閑話.天才スパイ、ハウル・コリー!
ハウル・コリー視点のお話です。少し時間が戻ります。
「制約がかかっていない・・・?」
「そうなの〜、もしかしたら、なのだけどねぇ〜。」
ローズ家の皆様がお屋敷に着いた翌日の朝食後、出発の準備を整える私に、マリル様が思いもよらないことを告げる。
「・・・そんなはずはありません。
昨晩、リーズ様はレオさんと同じ部屋でお休みになられたのですよ。
制約がかかってない奴隷と一晩を共に過ごすなど自殺行為です。
それにレオさんは先日、私たちの前で忠誠を示したではありませんか。」
あの忠義の心は亜種ながら立派なものだった。
種族柄、忠誠や忠義の感じられる行動に甘くなってしまうせいもあるが、今のところ私はレオさんのことを好ましく感じている。
「そうねぇ〜。
でもぉ、もし制約がかかっていなかったらぁ、嘘をつくことだってぇ、できるわけでしょう〜?」
「・・・確かに。」
そして忠義を重んじる分だけ、それを利用したり、裏切ったりする行為は許せない。
忠義を騙るなどもってのほかだ。
「まぁ、嘘をついてるようにはぁ、見えなかったんですけどねぇ〜。
でもぉ~、万が一のことがあってはいけないのでぇ、ちょっとハウルちゃんにぃ、力を貸してもらおうと思ってぇ〜。」
「はい、もちろんです。
なんでもお申し付けください!」
というわけで、首都に向かう馬車の中、私は密かにレオさんのことを監視していた。
ちなみにこのような隠密業を行うのは生まれ初めてだ。
忠義の真偽を確かめるという名目のもと、二つ返事で了解してしまったが、本当に私に務まるのだろうか・・・
マリル様は「何事も経験ですよぉ〜」などとおっしゃっていたが、今も自分に不自然なところがないかにばかり気がいってしまっている。
私の緊張した様子に、リーズ様も先ほどから不思議そうな顔だ。
せっかく一緒の馬車なのに、ボロが出そうでお話できない・・・
監視対象であるレオさんはいったて大人しい。
膝に座り魔法で遊ぶレミア様を、実の妹を見るかのような優しい目で見守っている。
マリル様の言うとおり、我々精霊族に対する恐怖心はまったく感じない。
そして同時に、我々に対する敵対心や反抗心などといった感情も感じない。
これはどう見るべきか。
確かに言われてみれば、恐怖心を抱いていないのは少しおかしい。
何十年間も制約違反をしていないような優秀な奴隷ならいざ知らず、レオさんはまだ奴隷になって半月も経っていないのだ。
制約確認で味わった、トラウマになるほどの激痛を忘れられるわけがない。
だが制約がかかっていないのだとすれば、レオさんのこの平穏な態度は何だ。
亜種というのは、言葉を持たず文明を持たず同種以外何も生み出さず、矮小な頭の全てをその生まれ持った嗜虐心と、精霊族を狩る狡猾さに使っているような、奴隷以外に何の使い道もない獣以下の害獣だ。
レオさんに制約がかかっていないなどありえない。
制約なしに亜種がこれほど服従するはずがない。
反抗心も敵対心も持たず、ローズ家の皆様ともこれほど身近に接している現状を見ると、制約のもとしっかりと躾られた奴隷にしか見えない。
そう考え、私はひとまず心を落ち着ける。
制約がかかっていないのなら一大事だが、今はそれほど警戒する必要はないのかもしれない。
レオさんの様子を見ても、今すぐ何か起こるようなことはないだろう。
・・・それにしても、レミア様の魔法の技術は素晴らしいな。
あの数の水の人形を同時に、そして精密に動かしている。
かなりの集中力が必要なはずだが、表情も明るく楽しげだ。
エルフ種には優秀な魔術師が多いと聞くが、レミア様も将来はきっと一角の魔術師になることだろう。
レミア様の動かす剣士風の水人形が、剣をぐるっと振り回し、取り囲む亜種を模した水人形を一掃する。
「やった!たおしたよ!」
「おー!やるなレミア!
じゃあ次はこんなのはどうだ?」
「あはは!おっきいのが出てきた!」
・・・ん?
今まるで、レオさんも水人形を出しているかのような口ぶりではなかったか?
