34.魔法具店巡り①
「と言っても、私は今のところ欲しい魔法はないわね。
あっ、防御用の小型の魔法陣があれば買いたいかも。
姉さんはなにかある?」
魔法のお店に入ろうと魔法通りにくり出したところで、まずそんなことをリーズがアニエスに尋ねる。
「私も特にはないかしら。
それより、お店を色々見てまわりたいわ。」
「レミアはあのおっきい魔法陣がほしい!」
「亜種結界魔法はお店でなんて売ってないわよ。
レオ、あなたはどんな魔法が欲しいの?」
レミアの主張を軽くあしらった後、リーズが俺に尋ねる。
「え、俺も買っていいのか?」
「ふふふっ、もちろんよ。
レオはがんばったもの。
好きなものを言ってみて。」
おお!やったぜ!
姉妹でお出かけすると何か買ってもらえることが多い気がする。
今回は俺がおねだりした感じではあるけど。
「そうだなー、どんな魔法があるのかわからないから、俺もとりあえずは色々見てみたいかも。
あっ、魔法陣の図鑑があればそれがいいな!」
「いきなりすごいのがきたわね・・・
流石にそれは手持ちのお金じゃ足りないわ。」
俺の言葉を聞いたリーズはそう言い苦笑いをする。
「あれ、もしかして本って高いの?」
そういえば印刷技術が確立する前は本は貴重品だった、って学校の授業で習った気がする。
でもローズ領にも本屋はあったよな?
しかもすごいカジュアルな町の本屋さんって感じの店が。
ローズ家の屋敷にも本はたくさんあるし。
「精霊文字で書かれた普通の本と、魔法文字の入った本は別物なのよ。」
リーズ曰く、この世界にも「文字写しの魔法」という魔法陣を使った印刷技術あるのだという。
しかし印刷の原本に魔法文字が入っていると、その魔法文字が魔法陣に干渉し、文字写し魔法が発動できないらしい。
そのため魔法陣はもちろん、魔法に関する書物はたいてい全て手書きなのだとか。
なるほど、つまり魔法陣図鑑を買うのは大量の手書きの魔法陣をまとめて買うのと同じことだと。
そりゃ高いわ。
「魔法文字が使われてない、魔法の名前と説明だけが載った辞典なら安くで手に入るけどね。
でも、古い版でいいなら詠唱魔法も魔法陣魔法も図鑑が家にあるから、ここで買う必要は無いわ。
今回はちゃんと使える魔法陣を買いましょう。」
リーズが諭すように俺に提案する。
ていうか家に図鑑あるんだ。
ローズ家の図書室も割と宝の山っぽいな。
掃除するときは気を付けよう。
とりあえず良さげなお店があれば入るという方針に決まり、皆で魔法道りを歩く。
すると、一件の小さな建物が俺の目に留まった。
開け放たれた店の扉からは、不機嫌そうに本を読む女性の店員と、それを覆い隠すほどの大量の魔法陣が雑多に積まれているのが見える。
すごい、魔法陣があんなにたくさん!
しかもなんか見るからに安そう!!
「なあなあ、まずはあそこに入ってみないか?
いっぱい魔法陣が置いてあるぞ!」
俺はそう言いながら、返事も待たず店に向かおうとする。
「待ちなさいレオ。
一人で行動しないの。」
するとリーズが先走る俺の腕を掴んだ。
「それにあの店、あなたは入れないわよ。」
「え!なんで?」
「ほら、入り口に張り紙があるでしょ。
店内での魔法と、奴隷の入店は厳禁だって。」
リーズは入り口の横にでかでかと張られた張り紙を指さす。
そんな!差別だ!って流石にいまさらか。
でも店内での魔法が禁止ってことは、やはりあの山積みにされた魔法陣は、実際に発動できる本物だってことだろう。
そしてそんな危険物が大量に置いてある店内に奴隷は入れさせられないと。
「まあ、しょうがないか・・・」
理屈では納得できるが、やっぱり残念だなぁ・・・
「元気出してレオ・・・」
俺が落ち込んでいると、レミアがキュッと手を握って励ましてくれる。
はい元気出たー。
一発で完全に元気取り戻した。
俺が既に満たされた存在であることを瞬時に思い出させてくれた。
もう魔法だな。
レミアのかわいさは魔法。
二大魔法って一つ足りなくない?
