33.挨拶回り②
騎士連合の本部を去り少し歩くと、今までとは雰囲気の異なる通りに出る。
歩く人の多くが、上流層と言うより学者か研究者といった風貌で、通りに並ぶ店も分厚い書物や、魔法陣の刻まれた紙や道具、用途のよくわからない実験器具を扱っている店ばかりだ。
看板の出ていない建物も多い。
「なんだか変な店がいっぱいあるな。」
「協会の本部は魔法研究もしてるからね。
研究の成果も一番早く出回るし、ここら辺一帯は魔法関係のお店ばかりよ。
特にここは『魔法通り』っていう名前で首都の観光名所にもなってるみたいね。」
言われてみれば、旅行客らしき出で立ちの人もちらほらと見かける。
でもそれなら、あの店先に飾ってある魔法陣は全部売り物だってことだよな?
CDショップみたいにずらっと魔法陣が並べてある店もあったぞ。
え、めっちゃ見てみたい。
魔法陣魔法は大規模だったり複雑だったりする魔法みたいだし、あれだけ種類があれば好きなだけ面白魔法に出会えるだろう。
高速移動したりとか、家事力が三倍になったりとか。
探せば俺の無詠唱魔法に応用できるなるような魔法もあるかもしれない。
「な、なあアニエス、もし時間があったら、帰りに少しこの辺の店寄ってみていいか?」
「ふふふっ、ええ、いいわよ。
せっかく来たのだし、少し見て回りましょうか。」
俺の興奮した様子を見て、楽しそうに笑いながらアニエス答える。
・・・今の完全に、小さな弟を見る目だったな。
確かに子供が「トイザらス行っていい!?」て言うときのテンションだったかも。
ちょっと恥ずかしい。
そんな町並みの中心に、魔法協会の本部は建っていた。
協会の本部はかなり年期の入った大きな建物で、古ぼけてはいるが、どこか品のある堂々とした外観をしている。
古い大学の校舎のようだ。
建屋が大きいのは研究施設が入っているからだろう。
アニエスに続き本部の扉をくぐる。
建物の中も、研究所か大学かといった様子だ。
難しい顔をした人たちが歩き回り、廊下で立ったまま討論している姿も見える。
ローズ領の魔法協会で感じた、役所のような雰囲気とはだいぶ違うな。
建物内の喧噪を横目に、アニエスたちと来客用の窓口に行くと、すぐに丸っこい獣耳とふわふわの尻尾のついた女性が現れる。
「お待ちしておりましたアニエス様。
私はテルテ様の秘書を担当しております、ミミと申します。
テルテ様も会長室でお待ちですので、すぐに案内いたしますね。」
ミミと名乗る女性は人なつっこい笑みで挨拶をし、そのまま俺たちを建物の奥へと案内する。
ミミの歩くたび左右に揺れるふわっふわの尻尾を後ろで眺めていると、いつの間にか最上階の一室へとたどり着いた。
「テルテ様、アニエス様がお見えになりましたよ。」
ミミがノックして声をかける。
「・・・・・」
しかし中から返事はない。
「テルテさまー?入りますよー?」
ミミはさらにノックを繰り返す。
この部屋にテルテがいるのはわかっているようだ。
「・・・・・」
しかし、やはりテルテからの反応はない。
・・・大丈夫かこれ?
もしかして中で何かあったんじゃ・・・?
そんな俺の悪い予感をよそに、ミミは慌てた様子もなく、扉を開け中に入った。
「なっ!」
目に飛び込んできた光景に思わず声が出る。
確かにテルテはそこにいた。
だが、部屋の中は異様な状態だった。
床には荒らされたかのように書類と実験道具が散らばり、その中心でテルテは手足を丸めうずくまっている。
誰かに襲われたのか!?
部屋の荒らされ方を見ると強盗か?
いや、それより早くテルテの無事を確かめないと!!
しかし、そんな部屋の様子を見たミミは、ハーッと深くため息をつく。
そして今度は大きく息を吸い、
「テルテ様!!!」
と床にうずくまるテルテに向かって大声で叫んだ。
「ひゃ、ひゃい!!!
ど、どうしましたミミさん、そんな大声出して?」
ミミが名前を呼ぶと、テルテは一瞬浮いたんじゃないかと思うほど体をビクッと反応させこちらを向く。
「って、アニエス様!!
あ、あれ、もうそんな時間ですか!?
すみません!!