いや、そんなはずはない。
先ほども言ったが、レオさんは奴隷になってまだ半月も経っていないのだ。
そんな短期間でこれほど流暢に言葉を話せることも驚きだが、その上魔法まで使えるなんてまさかあるわけが・・・
そんな私の思考をよそに、レオさんは空中に浮かぶ水人形に手をかざし魔力を送る。
え・・・
そして大きめの水人形の周りに、何体もの小さな水人形が生まれる。
えぇぇ・・・
とそこで、私の視線に気が付いたのか、レオさんが不思議そうにこちら見た。
す、少し露骨に見すぎてしまったか・・・
「・・・レオさん、その魔法はあなたが出しているのですか?」
「え?ああ、そうだけど。」
「こらレオ、敬語を使いなさい。」
「いえ、大丈夫ですよ。
それにしてもーーー」
私は平静を装い、お二方と話を続ける。
しかし、頭の中は目の前の事実でいっぱいだった。
魔法を出しているのはレミア様とレオさんの二人?
ありえない。
魔力は反発し合うもの。
あんな至近距離で魔力を出し合えば、お互い思うように魔力を動かせず、まともに無詠唱魔法など使えないはずだ。
しかし、目の前の二人はまるで当然のように魔法でのやりとりをしている。
やってることは子供の遊びのようだが、その内容はもはや曲芸だ。
こ、これはマリル様に報告しなければ・・・
翌朝、リーズ様に中庭に連れてこられたレミア様とレオさんを、植え込みの茂みに隠れて監視する。
馬車の中での出来事を伝えると、マリル様も私と同じように驚かれていた。
しかし、レオさんの制約についての見解は異なった。
レオさんの様子から制約は問題なく付いているのではないか、という私の考えを伝えても、マリル様はやはりなにかひっかかっているようだった。
マリル様の直感はよく当たる。
犬種の直感は他の種族より優れていると聞くが、その中でもマリル様の感覚は特別だ。
あれほど広いコリー家の領地が、他のどこの領地より亜種被害が少ないのも、マリル様の感覚のなせる技だろう。
それにしても今日は暑いな。
監視対象の二人も日陰のベンチで気が抜けたように座っている。
・・・レミア様はいいが、レオさんは少しだらしがないのではないだろうか?
幼いとはいえ、忠誠を誓った主の前だ。
あれでは主に対する敬意が足りないと言わざるをえないぞ。
うぅ、それとなく注意しに行きたい。
とそのとき、レオさんが何かに気付いたように立ち上る。
向かった先には、二人の少女がいた。
あれはヴラム家とセラス家の御子女か?
たしか名前はルナ様と、フブキ様だったか。
なぜこんなところに?
植え込みので様子をうかがっていると、レミア様はレオさんを残し一人どこかに走り去っていく。
一方、レオさんは座り込むフブキ様の前に屈み、ごそごそと何かやっていた。
・・・ここからではよく見えないな。
主であるレミア様もいない今、万が一のことがあってはいけない。
もう少し近づいてーーー
そのとき、レオさんがフブキ様に向かって腕を突き出す。
そして次の瞬間、フブキ様は氷で覆われてしまった。
なっ!氷漬けにしただと!?
本性を現したか!!
今すぐ取り押さえてーーー
いや、それより今は一刻も早くフブキ様を救出せねば!
間に合ってくれ!
私は隠れていた植え込みから飛び出る。
すると、氷漬けにされたはずのフブキ様と目が合った。
・・・あれ?
あれは・・・氷のドーム?
レオさんの背中で見えなかっただけ?
再び茂みの中にゆくっりとしゃがみ込む。
・・・ふー、あぶなかったな!
危うく、監視がバレてしまうところだったな!
フブキ様は・・・意識がはっきりしていなかったようだし、きっと問題ないはずだ!
しかし、気になるのは先ほどのレオさんの様子。
一歩間違えれば相手の体も一緒に凍らしかねないのに、魔法を出すことに何のためらいもなかった。
魔法の腕に自信があり、相手を傷つける意志がないから、魔法も恐れることなく使えるということだろうか。
それともやはり制約がかかってないのか・・・
やがてレミア様が戻ってくる。
コップを取りに行っていたようだ。
・・・コップを取りに行っていた?
普通逆ではないか?
しばらくしてフブキ様の意識がはっきりすると、四人はどこかへと移動する。
後を付いていくと、レミア様はレオさんに何かを言いつけた後、ルナ様、フブキ様と一緒に自身の部屋にお戻りになった。
おそらくこれから御子女三人で遊ぶのだろう。
そうなると、奴隷のレオさんがすぐ傍にいることに抵抗のある方もいるかもしれない。
それで部屋の前に待機させたというわけか。
自然な行動だな。
部屋の中を監視する必要はあるまい。
私の仕事はレオさんの監視だ。
部屋の前での待機を命じられたレオさんが、命令違反を起こさないか見張っていよう。
レオさんはレミア様の部屋の前、ふてくされたように体育座りをしている。
主人と遊べなくて退屈しているのだろうか。
少しかわいそうだ。
などと考えていると、急に扉の前に座っていたレオさんが目を輝かせ立ち上がった。
そして、
「へへへっ!どこにいったー!
