39.舞踏会①
細かな刺繍の施された長い赤絨毯の道を歩き、舞踏会の会場となる城のダンスホール、その前の広い廊下へとやってくる。
開かれた扉から見えるダンスホールの中には、既に多くの人々が集まり、ホールの奥にはダンス音楽のためのオーケストラが待機しているのも見える。
ダンスホールの前の廊下でも、様々な種族の人たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。
議会の時と同じように着ている衣装も皆様々だ。
西洋風のドレスの人が多いが、おそらくそれぞれの地方の礼服を着て来ているのだろう。
そんな廊下を、俺はレミアと手を繋ぎ歩く。
他の貴族の不思議そうな顔など何処吹く風、俺と並んで歩くレミアはなんだかとっても幸せそうだ。
俺もレミアの横にいるのが恥ずかしくないよう、胸を張り背筋を伸ばし歩く。
ちょっとだけ胃が痛いけどね・・・
そして、探していた人物を見つける。
「こんばんは、リナさん。
とってもいい夜ね。」
「・・・あら、こんばんは、アニエスさん。
そうね、わたくしもつい先ほどまではそう思っていましたわ。」
不機嫌な顔で佇んでいたリナは、アニエスに話しかけられると早速嫌味を飛ばして来る。
リナの傍には、黒いドレスに身を包んだルナも立っていた。
ルナは俺とレミアに気付くと一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに何か思い出したようにうつむき、リナの後ろに隠れてしまう。
・・・どうしたんだ、何か様子が変だな?
アニエスと挨拶を交わしたリナは、次に俺の方を見て訝しげな表情を浮かべる。
「・・・それより、どうして奴隷なんて連れて歩いているのかしら。
舞踏会の前に少しでも自慢して回るおつもり?」
リナは心底不快そうな目で俺を見る。
「ふふふっ、実はね、この子、レオも舞踏会に参加させてあげたくて、今日は連れてきたの。」
「・・・何を仰ってるの?」
「それで、あなたにも協力してもらおうと思って。」
「な、何を言って・・・」
「ダメかしら?」
「だ、ダメに決まってますわ!
そ、そんなふざけたこと、協力するわけないでしょう!」
「でも、なんでも一つ、お願いを聞いてくださるのでしょう?」
「なっ!」
あっ、そう言えば、「奴隷決闘で負けた方が相手の言うことを一つ聞く」みたいな約束してたな。
ルナを見ると、初めの刺々しい敵対的な表情が、ひきつった表情へと変わっていた。
ちょっと不憫だな、自業自得だけど。
「・・・何をすればいいの。」
しばらく無言で佇んでいたリナだが、ついには観念したのか、悔しさを滲ませた声でそう言う。
「そうね、まず私たちのすることを、何も言わず見ていて欲しいの。
それと、あなたの知り合いに不満を感じている人がいるようなら、できるだけでいいから、なだめてあげてもらえるかしら?」
「・・・わかったわ。
それだけかしら?」
「あと、よければ私と踊って下さらない?」
「・・・いいですわよ。
その代わり、あなたが直接誘いに来てちょうだい。」
「ふふふっ、わかったわ。」
嬉しそうな顔と苦々しい顔、表情は対照的だが、どうやら話しはついたようだ。
「ルナちゃんもこんばんは、とっても素敵なドレスね。」
「こ、こんばんは・・・」
アニエスは少し体を屈ませ、リナの後ろに隠れるようにして立つルナにも声をかける。
「聞いたわ、うちのレミアと仲良くしてくれたのよね。
ありがとう、とっても嬉しいわ。
よかったら、舞踏会でもレミアと一緒に踊ってもらえないかしら?」
「踊ろう!ルナちゃん!」
アニエスの言葉を聞き、レミアも元気良くルナに話しかける。
しかし、ルナの表情は暗い。
何か言いたげに、すがるように姉のリナを見る。
「申し訳ありませんけど、ルナの踊る相手はもう決まっていますの。
時間があれば、ルナの方からお誘いいたしますわ。」
リナはルナの方を一切見ず、不機嫌そうな顔でそう答える。
「す、すまぬレミア・・・」
ルナは悲しそうな申し訳なさそうな表情で小さくそう呟いた。
小さいレミアと並んでダンスホールへと入る。
すると、俺の存在に気が付いた貴族たちが皆、ひそひそ何か話し始めた。