す、すぐに片付けますので!」
テルテはミミの横で静かに微笑むアニエスを見ると、顔を恥ずかしそうに赤くし、実験道具や書き途中のレポートで散らかった床と机を乱暴に片づける。
考えるのに夢中でノックの音に気がつかなかっただけか・・・
床にうずくまっていたのも書き物をしていただけと・・・
すごい集中力だな。
心配して損した。
「もー、いつも言ってるじゃないですか、研究ならちゃんと専用のラボでやってくださいって。
またこんなに色々持ち込んで。」
「だ、だって、ミミさん私がこの部屋にいないと怒るじゃないですか・・・」
「それはテルテ様が会長の仕事をほっぽって、ラボに鍵かけて何日も籠もったりするからでしょ!」
「うぅ・・・」
ミミはそう言いながらも部屋の片づけを手伝う。
テルテの方を見ると、怒られたせいか恥ずかしさからか、少し涙目になっていた。
あ、転んだ。
大丈夫かこの人・・・?
しばらくしてようやく、とりあえずの座る場所を確保する。
「た、大変失礼しました!
こちらにどうぞ!
あ、それとも他の部屋に移りましょうか・・・?」
「ふふふっ、いいのよ気にしなくて。
いつ来ても楽しげなお部屋ね。」
そう言い、アニエスは山済みにされた資料と魔法道具で散らかった部屋を見渡す。
その目は少し羨ましがっている様にも見えた。
「うぅ、前回に引き続きすみません・・・」
アニエスに他意はないようだが、テルテはまた申し訳なさそうにうつむく。
ていうか前回もこんな感じだったんだな。
その後、初対面だったリーズとレミアとの挨拶を終えると、テルテは新しい魔法技術や、現在研究が進んでいる魔法ついての詳細をアニエスに説明し始めた。
俺はそれとなく部屋の中を見渡す。
テルテには少し大きいであろう立派な執務用の机に、たくさんの本や資料が縦に横にと雑多に入れられた本棚、実験器具やペンやインクで散らかった大きなテーブルに、書きかけの魔法陣がかけられたままの作図用の台など、来客を迎える部屋と言うよりはテルテの研究室といった感じだ。
ミミには怒られてたけどね。
視線を前に移す。
テルテの座る後ろ、俺たちの目の前には、大量の魔法陣が、縦に二つに割られ中心を上下にずらした状態で、壁一面に飾ってあった。
魔法陣はその大きさも大小様々だ。
小さなものはCDのディスクほどで、一番大きい魔法陣だと直径四、五メートルもある。
あんな大きいのもあるんだな。
文字もびっしり書き込まれてるし。
あれ一つ描くのにどれだけ時間がかかるのだろうか。
視線を戻すと、アニエスとテルテが話をする横で、レミアも俺と同じように壁の魔法陣に目を奪われていた。
絵画の様に飾られた魔法陣に興味津々のようだ。
「ふふっ、近くで見てみますか、魔法陣?」
飲み物を運んできたミミがそんなレミアに声をかける。
「いいの?」
「よろしいですよね、テルテ様?」
「はい、もちろんです。
自由に見ていていいですよ。」
「やった!レオもいっしょに見よう!」
テルテの言葉を聞いたレミアは嬉しそうに立ち上がり俺の手を引く。
「触ったりしちゃだめよレミア。
レオ、悪いけどレミアを見ていてくれる。」
「は、はい、かしこまりました、リーズ様。」
というわけで、レミアと一緒にたくさんの魔法陣が掛けられた壁の前にやってくる。
俺もじっくり見てみたかったので正直嬉しい。
レミアと手を繋ぎながら飾られた魔法陣を鑑賞する。
間近でみると魔法陣はまさしく圧巻の代物だった。
文字と幾何学模様で作られた芸術品。
魔法が使えなくてもコレクションしたくなるような完成度だ。
それぞれの魔法陣には、それがどんな魔法なのかの短い説明書きも付いているが、存念ながら俺には読めない。
うーん、もったいないね。
英語が読めないまま外国の美術館とか行ったら、こんな気持ちになるのだろうか。
「そういえば、ここの魔法陣は全部、上下に少しずれてますよね?
なんでなんですか?」
すぐ後ろで一緒に魔法陣を見ていたミミに尋ねる。
あれじゃ発動できないんじゃないか?
