36.魔法具店巡り③
手元の地図を見返す。
建物も見返す。
それを三往復くらいする。
・・・何度見ても場所は間違ってない。
暗く人気のない店の前で呆然と立ち尽くす。
え、ここがテルテおすすめの店?
無人みたいに見えるんですけど・・・
「す、すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」
一縷の望みにかけて扉をノックするが、反応は返ってこない。
本当に誰もいないのか?
窓から見える店の商品も、売り物というより山積みの鉄くずみたいに見えるし、ここはただの倉庫だとか?
いや、こんな一等地に倉庫なんて作らないよな。
それとも、もしかしてもう閉店しちゃった?
そんなことを考えながら、何の気なしに扉に手をかける。
ガチャ・・・
あれ、開いた。
鍵は掛かっていないみたいだ。
どうするべきかとアニエスを見る。
「うーんそうねぇ、気づいていないだけかもしれないし、開いているのなら入って声をかけてみましょうか。」
「・・・そうだな。
じゃあ、おじゃましまーす・・・」
恐る恐る扉を開け薄暗い店内へと入る。
すると、足を一歩踏み入れた入った瞬間、
カンッカンッカンッカン!
と耳をつんざくような金属音が店の奥から響いて来た。
なんだ!?
いきなり音が聞こえてきた!?
でも、これで人がいることははっきりしたな。
「すみませーん!」
俺は店の奥へと声をかける。
カンッカンッカンッカン!
金属音は止まない。
「すみませーーーん!!!」
カンッカンッ・・・
おっ、音が止んだ。
気づいたか?
バンッ!!
店の奥にあった扉が勢いよく開く。
「あーーー!るっせーなぁ!!
騒音ならうちじゃねーぞ!
防音魔法陣つけてるって何度言わせんだ!」
怒声と共に出てきたのは、褐色の肌に汚れたつなぎとバンダナ姿の小柄な女性だった。
「・・・って、誰だあんたら?
隣の半人前ボンボンじゃねぇな。
どっかの貴族様か?
あー、悪いがうちは一見さんお断りなんだ。
作業の邪魔だからさっさと帰んな。」
そう言い作業着の女性は店の奥に戻ろうとする。
「待って、あなたがベラロンドさんよね?
魔法協会会長のテルテさんからの紹介で来たの。
紹介状も持ってるわ。」
「・・・あのチビッ子の?」
褐色の女性はテルテからの招待状を読むと、あからさまに面相臭そうな顔をする。
「・・・話はわかった。
で、どんな魔法陣が欲しいんだ?」
単刀直入に用件だけを尋ねるベラロンド。
どんな魔方陣が欲しいかなんて言われてもな・・・
改めて店内を見返す。
こんな廃材置き場みたいな中の商品なんて・・・あれ?
そこでふと気が付く。
店の外からだとわからなかったが、鉄くずだと思っていた山積みにされた金属には、全て魔方陣が刻まれていた。
鉄板や剣や盾などといった金属に掘られた大量の魔方陣。
その上、そのどれもが先ほど見た店のものより一回りか二回りも小さく書かれている。
・・・これ全部この人が掘ったのか?
俺が雑多に置かれた金属の山に見入っていると、入ってからずっと楽しそうに店内を見回していたアニエスが、
「ふふふっ、素敵、まるで宝箱みたいなお店だわ。
ねぇベラロンドさん、あなたのおすすめの魔方陣が欲しいの。
教えてもらえる?」
と優しい親し気な笑みで、仏頂面のベラロンドに問いかける。
「お、おう・・・
まあおすすめってわけでもねぇが、最近のアタイの流行りはこれだな。」
そんなアニエスを見て毒気を抜かれたようになるベラロンド。
彼女は説明書きどころか値札も付いていないガラクタのように転がった金属の商品をあさり、その中の一つをカウンターの上へと置く。
それは何の模様も入っていない鉄製の腕輪だった。
「・・・なんだこれ?
普通の腕輪じゃないのか?」
特におかしいところは無い。
少し幅が広いくらいだろうか。
「いんや、内側を見てみな。」
内側?
腕輪を手に取り中を覗き込む。
するとそこには、極小の魔法文字がびっしりと書き込まれていた。
「これ魔法陣なの?