きっと、「まぁ、素敵な殿方」とか「是非うちのお婿に」とか言ってるはずだ。
いや、嘘です、すみません。
でも正直ふざけてないとやってらんないくらい、場違い感がハンパない。
働く城の使用人も含めて五十人以上の人数が会場にはいるが、そのほとんどが俺を驚きか負の感情のこもった目で見てくる。
奴隷決闘前の見下された感じとはまた違った、不快な視線だ。
・・・まあでもそれもそうか。
この世界の奴隷への認識からすると、俺は彼女たちとはまったく種類の違う生き物なんだから。
フォーマルな社交の場にペットを連れてきているようなものだ。
いや、亜種の獰猛さを考えると、人喰い虎か何かを連れてきたぐらいの感覚だろうか。
どっちにしろ非常識なことには変わりない。
前を歩くアニエスに付いて行くと、マリルとその親族が集まるところへとやってくる。
「こんばんは、マリル。」
「あっ、アニエスぅ~。
はぃ~、こんばんはですぅ~。
今回のドレスもぉ~、とぉっても似合ってますねぇ~。
素敵ですぅ~。」
アニエスが声をかけると、マリルは嬉しそうに駆け寄ってきた。
子犬みたいだな。
「あれぇ~、なんでレオさんがここにいるんですか~?」
とそこで、マリルも俺の存在に気が付く。
「どうしてもレオにも来て欲しくて、私が無理矢理連れて来ちゃったの。
ごめんなさい、マリル。
あなたには迷惑をかけるわ。」
「いいんですよぉ~。
いつでも頼ってください~。」
「ありがとう、マリル。」
アニエスのわがままを受けて、何故かマリルはすごく嬉しそうだ。
ホントにアニエスが領地くれって言えばくれそうだなこの人。
マリルはアニエスと微笑み合った後、いたずら顔で俺に近づく。
「でもぉ~、レオさんは制約がかかっていないんですからぁ、あまり無茶をしてはいけませんよぉ~。
ローズ家皆に迷惑がかかりますからねぇ~。」
「えッ!!」
冷や汗がダラダラと流れる
ま、周りに聞こえてないよな今の!
慌てて周囲を見渡すが、マリルの言葉に反応した人はいない。
近くにいたリーズにも聞こえていないようだ。
な、何かの魔法?
ていうか何でマリルが俺の制約について知ってるんだ!?
「・・・い、いつご存じに?」
「そうですねぇ~、最初はうちの庭でぇ、お散歩してるのを見たときですかねぇ~。」
コリー家の庭を散歩してる時?
何だ、何かしたっけ?
マリルに会うまではただ話しながら歩いてただけだし、その後もリーズとハウルの戦いも後ろで見ていただけだし・・・
「ほらぁ~、あのときぃ、レミアちゃんの頭をぉ、木にぶつけちゃったじゃないですかぁ~。」
あっ!そういえば確かに!
「そ、それで制約が発動しなかったから・・・」
「いぇ~、あれは故意じゃないのでぇ~、制約は発動しないんですよぉ~」
「じゃ、じゃあどうして・・・」
「でもぉ~、その後レオさん、レミアちゃんの心配はしてもぉ、自分の心配は全然してなかったじゃないですかぁ~。
普通はぁ、命令違反と攻撃に関する制約はぁ、何度も発動させてぇ、痛みを覚え込ませるんですよぉ~。」
な、なるほど・・・
「なのでぇ~、その後からぁ、レオさんのことをこっそり監視してぇ~。」
「か、監視してたの!?」
「そうですよぉ~、ハウルちゃんに頼んでしてもらいましたぁ~。
それでぇ~、なんとなく確信が得れたのでぇ、貴族議会前の夜にアニエスに聞いたらぁ、教えてくれたんですぅ~。
『ふふふっ、そうなの』ってぇ~。」
え~、「そうなの」じゃないですよ~。
「でもぉ~、監視してたハウルちゃんが拍子抜けするくらい、レオさんみんなと仲良しなんですものぉ~。
アニエスにも可愛がられてるしぃ~。」
そう言い、マリルはちょっと拗ねたような顔をする。
「ま、マリル様、このことはどうかご内密に・・・」
「もちろんですよぉ~。
私がアニエスを困らせるわけないじゃないですかぁ~。
でもぉ~、レオさんはこれからもちゃぁんと、気を付けて生活して下さいねぇ~。」
「は、はい・・・肝に銘じます・・・」
知られたら殺されるような情報なのに、家出てさっそくばれてたんだな・・・
もっと緊張感を持って過ごさねば。
苦しむ振りとか練習しといた方がいいのかな?




