不気味かもしれない。
「レオレオ!かおもよく見せて!」
レミアはぴょんぴょん跳ねながら手を伸ばしせがむ。
俺がしゃがむと、レミアは鼻と鼻が触れそうなほど近くまで顔を寄せ、俺の顔中をペタペタと触りはじめた。
「ここがみみでー、ここがはなでー、ここがくち!
あはは!ほんとにレオだ!」
レミアの手が顔中をなで回す。
うーん、小さくてかわいい手だなぁ。
指も細くて綺麗。
くわえてしまおうか。
それにしても、触り方に遠慮がない。
見た目がマネキンぽいし、不気味ささえ抜ければ、生身の体より接しやすいのだろうか?
「レオ、これどうやってやったの?」
「ん、体のことか?
これは魔法陣の上に立って魔法をかけただけだ。」
「わかった!」
俺の言葉を聞くと、レミアは魔法陣の上に飛び乗る。
「え、あっ、待てレミア!」
「えい!」
俺の制止もむなしく、魔法陣は淡く光り、レミアの全身が真っ赤に染まった。
「・・・かわらないよ?」
「あれー?」とレミアが自分の体を眺める。
うーん、レミアにまでやらせてよかったのだろうか?
俺がやればレミアもやりたがるのは、よく考えればわかることだったのにな。
体に害はないし、アニエスも俺が聞いたとき何も言ってなかったから、たぶん大丈夫かな?
一応このあとアニエスのところに行くか。
「レミア、鏡で見れば自分でも赤く見えるぞ。」
「ほんとだ!すごい!
レオとおそろいだね!」
姿見越しにレミアが俺に笑いかける。
全身真っ赤だからなんとなくだけどね。
と思ったら、レミアは姿見の前でいきなりスカートを大きくまくる。
「みてみてレオ!ふくの下も赤くなってる!」
「・・・やめなさいレミア、はしたないぞ。」
「はーい!
ねえレオ、おねえちゃんにも見せにいこう!」
「ふふふっ、ふふふふふっ。
素敵、もっと近くで見せて、レミア。」
休憩用のお茶を用意し、怒られる覚悟も一応してからアニエスの書斎にレミアを連れていくと、アニエスは俺たちを見てツボに入ったみたいな珍しい笑い方をした。
「ふふふっ、すごい、まつげまで真っ赤。」
レミアを膝に乗せ両手で頬を挟むアニエス。
「そうなの、ふくの下も、口の中もあかいんだよ!」
「ふふふっ、素敵ね。
ねぇレオ、あなたもよく見せて。」
「あ、ああ。」
アニエスは傍でかがんだ俺の頬に手を当て、存在を確かめるように優しく輪郭をなでる。
「・・・どうしたんだアニエス?」
「いえ、ありがとうレオ。
これからもレミアをよろしくね。」
「ああ、まかせてくれ。」
「ただいまー。
うーん、疲れたわ。」
夕刻、玄関扉の開く音とともに、リーズはローズ家の屋敷に帰ってきた。
すでに日は落ちかけ、屋敷の廊下にも暗い陰が落ち始める。
「あっ、おかえりリーズ。」
「おかえりリーズおねえちゃん!」
「ええ、ただい・・・
キャーーーーー!!!」
ローズ屋敷に悲鳴が響いた。
「本当にごめんなリーズ、驚かせちゃったみたいで。」
夕食をとりながら、俺は本日何回目だろうかという謝罪をしていた。
「本当よ!
あんな声出したの初めてだわ!」
リーズが帰ってきたとき、俺はレミアを肩車しながら屋敷中を駆け回って遊んでいる最中だった。
家に入った瞬間、薄暗い廊下から駆け寄ってくる二メートル近い四本腕の真っ赤な生き物。
確かにホラーだ。
「危うく切りかかるところだったわよ。
もう二度とやっちゃだめよ二人とも!」
「はい・・・」
「わかりました・・・」
「そんなに怒ることないじゃない、ね。」
「でも・・・」
プリプリ怒るリーズをアニエスがたしなめる。
「ところでリーズ、実は私も今度やってみたいと思っていたのだけど・・・?」
「絶対ダメ!!
姉さんはいつお客さんが来るかわからないのよ!」
「えー・・・」
苦手意識がついたのか、夕食後もリーズは俺と目を合わせてくれなかった。
翌朝、目を覚ますと色変え魔法の効果は切れていた。
よかったよかった。
ジロジロ見られるのもつらいが、露骨に目をそらされるのもけっこうつらい。
朝になってもまだ少し怒っているリーズの後に、食堂に入ってきたレミアは、やけに嬉しそうな顔でこちらを見る。
「どうしたんだレミア?」
「やっぱりいつものレオが一番好き!」




