41.舞踏会③
セラス家の姉妹と踊った後、徐々にだが他の貴族もアニエスのところにやってくるようになった。
といっても、社交辞令だけ述べ踊らずにすぐ去る人や、俺が存在しないかのように振る舞う人も多い。
俺の存在に対する反感はやはり強いのだろう。
だがその反面、アニエス、レミアと踊った人は、皆なぜか幸せそうな表情だ。
正確には、アニエスと踊った人はうっとりとした恍惚の顔になり、レミアと踊った人は慈愛に満ちた優しい顔になって帰ってくる。
でもなんとなくわかるな。
アニエスもレミアも、二人ともすごく楽しそうに踊るし。
きっと二人が相手だと、一緒に踊る方も自然と楽しい気持ちになるのだろう。
俺もレミアと踊るときはきっとあんな顔なんだろうなぁ。
・・・いや違うな。
俺の方がもっとデレデレしてる。
レミアへのデレデレ具合なら誰にも負けない。
やがて、リーズも踊りから帰ってくる。
「ただいま姉さん。
ちゃんと人は来てたみたいね。
そろそろ姉さんも踊り返しに行ってもいいじゃない?」
「そうね、じゃあ、行ってこようかしら。
あと、リナさんとも踊りたいわ。」
「そういえば来いって言ってたわね・・・
気を付けてね、姉さん。」
「ふふふっ、大丈夫よ。」
確かにリナなら、アニエスに恥をかかせようと何か仕掛けてくるかもしれない。
ダンス中に足かけてきたりとか。
そこまで陰湿じゃないかな?
「あっそうだレミア、サイベリア家の子があなたと踊りたがってたわよ。
歳も近いし、せっかくだから挨拶してきなさい。」
「わかった!いこうレオ!」
「いえ、レオはここに置いていきなさい。
あまり会場内を連れまわすべきじゃないわ。
それにもし踊ることになったら、レオが一人になっちゃうでしょ。」
「そっか・・・
じゃあレオ、いってくるね。」
「はい、楽しんできてください。」
「うん!」
「私も途中までレミアについているわ。
レオをお願いね、リーズ。」
「ええ、わかったわ、いってらっしゃい姉さん。」
躍りに向かうアニエスとレミアを、俺とリーズは並んで見送る。
「・・・ふぅ、初めはどうなるかと思ったけど、何とかなりそうね。」
アニエスの様子を見て少し安心したか、リーズは肩の力を抜き小さく息をはく。
「はい、お疲れさまです、リーズ様。
来る人が増えたのは、リーズ様がいろんな人を躍りに誘ったからなんですよね?」
「いえ、私のおかげというより、セラス家の姉妹が来てくれたからでしょうね。
皆いつ行こうか伺ってたみたいだから。
私は少し催促しに行っただけよ。」
「そうなんですか。
でもよかったです。
この前一緒に遊んだフブキ様が、踊りに誘うのを提案してくれたみたいですよ。」
「そうみたいね。
でも驚いたわ、あの子、あんなに仲良くなってたのね。
というより、なんであなたまで仲がいいのよ。
妹の方とは、その、だ、抱き合ってたみたいだし・・・」
「え!い、いや、それは・・・」
リーズの非難するようなジト目に思わずどもる。
「ま、まあ、熱中症にかかっていたのを治してあげたから、たぶんそれで俺も気に入ってもらえたんだと思います。」
「なによ、熱中症って?」
「うーん・・・慣れない暑さで倒れること、ですかね?
でもよく考えてみれば、治癒魔法が使える人を呼べば、俺が何かせずとも簡単に治せたんですよね。」
「その症状だと、治癒魔法は使えないわよ。」
「えっ、そうなんですか?」
肉がえぐられたような大怪我も一発で治せるのに、熱中症は治せないの?なぜ?
「前に奴隷化魔法の説明をしたとき、魔力は反発し合うって話したのを覚えてる?
体の中にはどこにでも魔力が存在してるから、他人の体の中に魔力は送り込めないの。
だから他人の体の中で魔法を起こすことはできないし、本人以外が魔法で病気を治すことも普通はできないのよ。」
病気を治すには、自分で自分に魔法をかける、魔力を使い切らせてから他人が魔法をかける、薬を使うなどの方法があり、その中で一番一般的なのは投薬治療なのらしい。
自分で魔法を使い治す場合、患部により使う魔法が異なるため、骨折などの分かりやすいもの以外は、専門的な知識を持つ人にどんな魔法を使うか見てもらう必要があるのだそうだ。
患者に魔力を使い切らせれば、他人が魔法で病気を治すこともできないことはないらしい。
だが、魔力が減るほど意識が朦朧するため、完全に魔力を使いきるということは難しく、また魔力を使いきり衰弱することで病状が進行してしまい死に至ることもあるので、それは最後の手段なのだとか。
やはり魔法も万能ではないようだ。
「なんにせよ、お手柄ね。
よくやったわ、レオ。
他には何かあった?」
そう聞かれ、俺は事の顛末を簡単に説明する。
レミアが既に話している、かくれんぼやかき氷やダイヤモンドダストの部分は軽く流した。
ダイヤモンドダストは「キラキラした魔法!」としか言ってなかったけど、まあ別にいいかな。
もちろん俺の目にはレミアの方がキラキラして見えてました。
「・・・魔力をわけてもらった?