「・・・まあ、あんなところで買うくらいなら、高くても金属製でちゃんとした証明書付きの魔法陣を買った方がいいわ。
行きましょう。」
リーズもちょっと素直じゃない感じで俺を励ましてくれる。
「鉄製の魔法陣なんてあるのか?
それに証明書って?」
次に入る店を探しながら俺はリーズに尋ねる。
「紙に描いた魔法陣じゃなくて、鉄板に彫られた魔法陣のこと。
うちの庭にも石材に彫られた魔法陣があるでしょ、あれと同じよ。
紙に描かれた魔法陣だと、ちょっとした折り目や染みですぐに使えなくなるからね。
身につけたり持ち出したりして使うなら鉄製の方がいいわ。
証明書は、その魔法陣がきちんと発動することを魔法協会が確かめた、っていう証のことよ。」
「え、発動しない魔法陣も混ざってるのか?
売り物なのに?」
「そうよ。
さっきの買い取り屋だって、首都の店だからまだ質はいい方でしょうけど、よくて三つに一つくらいしか発動しないわよ。」
リーズの話によると、魔法陣を作って売る魔法技師になるにしても、魔法を研究する魔法学者になるにしても、魔法文字と魔法陣を描く練習は必須で、そういった見習いの描いた魔法陣を買い取って売るのがさきほどの店なのだと言う。
「発動しない魔法陣が混ざってるのにクレームはこないのか?」
「まあ、買う側もわかって買ってるからね。
魔法道具を扱う商人なんかは、ああいった店で目利きの練習をするらしいわよ。
素人じゃ無理だけどね。」
へー、面白いな。
古本屋でレア物を見つけて転売で稼ぐ、せどり?だっけ、あれに似てるな。
やっぱり入ってみたかったなぁ。
「あのお店なんてどうかしら?
入ってみましょう。」
再び魔法道りを歩き始めると、やがて一件の店の前でアニエスが足を止める。
その店は魔法道りに来た観光客向けの店で、広い店内には、テルテの部屋で見たようなCDサイズのシンプルな魔法陣や、魔法陣の刻まれた食器や机など様々な物が置いてあった。
魔法の雑貨屋みたいなお店だろうか。
紙の魔法陣も全てしっかり額縁に入れられている。
「レオ見て見て!」
店内に入って商品を見ていると、何か面白いものを見つけたのか、はずんだ声でレミアが俺を呼ぶ。
レミアが見ていたのは、両手サイズのガラスの球体だった。
球体は床に置けるように底が平らになっており、中には小さな家や人の模型、そして魔法陣が一つ入っていた。
なんだこれ?おもちゃ?
「そちらは降雪の魔法陣を使った鑑賞用のインテリアでございます。」
レミアと不思議がっていると、横から静かに声がかけられる。
いつの間にか俺たちの横には、フォーマルな服装をした落ち着いた雰囲気の女性店員が立っていた。
店員は「失礼します」とその商品を手に取ると、レミアに見やすい位置に掲げ、ガラスに一つだけ空いた小さな穴から魔法陣に魔力を流し始めた。
すると、ガラスの球体の中に真っ白な雪が降り始める。
なるほど、スノードームか。
前の世界のとは違って、これは本物の雪みたいだけど。
魔力を込め終わると店員はレミアに商品を手渡す。
一度魔力を流せば、しばらくは雪が降り続けるようになっているらしい。
「すごいすごい!
雪がふってるよレオ!」
スノードームを見たレミアはパッと顔を輝かせ、俺を見上げて楽しそうに笑う。
かわいい。
店員もレミアのかわいさに思わずにんまりしている。
「お気に召しましたか?」
「うん!
