40.舞踏会②
「それでは皆様お待たせいたしました、ただいまより舞踏会を開催いたします!」
レミアと一緒にコリー家の一族に挨拶していると、品格はあるがどこか可愛らしい女性の声が会場に響く。
会場の奥のオーケストラの前、貴族議会でも議長をしていた妖精のフェリルがふわふわと飛んでいた。
ちっちゃいから見つけるのに苦労したけど。
フェリルはオーケストラの間を飛び回りながら、演奏、指揮者、演目等の説明を行う。
「では、皆様今宵はどうぞ心ゆくまで社交とダンスをお楽しみ下さい。」
そして全ての説明を終えると、フェリルはふよふよ~と奥へと飛んでいってしまった。
「行きましょうかぁ~、アニエスぅ~。」
「ええ、よろしくね、マリル。」
「あれ、これだけしか踊らないんですか?」
オーケストラの前、広く取られた踊るためのスペースには、アニエスとマリルのペアを含めた四組しかいない。
他大勢の貴族は立ち上がり遠くから眺めているだけだ。
「一番最初は四家の第一貴族、四大貴族の領主たちと、選ばれたパートナーだけが踊るの。
まあ慣習みたいなものね。
他の人が踊るのはこの後からよ。」
リーズによると、初めに踊る第一貴族のパートナーとして選ばれるのは、各地域で二番目に領地が多い家の当主が普通で、アニエスが踊るのもローズ家が西方領では二番目に大きい家だかららしい。(西方領の各貴族の領地数は、コリー領が11、ローズ領が8、他三家が全て5なのだとか)
指揮者がタクトを振り、オーケストラの演奏とダンスが始まる。
アニエスのダンスは遠目からでもわかるほど、飛び抜けて美しかった。
俺の足の運びと背筋だけを意識した素人の踊りではない、優雅で上品で何より心から楽しんでいるのがわかる、そんな踊りだった。
見てるこっちまで幸せになってくるようだ。
一緒に踊るマリルも、アニエスの顔を見ながらうっとりしてる。
至福の表情である。
「あっ、よく見るとリナさんも踊ってますね。
あの人も第一貴族なんですか?」
隣にいるリーズに小声で尋ねる。
「いいえ、北方領の第一貴族は一緒に踊ってるドラーク領の人よ。
今回も来てるのは領主代理みたいだけど。」
リナのダンスの相手を見る。
貴族議会でも見た、暗い緑色の短髪の頭に湾曲した太い角の生えた軍服女性だ。
背中には皮ばった翼も生え、長い服の裾からは鱗の付いた尻尾も覗いていた。
髪型や格好のせいで、一歩間違えればイケメンの青年将校にも見える。
お前と俺の十七条憲法聞きたいか?とか言いそう。
「領主代理?」
「そうよ。
本当の領主はもう五十年くらい貴族議会に出てないんじゃない?」
「・・・いいんですか、それ?」
「よくないわよ。
代理投票はできるけど、そういう問題じゃないわ。
領地も減ったり増えたりで不安定だし、正直一番なに考えてるかわからない領主ね。」
ドラーク領は全国で一番領地が多く、その領地数は14。
精霊族の生存圏の境界に位置する、亜種の進入が激しい領地で、竜種は長命で身体能力も高い種族とのこと。
口から火を吐いたりはしないらしい。
聞いたらちょっと怒られた。
東方領の第一貴族は、褐色の肌に髪は黒に近い灰色、額の少し上辺りに肌と同じ色の尖った角の生えた、大柄な鬼種の女性。
鬼種は魔力は少ないが身体能力は飛び抜けて高い種族で、亜種討伐のための傭兵家業にも多くいるらしい。
南方領の第一貴族は、半透明のベールをかぶった、髪の長い花種の女性。
花種はその多くが森の中に住む動植物に精通した種族で、医療薬・毒薬の販売でも大きな利益を上げているのだという。
ベールのせいで顔ははっきりとは見えないが、立ち振る舞いを見る限り穏やかで優しそうな人だ。
どちらも長く領主を務めている人なのだという。
やがて最初の三曲を踊り終わり、拍手の中アニエスが帰ってくる。
「お帰りアニエス様、すごく素敵な踊りでした。」
「ふふふっ、そうかしら。
なんだかレオに褒めてもらえると嬉しいわ。」
そう言い、アニエスは周りから見えない位置で俺の手を握り指を絡めてくる。
・・・最近アニエスからのさり気ないボディータッチが増えたのは気のせい?