見つけて食べちゃうぞー!」
と言いながら部屋の中へと入って行く。
た、喰べるだと!?
今度こそ本性をあらわしたか!!
中にいるレミア様が危ない!
今すぐ止めに入らねば!
いや待て!
誓約がかかっていない場合、あの発言が本心でない可能性もある。
どうする?
迷ってる時間はない。
気付かれず室内を監視できて、止めにもすぐに入れる場所は・・・裏の窓だ!
私は全速力で駆けだした。
部屋の裏に回り、窓から部屋をのぞき込む。
すると中では、今まさにレオさんがベットのシーツをめくり、隠れていたレミア様に襲いかかるところだった。
くっ!悠長に「バレずに監視」などと言っている場合では無かったか!!
しかたない、窓を蹴り破ってーーー
とそこで、隠れていたのが見つかったレミア様が、楽しげな表情でレオさんに抱きつく。
レオさんもレミア様を優しく抱きしめ返し、そのまま彼女を背中におぶった。
まるで家族のように親しげに触れ合う二人。
「・・・・・」
窓を蹴り破ろうと足を上げた体勢で固まり、そんな光景に見入っていると、じっとこちらに向けられた視線に気が付く。
目と目が合った。
フブキ様だった。
カーテンの裏に隠れていたフブキ様が、部屋の窓にへばりつく私をじっと見つめていた。
「・・・し、失礼しました、フブキ様。
私のことは、その・・・どうかお忘れください。」
背筋を正し小声でそう告げた後、私は早足でそこから立ち去った。
・・・私にこの仕事は無理だ。
自分がこんなに隠密が下手だとは思わなかった。
今度からは、申し訳ないがこういった類いの仕事は断らせていただこう・・・
しかし、収穫はあった。
レオさんには、「嘘をつくと痛みが走る」の制約はかかっていない。
部屋に入る際の発言とはうらはらに、レオさんにはレミア様方を襲う意志はまったくなかった。
存在しない意志を騙ったのだ。
これは言い逃れのできない事実だ。
「ーーーというのが、今日の監視でわかったことです、マリル様。」
夜、マリル様への報告を行う。
レオさんの作った氷菓子を見てお腹が鳴ったり、空中に出現した輝く万華鏡のような魔法に目を奪われて見つかりそうになったりもしたが、それは秘密である。
「そうですかぁ〜。
それだとやっぱりぃ〜、制約はまったくついていないのかもしれませんねぇ〜。」
「・・・どうしてそうなるのですか?
嘘に関する制約は魔法協会の制約確認では確認されません。
レオさんに言葉を覚えさせることを初めから考えていたとすれば、何かに利用するため、あえてこの制約だけかけなかったことも考えられます。」
「ふふふ〜、本当にそう思いますかぁ〜?」
「・・・いえ、アニエス様はそのようなことをする方ではありません。」
「その通りですぅ〜。
家族とはいえ、他人の奴隷ならなおさらですぅ〜。
だからやっぱりぃ、何かの手違いで、とかでしょうねぇ〜。
となるとぉ、嘘に関する制約だけっていうのもぉ、考えにくいですしねぇ~。」
「なるほど・・・」
やはりマリル様の直感は正しかったのか。
「わかりました・・・
しかしそれでは、レオさんのあの精霊族に対する態度も気になります。
制約がかかっていないにしては、少々穏やかすぎるのでは?」
「う〜ん、それがわからないんですよねぇ〜。
どうしてでしょうかねぇ〜?
アニエスの素敵さに影響されてとかですかねぇ〜?」
「そ、それはどうでしょうか・・・?」
「そうでなければぁ、やっぱりアニエスが言っていたとおりぃ、レオさんが特別だからなんでしょうねぇ〜。」
「特別、ですか・・・」
確かに、レオさんと話していると、相手が奴隷であることを忘れることがある。
それほどレオさんの存在は我々に近い。
しかしそれなら、精霊族と同じほどの知能を持つのなら、はたして奴隷であることに耐えられるものなのだろうか。
たとえ今敵対心が無くとも、奴隷として扱われ、今後も精霊族を恨まずにいられるものなのだろうか・・・
「ふふふ〜、心配している顔ですねぇ~。
でもきっと大丈夫ですよぉ〜。
制約がかかっていなくともぉ、私の屋敷でのレオさん言葉にぃ、嘘はありませんでしたぁ〜。
それにぃ、レオさんがいるのはぁ、あのローズ家なんですよぉ〜。
あんな優しい家族に囲まれていればぁ、レオさんだってきっとぉ、優しいままでいられますよぉ〜。」
「・・・そうですね。」
マリル様と共に、星の輝く夜空を見上げる。
レミア様とレオさんが幸せそうに抱き合う姿を思い出しなが、私はローズ家の変わらぬ幸せを願った。