すごい、こんな形、見たことないわ。」
横から覗いていたリーズも驚き声を上げる。
「そりゃまあ未承認の陣だからな。」
「えっ、未承認って、この魔法陣あなたが考えたの!?」
「いやいや、考えたのはあのチビッ子会長だ。
大抵の魔法陣を彫り終わって暇してたときに、何か面白い魔法陣はねぇかってあいつに聞いたら、『まだ研究途中ですけど』つって教えてくれたんだ。」
「そういえば、『変わった形の魔方陣も開発中です』なんて言っていた気がするわ。」
アニエスも思い当たる節があるようだ。
「なるほどね・・・
でもこんな形の魔法陣が本当に発動するの?」
「そう、問題はそこだったんだ。
理論状は発動するらしいんだが、こういう風な筒状にすると紙の魔法陣じゃどうしても文字が歪んじまうからな。
発動できる魔法陣を描ける奴がいなくて、魔法陣発明の承認が取れなかったんだとか。」
そこでベラロンドは得意げな笑みを浮かべる。
「けどな、それは紙の魔法陣の話だ。
インクで書いたもんと違って、彫った魔法文字は彫られた空間が文字として認識される。
腕輪に真っ直ぐ文字を打ち込めば、筒状の魔法陣でも文字が歪むことはねぇんだ。」
「すごい・・・
ねぇ、これはどんなの魔法が使えるの?」
リーズが珍しく少し興奮した様子で尋ねる。
「ヘヘヘッ、実はそれが一番すげぇところでな。
今のところこの形の魔方陣は四種類ある。
中火球、発光、軽傷治癒、そして対象硬化だ。」
「対象硬化魔法が使えるの!
硬化魔法じゃなくて!?」
「ああ、間違いねぇ、対象硬化だ。
もちろん手に持った武器も硬化できる。」
「威力は?」
「既存の魔方陣と同じだとよ。」
「・・・驚いたわね。」
「ガッハハッ、無理ねぇよ。
アタイも最初聞いたときはおったまげたさ。
まあ、発明した張本人は、全然こいつの重要性を理解してないみたいだがな。
作ったもんを渡したときも、『これで飲み物をこぼした資料も破かず乾かせますね!』なんて言ってたくらいだ。
だが断言できる。
この魔方陣は武器戦闘に必ず一波乱起こす、間違いねぇ。」
「ええ、そうね・・・
これに手を出さない魔法武具店は無いでしょうね。
ドヴェルグ領の鍛冶師にも影響が出るかも・・・」
「な、なあリーズ、何なんだその硬化と対象硬化って!?」
なんだか劇的な瞬間に立ち会ってるみたいなのに、話が全然理解できず寂しいので、慌ててリーズに説明をお願いする。
「硬化魔法は魔法陣を刻んだ物の強度を上げる魔法で、対象硬化魔法は魔方陣の効果範囲にある物の強度を上げる魔法よ。
どちらも魔方陣の発動中だけだけどね。
この腕輪はその対象硬化魔法で、手に持った武器を強化できるの。」
「・・・普通に直接武器に魔方陣をつけるのじゃダメなのか?
さっきの店で見た武器みたいに。」
「まず前提として知っておいてもらいたいのだけど、魔方陣作成は失敗するものなの。
ほんの些細なミス一つで発動しなくなるし、魔方陣が全て描き終わるまで発動するかしないかは確かめられない、どこが発動しない原因になっているかもわかりにくいし、それに一つミスをすれば全て書き直し。
その上、魔方陣を彫るのは紙に描くのの何倍も難しいの。」
「そ、それで?」
「武器とただの金属製の腕輪、どっちが貴重だと思う?」
「・・・あっ、なるほど!
確かに安くて替えの利くただの腕輪なら、いくらでも失敗できるし、その分いっぱい作れるな!
いい武器を無駄にすることもない!」
「そういうこと。
それに、硬化魔法じゃなくて対象硬化魔法なのも重要ね。」
「・・・この腕輪一つあればどんな剣でも強化できるってこと?」
「そう、それも最高クラスの強度にね。」
え、なにそれ!
安価に安全に好きな武器を超パワーアップ?
大発明じゃないっすか!
あれ、でも待てよ?
「今までも普通の形の魔方陣に、この対象硬化はあったんだよな?
同じような用途の道具は無かったのか?」
「もちろんあるわ。
でも使い勝手が悪かったのよ。
なにせ大きさがこれくらいあるからね。」
そう言いリーズはマンホールほどの円を手で示して見せる。
「この大きさの魔方陣を身に着けるのは難しくてね。
対象硬化魔方陣が内側についた、腕につけるタイプの盾とかもあるけど、魔方陣の効果範囲の問題で剣を持つ方の腕に盾を付けなくちゃいけないから、武器を振る邪魔にもなるし、盾としてもあまり機能しないし・・・
結局、設置して使う魔方陣としてしか活用できていなかったのよ。
硬化魔法の方はもう少し小さいから、武器に直接付けることもできるのだけどね。」
「なるほど・・・
この形状と小ささが革新的だっていうことか。」
「そういうこと。」
ほぇー、改めて聞くとすごい魔法だな。
これが魔法協会で認められて発表されれば、そりゃさぞかし盛り上がるだろうな。
需要もかなりありそうだし、腕のある人はきっとこぞって作るだろう。
硬化魔法付きの武器もいらなくなるし。
それに丈夫な武器を作る必要も無くなるんじゃないか?