「た、確かこの後は好きに踊れるんでしたよね、リーズ様?」
動揺をごまかすようにリーズへと話を振る。
「領主以外はね。」
「え、領主はダメなんですか?」
主役みたいなものなのに?
「領主は動かないで他の貴族の誘いを待って、その後、誘われた相手の家の領主を踊りに誘い返すの。
だからを家族を連れてきてる場合は、自分が踊りたい相手のところに踊りに行かせるのよ。
正式な決まりじゃないし、絶対ではないけどね。」
「えっと・・・じゃあ例えばマリルと踊りたかったら、自分の家族に一度マリルと踊ってもらうか、マリルの家族からダンスに誘われなきゃいけないってことですか?」
「そういうことよ。」
「・・・面倒くさいですね。」
「そうよ、面倒くさいの。」
一方的に誘ったり誘わせたりせず、お互いの家の面子を保つための決まりなのだろう。
リナが言った「アニエスが直接踊りに誘いに来るように」という言葉も、きっとこれに関係してのことだ。
でもそこまで面子を気にするものなのかねぇ。
日ごろのアニエスやマリルを見てると、あまりそういう感覚は無いように見えるけど。
「だから姉さん、もし踊りたい相手がいるならちゃんと言ってね。
私が先に踊りに行くから。
一人のときみたいに好き勝手踊りに行っちゃだめよ。」
「ふふふっ、わかったわ、ありがとうリーズ。」
アニエスは微笑みながら、少し張り切っている様子のリーズの頭を優しく撫でる。
「も、もう、レミアじゃないんだからやめてよ、こんなところで。」
あっ、払われた。
・・・なんか俺が撫でるときより払い方が優しいな。
ちょっとうらやましい。
うらやましいので俺もレミアの頭を撫でる。
レミアは俺を見上げ一瞬ぽかんとした顔をするが、すぐにニヘーとだらしなく笑った。
かわいい。
・・・それにしても、誰も踊りに誘いに来ないな。
他の貴族たちはとっくに相手を見つけて踊ったり、楽し気に談笑しているのに、俺たちの周りにはバリアでも張ってあるかのように誰もいない。
皆遠巻きに俺たち、というか俺を眺めるだけだ。
不思議そうにこちらを見たり、あからさまに眉を顰めたり、俺を見て笑う人もいる。
「・・・このまま待ってても仕方ないわね。
姉さん、私も踊りに行ってくるわ。
誰か踊ってきてほしい人はいる?」
「いいえ、リーズの好きなようにしていいわ。」
「・・・わかったわ。
じゃあ、とりあえず西方領の人たちを中心に回ってくるわね。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
リーズは社交用の笑顔を作ると、他の貴族たちのもとへと向かった。
思っていた以上に、俺の存在に対する他の貴族の困惑や反感は大きいみたいだ。
未だに声を掛けられないのは、戸惑っているからなのか、周りの様子を見ているのか、それとも非常識な人だと見限られたのか・・・
なんにせよ、ローズ家にとってプラスとなるようなことは一つとしてないだろう。
いつも最初に声を上げ突っかかってくるリナが黙っているせいか、まだ直接何か言われたりはしていないが、どう考えても良くない雰囲気だ。
俺から何かアクションを起こした方がいいか?
いや、でもそれこそ墓穴を掘りかねない。
奴隷自体に嫌悪感がある人もいるみたいだし、無暗に動いても反感を買うだけかも。
でもこのままってわけにも・・・
「・・・レオ」
一人考え込んでいると、不意に横から声を掛けられる。
見ると、華やかな水色の花の刺繍の施された着物姿のフブキが、恥ずかしそうに小さく微笑みながら俺を見上げていた。
隣には同じく美しい着物に身を包んだ色白の女性も立っている。
フブキと同じサラサラの黒髪に、雪の結晶をかたどった髪留をつけている。
いつも伏し目がちなフブキとは違い、ピンッと胸を張った聡明そうな顔つきの女性だ。
「お久しぶりです、アニエス様。」
「あら、クリスタさん、こんばんは。
今日はフブキちゃんも一緒なのね。
こんばんは、フブキちゃん。」
「こんばんは・・・アニエス様。」
二人と挨拶すると、アニエスはレミアの方を向き自己紹介をするよう促す。
「はじめまして!
わたしはレミア・ローズです!