でも、レオの魔法の方がすごいね!」
あ、それ言っちゃうんだ。
店員と目が合う。
俺が「ハハハッ・・・」と何とも言えない笑みを浮かべると、店員はニコッと爽やかな営業スマイルを浮かべた。
・・・たぶん信じてないな、そりゃそうか。
「あら、楽しそうね。
魔法を見せてもらったの?」
そこに別の商品を見ていたアニエスとリーズがやってくる。
「うん!これね、中で雪が降るの!」
「ふふふっ、よかったわね。
ちゃんとお礼は言った?」
「ありがとう、お姉さん!」
「いえいえ、お楽しみいただけたようでなによりです。
当店はこの他にも日用品、インテリアから護身用まで様々な魔法陣を取りそろえております。
なにかお探しの魔法はございますか?」
「何か特に欲しい魔法があって来たわけじゃないの。
でも、せっかく首都に来たのだし、面白い物があれば買って帰ろうと思って。
何かおすすめはあるかしら?」
「そうですか・・・
それならば、こちらの色換えの魔法陣などはどうでしょう。
つい先日販売を始めた新商品で、自信を持っておすすめできる魔法となっております。」
店員はアニエスを見て少し考えた後、直径一メートル弱ほどの魔法陣を持ってくる。
彼女の話によると、その魔法陣は上に物を置き魔力を流すと、その物の色を一日の間変えることができる幻影魔法なのだという。
今までは魔法陣の大きさと魔法にかかる魔力量がネックで商品にならなかったが、研究による改良で最近ようやく商品化できたのだとか。
確かに便利そうだな。
同じ服を着回してもばれなそう。
「どんな色に変わるの?」
興味があるのか、アニエスはさらに店員に尋ねる。
「はい、魔法陣ごとに変化させられる色は決まっていますが、色自体はこちらの五種類からお選びいただけます。」
いつのまにか側に控えていた別の店員から数枚のシンプルなワンピースを受け取り、俺たちに見せる。
おお、思ったよりどれもいい色だな。
原色に近い感じかと思ってたが、どれも自然な淡い綺麗な色だ。
それに白もあるのか。
これなら染みが付いた服でも再利用できるな。
・・・さっきから発想が貧乏臭いな俺。
などと考えていると、五枚のワンピースのうちの一枚に目を引かれる。
他の自然な色とは異なる、バラのような鮮やかな真紅。
でも、この色はアニエスよりも・・・
「その赤いワンピース、とっても素敵だわ。
その色の魔法陣、一つ頂いてもいいかしら。」
アニエスはその真紅のワンピースを見ると、すぐに購入を決める。
「はい、ありがとうございます。
ご購入いただいた魔法陣の配送はいかがいたしましょう?」
「それじゃあ、セントフィア城のアニエス・ローズの部屋に送ってくれる。」
それを聞いた店員はハッと息を飲む。
「貴族様でしたか。
これは大変失礼いたしました。
本日のご来店、誠に感謝いたします。」
「いいえ、とてもいい買い物だったわ。」
数人の店員が額に入った魔法陣を布で梱包する横で、リーズは会計を行う。
店員から値段を聞くと、「これでローズ領に請求してもらえる」と小切手のようなもの定員に渡していた。
おそらく手持ちじゃ足りなかったのだろう。
「やっぱり魔法陣って高いんだな・・・」
俺は思わずリーズに尋ねる。
「まあ、あの大きさの魔法陣だとこれくらいはするわね。
でも姉さんから買いたいって言うことも珍しいし、お金に余裕はあるから、これくらいはかまわないわよ。」
おぉ、流石貴族の経済力だな。
それにローズ家の姉妹はみんな、高価な趣味とか浪費癖とかないしね。
リーズの言う通り、こんな時くらいは奮発してもいいのだろう。
そんなリーズの後ろで、アニエスは改めて魔法で染まった赤いワンピースを眺めていた。
そしてそれをリーズに向かって合わせると、
「ふふふっ、思った通りすごく似合う。
舞踏会が楽しみだわ。」
とうっとりした口調で呟いた。
「え!私のために買ったの!?
そんなのだめよ!
やっぱり返品するわ。」
リーズは驚きの表情の後、叱るような、呆れるような口調で言う。
「えー、いいじゃない、リーズったらまた私に気を使った地味な色のドレスを持ってきていたから、ずっと気がかりだったのよ。
私も家で使うから、ね、お願い?」
アニエスのおねだりにリーズはまだ何か言いたげだったが、結局最後には「うぅ、わかったわよ・・・」と渋々引き下がった。
大衆の面前で領主のアニエスに「お願い」させ続けるわけにもいかなかったのだろう。
店員一同に見送られながらお店を出る。
ほくほく顔のアニエスとは対照的に、リーズは喜しいような悔しいような複雑な表情をしていた。