本当に切れ味だけを追求した武器が出てきたりとか。
これを機に領地拡大に乗り出す領主もいるかもしれない。
どれだけ影響があるかわからないな・・・
「あ、そういえば、なんで腕輪の外側に彫らなかったんだ?
筒状なら外側に彫っても同じだろ?
内側に彫る方が大変じゃないか?」
「そりゃあ、こっちの方が傷つきにくいし、見られにくいし・・・
まあなにより、彫るとき面白れぇからな!」
ベラロンドはそう言い豪快に笑う。
・・・テルテがおすすめした理由がわかったな。
この人もある種の天才というやつなのだろう。
テルテは魔法研究の分野、ベラロンドは魔方陣作成の分野で。
今までの数件と見比べただけでも、ここの店にある魔方陣のレベルの高さがわかるくらいだからな。
「あのチビも会長になりたての頃は、くっだらねぇ嫌がらせも受けてたみてぇだけどよぉ。
だがどんなお偉い魔法学者様も、この魔法が世に出りゃあ、皆あのチビッ子の下で見習いに逆戻りだ!
笑いが止まらねぇぜ!
あいつはそういうの嫌いそうだけどな、ガッハハッ!」
性格には癖があるけどね・・・
「それにしても、あんた随分お行儀のいい奴隷だな。
アタイが傭兵の頃見たのは半分獣みたいなやつばっかりだったが。
貴族様の奴隷はみなこんなんなのかい?」
「この子はちょっと特別なのよ。
・・・それより、やっぱりあなた戦闘の経験があるのね。
店にある商品もそっち方面のものが多いみたいだし。」
あ、今リーズ話逸らしたな。
まあ俺のことで正直に話せることって少ないしな。
「まあな。
だがそれは嬢ちゃんもだろ。
かなりやり手みてぇだが、なにかやってんのか?」
「まあ騎士連合には一応加盟してるわ。
階級的には騎士見習いだし、手伝い程度だけど。」
「ガッハハハハッ!
貴族なのに騎士連合の見習いなんてやってんのか!
しかもその腕で!
あんたが見習いやってる騎士連合なんて誰も入ってこれねぇだろ!」
「そ、そんなことないわよ!」
リーズの言葉に大爆笑するベラロンド。
「あー・・・笑った。
そういえばまだあんたの名前を聞いてなかったな。
教えてくれるか?」
「私はリーズ・ローズよ、リーズでいいわ。
彼女は私の姉でローズ領領主のアニエス・ローズ。
この子が妹のレミア・ローズ。
そして奴隷のレオよ。
よろしく、ベラロンドさん。」
「ああ、よろしくな、リーズ。
アタイのことはベランって呼んでくれ。
で、やっぱりあんたが手紙に書いてあったアニエス様か。
なんつーか気の抜けたっつうか、気の抜けるっつうか・・・変な領主さんだな。」
「ふふふっ、ありがとう、よく言われるわ。」
よく言われるのか。
ていうか今のは「ありがとう」でいいのか?
「まあだが、ローズ領つったら昔から評判の良い領地だからな。
あんたらなら取りっぱぐれもなさそうだし、よけりゃあこれからも贔屓にしてくれよ。」
「もちろんよ。
ありがとう、ベランさん。」
その後も、狭い店内の散らかった商品を見て回る。
リーズはベラロンドと一緒に、店のカウンターで腕輪型魔方陣の効果を試しているようだ。
あっちも面白そうだなぁ・・・
まあ俺は大人しく自分用の魔方陣を探すか。
それにしても、本当にそこら中に魔方陣の商品が置いてあるな。
ベラロンドは、日頃は面白そうな魔方陣や魔方陣付きの道具を作り、お金が必要になると、作ったまま店の中に放り投げていた魔方陣の中から売れそうなものを選び、適当な店に売りに行っているのだという。
でも、「魔法通りに個人で店を構えるなんて相当の成功者だ」みたいなことを、リーズがここに来る前に言っていたしな。
うーん、底が知れない。
とそこで、店の端にあった木製の商品に目が留まった。
なんだあれ?