よろしくお願いします!」
「はい、初めまして、レミアさん。
私はセラス家長女のクリスタ・セラスです。
妹から聞きました、どうやら危ないところを助けていただいたようで。
誠にありがとうございます。」
「あら、そうなの?」
アニエスがレミアを見る。
あれ、言ってなかったけ?
そういえばレミアが姉二人に話していたのも、四人で楽しく遊んだ部分が中心だったしな。
詳しくは伝えてなかったかも。
「ううん、たすけたのはレオだよ。」
レミアが不思議そうな顔でクリスタの言葉を訂正する。
「レミアさんが奴隷を使い、助けてくださったのですよね・・・?」
「そう!レオが魔法で助けたの!」
うーん話がかみ合ってるような合ってないような。
まあ俺からは何も言わないけどね。
「ま、まあ、そういうわけで、改めてレミアさんとアニエス様にお礼を、そしてもしよろしければ是非ダンスのお相手をさせていただけないかと思い、参りました。
妹もレミアさんと踊れる機会をずっと楽しみにしていたようです。
よろしければ、わたくしどもと踊っていただけませんか?」
「そうなの?」
「・・・うん。
・・・レミアちゃん、一緒に踊ってくれる?」
「うん!やった!」
「ふふふっ、よかったわね、レミア。
もちろん私の方も喜んでお相手させていただきますね。
あっ、でもこの子、レオを一人にはできないの。
クリスタさん、申し訳ないけど、レミアとフブキちゃんが踊り終わるまで待ってもらえるかしら?」
「はい、かまいません。」
「ありがとう。
それじゃあレミア、行ってらっしゃい。」
「うん!
行こう、フブキちゃん!」
「・・・うん」
「それにしても、こちらが『一歩も動かず一瞬でオウガを倒した』と噂のレミア様の奴隷ですか。
もっと屈強な奴隷を想像していましたが、ずいぶんと、その、大人しい奴隷ですね。」
二人を見送った後、クリスタが俺を見てそう言う。
ていうか噂だとそんなことになってるのか俺。
間違ってないけど、それだけ聞くとすっごい強い人みたいに思えちゃうね。
・・・ん?じゃあクリスタのこのリアクションは、「思ってたよりひょろい」みたいなことを言ってるのか?
そ、そんなことねぇし!
着痩せするタイプなだけだし!
「ふふふっ、そうなの、とっても優しい子なのよ。
レオ、挨拶して。」
「はい、アニエス様。
ローズ家の奴隷になりました、レオです。
どうぞよろしくお願いします。」
左手を腹に、右手を背中に回し、執事風に恭しく礼をする。
「口調はまだいいけど、一々ペコペコと頭を下げるのはみっともないからやめなさい」とのことで、この挨拶の仕方はここに来る直前リーズに教えられた。
「こんなことならもっと色々教えとくんだったわ」とも愚痴られたな。
帰ったらまた俺の参加する授業が増えそうだ。
「ええ、よろしく。
それにしても素晴らしいですね、奴隷にして一年も経たないのに、これほど躾けてあるとは。
専門の調教師をお雇いになっているのですか?」
「ふふふっ、いいえ、この子を教えてるのはリーズなの。」
「リーズさんが!
リーズさんは剣技の才だけでなく、こういった方面にも才能がおありなのですね。
今回の舞踏会にはいらっしゃっているのですか?」
「ええ、でもごめんなさい、今別のところに踊りに行ってるのよ。
もう少し待ってれば戻ってくると思うのだけど・・・」
「いえいえ、お気になさらず。
この後、私の方からお訪ねしようと思います。
ところで、これほどの奴隷を手に入れたのですから、やはり新しい結界の設置なども既に計画なされているのですか?」
「ふふふっ、今のところ領地を増やすことは考えてないわ。
あまり危ないこともして欲しくないから。」
「なるほど、それだけ大事にされているということですね、納得です。」
その後は、亜種や領地についての政治的な話に移ってしまったので、俺はアニエスの後ろで、大人たちと交じって踊るレミアとフブキを遠くから眺めていた。
天使だったのは言うまでもない。
やがて踊りを終え、レミアとフブキが戻ってくる。
アニエスとクリスタも、二人と入れ替わりで会場の中心へと踊りに行った。
「楽しかったですか、レミア様?」
帰って来てからもずっとフブキと手を繋ぎニコニコしているレミアに尋ねる。
「うん!たのしかった!