それって吸血種の魔力譲渡の能力こと!?」
俺の話を聞き、驚いた表情でリーズが尋ねる。
「はい、たぶんそれです。
といっても、奴隷化魔法みたいに魔力の上限を分けるんじゃなくて、使った魔力を回復させる能力みたいですけど。」
「それは知ってるわよ。
そのこと、姉さんには言ったの?」
「はい、さっき言いましたよ。
『ふふふっ、よかったわね。』って言ってました。」
「そうよね、姉さんはそうとしか言わないわよね・・・
いいレオ、そのこと、もう誰にも言っちゃだめよ。
魔力譲渡は吸血種にとって最上級の褒賞で、親愛の証なの。
ヴラム家は魔力主義なのに、奴隷に魔力譲渡をしたなんて知れたら、その子、怒られるなんてものじゃすまないはずよ。」
え、そんな上等なものだったのか。
それならルナが「褒美」だって言ってたのもうなずけるな。
「聞いておいてよかったわ・・・
後でレミアにも口止めしなきゃいけないわね。」
リーズはそう言い、ホールの中央へと視線を向ける。
視線の先を見ると、ちょうどレミアが少し年上の少女の手を引いて、ダンスホールの中央へと出ていくところだった。
レミアのニコニコ顔に、相手をしている猫耳貴族もなんだか嬉しそうな表情だ。
近くにはアニエスもいた。
躍りの相手はリナだ。
リナは相変わらずの仏頂面である。
アニエスの聖母のような穏やかな表情とは対照的だ。
「・・・楽しそうね、レミア。」
リーズがぽつりとそう呟く。
「そうですね。
リーズ様は楽しんでいますか?」
「別に、私には息苦しいだけよ。
レミアくらい無邪気に踊りを楽しめればいいのでしょうけどね。
私は色々邪推しちゃってダメだわ。」
そういえばリーズはここに来る前も、「あんなのは肩がこるだけ」とか言ってたしな。
きっと性格上、色々なことに気が回り過ぎちゃうんだろうな。
苦労人だな。
まあ、今回の苦労の原因は俺なんだけどね・・・
「姉さんたちが帰ってくるまで外にいましょう、レオ。
ちょっと風に当たりたいわ。」
「あ、はい、かしこまりました、リーズ様。」
ダンスホールの横にあるガラス戸から城の庭へ出る。
庭に出ると、オーケストラの演奏と貴族の話し声は少しだけ遠くなり、代わりに草木の揺れる音や、庭の噴水の水の跳ねる音が小さく聞こえてきた。
ガラス戸一つ隔てただけで、随分と雰囲気が違う。
俺とリーズは室中から見えない位置へと移動した。
「はい、あなたの分。」
リーズは持ってきていたグラスの一つを俺に渡す。
「え、これ飲んでいいんですか?」
「ええ、人目のある所じゃ飲めないでしょ。
今のうちに喉を潤しておきなさい。」
「ありがとうございます、リーズ様。」
「それと、ここなら普通に話してもいいわ。」
「あ、ああ、わかった、そうするよ。」
・・・なんかだかリーズが優しいな。
リーズ自身も、他の貴族との慣れない社交の後で疲れてるはずなのに。
それともこの後、俺に何か無茶ぶりでもするつもりなのだろうか?
狂おしいほど情熱的に抱きしめてとか言われるんだろうか?
「・・・それよりあなた大丈夫?」
「ん?大丈夫って何が?」
頭大丈夫かってこと?
頭は大丈夫だけど?
常にレミアのこと考えてるけど?
「・・・他の貴族の連中、あからさまにあなたの方見て陰口してるから、まいってないかと思って。」
「はははっ、大丈夫だよ。
貴族議会のときも同じような感じだったしな。
それにせっかく連れてきてもらったんだ、できるだけ楽しもうとは思ってる。
実際、見たこともないものばかりだし、眺めてるだけでも楽しいよ。」
若い女性の艶やかなドレス姿も見放題だしね!
視線は氷のように冷たいけど。
まだこの視線で興奮できるような性癖はないです。
「そう、案外図太いのね。」
リーズはそれだけ言うと、グラスに口を付けそっぽを向く。
「ありがとう、リーズは優しいな。」
「・・・バカ、そんなんじゃないわ。」
リーズはこちらに顔を向けないが、少しだけ耳が赤く染まっていた。
そのとき、
ガチャ
と扉の開く音がする。
そして、
「レオ!!!」
「ぐはっ!」
振り向く間もなく、唐突な腰へのタックルをくらった。
何ごとかと下を見る。
俺の腰には、小さな銀髪の少女がしがみ付いていた。