周りは金属製のものばっかりなのに。
ごみ箱?
気になり中を覗き込む。
「おぉ!」
覗き込んだ木箱の中には、鉄板に彫られた小型の魔法陣が大量に入っていた。
デッキを組んでデュエル、いや『決闘』できそう。
「まあ、すごいわ、魔方陣で一杯。
それにどれも小さく彫られてるみたいね。」
俺の感嘆を聞き、近くにいたアニエスも木箱を見る。
「ああ、それは昔アタイが練習で彫ったやつだ。
もうどれが何の魔法陣かも覚えてねぇけどな。
協会の図鑑と見比べれば何の魔法かぐらいはわかるんじゃねぇか?」
「そういえば、この店の商品は証明書は付いてないの?」
「証明書?ああ、あれ申請が面倒でやってないんだ。
大丈夫大丈夫、全部使えっから。」
そんな雑談の横で、俺は木箱の中をじっと見つめ考える。
・・・この魔方陣の山、めちゃくちゃ欲しい。
レミアのおかげで、大抵のことは何でもできるような量の魔力を俺は持っている。
だが正直、俺の扱える分野の魔法は多くない。
自在に扱えるのは、水と氷と火と押す力くらいだ。
今はとにかく自分の使える魔法の幅を増やしたい。
自分の無詠唱魔法に応用できるような、ヒントになるような魔方陣が欲しい。
俺の再現できない現象を起こす「感覚」を、魔方陣魔法を通して学習できるかもしれない。
これだけ魔方陣があれば、それもきっと叶うはずだ。
ローズ家の図書室に魔方陣の図鑑はあるって言ってたし、時間をかければ自分で何の魔法か調べることもできるだろう。
目線を上げる。
すると、隣にいるアニエスが俺の方を見ているのに気が付ついた。
静かに微笑み、俺の言葉を待っている。
「・・・アニエス、この魔方陣、買っていいか?
俺の無詠唱魔法に応用できるように、今は色々な魔法を試したいんだ。
だから、安くで手に入るなら、この魔方陣全部欲しい。」
「ふふふっ、初めてわがまま言ってくれたわね。
嬉しいわ、レオ。
ベランさん、これを頂戴。」
「ああ、まいど!
それにしても、あんたんとこの奴隷は魔法まで使えるのかい?」
「ふふふっ、とっても強いのよ。」
「ガッハハッ!
騎士見習いの貴族に、魔術師の奴隷か!
あんたんとこはホントに面白れぇな!」
「さて、そんじゃあこのガラクタ魔方陣と・・・
腕輪の魔方陣はどれが欲しいんだ?
たぶん四種類とも二つずつくらい在庫があったはずだが。」
「そうね・・・
じゃあ対象硬化魔方陣を二つと・・・
レオ、あなた確か回復系の魔法が使えなかったのよね?」
「あ、ああ。」
「じゃあ、軽傷治癒も一つ頂戴。
これでいくらくらいになる?」
あ、また俺のを買ってもらっちゃった。
ありがたいね。
有効活用できるようにがんばろう。
・・・治癒魔法なら活用できる場面が来ない方がいいのかな?
「うーん、そうだな・・・
こんだけ貰えりゃいいかな。」
そう言い、ベラロンドは値段を書いた紙を傍にいたリーズに渡す。
「・・・こんな値段でいいの、ベラン?
この技術ならもう少し高くてもいいと思うけど。」
「まあアタイもちゃんと使える奴に買ってもらいてぇしな。
強欲商人のぼったくり商品か、金持ち貴族の宝物庫の肥やしにされるくれぇなら、見習い騎士にでも投げ売りしちまった方がましだ。
それにテルテの紹介状にも、『アニエス様には恩があるからできれば力になって欲しい』なんて書いてあったからよ。
アタイもあのチビッ子には借りがあるし、これで回り回ってチャラってやつだ。」
ベラロンドはそう言いニッと笑う。
「あ、でもここで買ったことはあまり口外するなよ。
仕事が増えると遊びで彫る時間が無くなるからな。」
買った魔法陣を抱え店を出る。
去る間際にも、リーズはベラロンドと二人で亜種との戦い方などについて熱く語っていた。
話をするその顔は、なんだか少し楽しそうだ。
リーズは性格的に初対面の相手とは壁をつくりがちだからな。
バルバラやベラロンドのような、地位を気にせずズカズカ踏み込んできてくれる人とは気が合うのだろう。
アニエスはそんなリーズの方を見ながら、嬉しそうな穏やかな顔をしていた。