フブキちゃんとおどれてうれしい!!」
レミアはフブキの手を握り満面の笑みで言う。
「・・・私も、嬉しい。
・・・一番に、レミアちゃんと・・・踊りたかったから。」
フブキも少し照れながらレミアの手を握り返した。
でも、よくこんな雰囲気の中、踊りに誘いに来れたな。
リーズの話だと、セラス家とは今まであまり縁がなかったらしいけど。
「・・・・もしかして、フブキ様がクリスタ様を連れてきてくれたんですか?」
「・・・うん。
・・・ずっとレミアちゃんと、レオと・・・話したかったから。
・・・ルナちゃんも、事情があって踊れないから・・・代わりに踊ってきてって。」
嬉しいな、こんな状況でも見放さず、気にかけてくれるなんて。
やっぱり二人は優しい子だ。
レミアがフブキとルナ、二人と友達になれてよかった。
「ありがとう、フブキ様。」
俺はお礼を言い、フブキの頭を撫でようと手を伸ばす。
・・・あっ!いや待て!
俺が彼女の頭を撫でるのは許されることなのだろうか?
ローズ家の屋敷や、他に誰もいない中庭ならまだしも、ここは他大勢の貴族の目がある場所。
その上彼女は、どんな主義を持っているかもわからない、よそ様の家の子だ。
普通の貴族は面子を気にするものらしいし、奴隷である俺が貴族の彼女の頭を撫でたら、領主である彼女の母親や撫でるのを見ていた他の貴族たちは屈辱だと感じるんじゃないだろうか?
それどころか俺の方から手を伸ばせば、攻撃しようとしているなんて勘違いされる可能性すらある。
うーん、でもこの感謝をどうにかして伝えたい・・・
いやまあ、撫でて伝わるかといえば、それもまた微妙なんだけど。
そんなことを一人悩んでいると、近くのテーブルを見てあるアイディアが浮かぶ。
そうだ、あれなら!
俺はテーブルの上にある水の入ったグラスを手に取った。
そしてそれを両手で包むようにして持ち魔力を注ぎ、目を瞑り集中しながら魔法をかける。
「何してるのレオ?」
レミアが不思議そうに俺を見上げる。
思ったより時間かかるな。
だけどこれで・・・よし!
「どうぞフブキ様、ローズ家とセラス家の友好の証です。」
俺は片膝をつき、フブキにグラスを手渡す。
グラスの中には、氷でできた一輪のバラが浮かんでいた。
魔法で作った氷のバラだ。
まあこれだけ複雑だと一気には無理だから、花びらを一枚一枚くっつけるようにして作ったけど、そこそこ上手くできたんじゃないかな。
「・・・・・」
しかし、フブキからのリアクションはない。
俺の作ったバラを見て固まってる。
あれ、気に入らなかったか・・・?
「・・・レオ!」
と思ったら、フブキはいきなり俺の首に手を回し抱きつく。
「・・・レオ、・・・好き。
・・・レオの魔法も好き。
・・・母様のと同じくらい、綺麗。」
幼女から告白されちゃったぜ!
・・・いや、ふざけてる場合じゃないね。
周りの貴族が皆驚いた顔でこちらを見ていた。
というより絶句していた。
オーケストラの演奏がなければ、会場はここだけ静まり返っていただろう。
「ふ、フブキ様、他の方々が見ていますよ。」
「あっ・・・」
俺の言葉で我に返ったのか、フブキは慌てて離れると、恥ずかしそうに顔を赤くしうつむく。
俺は跪いたまま、そんなフブキの頭を優しく撫でた。
フブキも気持ちよさそうにしながら柔らかく微笑む。
・・・思い返せば、奴隷は精霊族に攻撃しようとすると、激痛に襲われる制約がかかってるんだ。
それが発動しない時点で俺に敵意がないことはわかるだろう。
なによりフブキ自身は俺に撫でられて嫌な顔はしていなかった。
彼女の喜ぶことをするのに躊躇する必要はあるまい。
その後はレミアにも同じものを作ってやり、三人でそれを見ながら楽しんでいると、アニエスとクリスタが踊りから戻ってきた。
クリスタは俺の作ったバラを見てたいそう驚き、レミアに丁寧にお礼を言った後、フブキと一緒に元いた場所に帰った。
フブキは去り際もずっとバラの入ったグラスを大切そうに持っていた。