元々こういう形なわけじゃないだろうし。
「これは魔法が発動しないようにわざと魔法陣を崩してあるんです。
資料用の魔法陣は全てこういう仕様になってるんですよ。
発動させるとこの部屋ごと吹き飛んじゃうような魔法もありますからね。」
なるほど、やっぱりわざとやってるのか。
確かに資料とか辞典とかの魔法陣をうっかり起動して大惨事なんて笑い事じゃないからな。
しっかり危険物として扱ってるってことだろう。
そして、遠くからでも目を引いていた、あの巨大な魔法陣の前へと移る。
「すごい!おっきいねレオ!」
「ああ、これはすごいな・・・」
見上げた魔法陣はその大きさだけではなく、精密さや構造においても、他の魔法陣とは明らかに次元が違っていた。
巨大な魔法陣の中には、さらにいくつもの魔法陣が描かれ、そのそれぞれが複雑な幾何学模様で何重にも繋がっているのが見て取れる。
こんなのを作れる人がいるのか・・・
「これはいったい何の魔法なんですか、ミミさん?」
興奮を抑えきれないままミミに尋ねる。
「それは二大魔法のうちの一つ、亜種結界魔法の魔法陣ですね。」
「そうです!精霊史最大の大魔法!
私の研究対象です!!」
とそこに、俺とレミア以上に目を爛々と輝かせたテルテが、話を聞きつけ小走りでやってくる。
アニエスとの真面目な話は終わったようだ。
「大きさでも難解さでも、亜種結界魔法以上の魔法陣は他にありません。二大魔法の名を冠するにふさわしい魔法です!
この魔法でまず特筆すべきはその用いられた魔法文字の種類の豊富さでしょう。その数なんと五千種類!現在魔法研究で使われている魔法文字の半数以上はこの亜種結界魔法から発見された物なんです!その上、解析の進められていない手つかずの魔法文字がまだ三千字近くあり、まさしく枯れることのない魔法研究の金山!!そしてそれは陣形成の技術においても言えるんです。皆さんこの魔法陣を見てお気づきでしょうけど、魔法陣内に別の魔法陣を配置し、魔法陣自体を魔法文字として用いるという、その二重魔法陣とでも呼べるような陣構造は現在においても未だ模倣ができていない、いわばーーー」
おぉ、めっちゃ話し出した。
アニエスと話していたときも割とテンション高めだったけど、ここにきてさらにギアが一つか二つ上がったようだ。
ちょっと怖いくらいグイグイくる。
本当に好きなことだと回りが見えなくなるタイプの人なんだな。
止まらないテルテの言葉を程々に聞きながら、改めて魔法陣を見上げる。
言われてみると確かに、他の魔法陣と比べ使われている魔法文字の種類が明らかに多い。
二大魔法を作ったのって大魔導師アーサーだったよな。
本当に天才だったんだな。
七千年経っても追いつけない技術なんて、そうそう無いだろう。
よく見ると少し漢字に似た字もあるな。
「人」とか「男」みたいな。
魔法文字の一覧表とか見ても面白そう。
まあ、俺はそれより先に日常の読み書きだろうけどね。
「亜種結界魔法がこんなに難解だってことは、奴隷化魔法の方もやっぱり研究途中だったりするんですかね?」
俺は話の合間を縫ってテルテに話しかける。
せっかくだから専門家がいる今のうちに色々聞いておきたい。
レミアの魔力を戻すヒントも得られるかもしれないしね。
「奴隷化魔法ですか?
うーん、実は奴隷化魔法は、亜種結界魔法以上に研究が進んでいない魔法なんです・・・
滅んでしまった種族の言語が使われているのがネックらしくて。
分け身の魔法と共通する一文を見つけたって話し以降、新しい報告は上がっていませんね・・・」
そう言いテルテは難しい顔をする。
ということは、二大魔法はどちらも解析が終わって無いってことか。
生活の根幹になってる魔法なのに仕組みがわかってないっていうのも少し怖いな。
「テルテ様、そろそろ次の面会が・・・」
その後、レミアがキラキラした目で飾られた魔法陣について尋ね、それにテルテがレミア以上に興奮した口調で答えるというやりとりをしているうちに、テルテの方の時間がなくなってしまう。
「すみませんアニエス様、あまり時間がとれなくて・・・」
「いえ、いいのよ、忙しい中ありがとう。
とても楽しかったわ。」
「はい、こちらこそとても楽しかったです!
アニエス様方は、この後はどういったご予定なのですか?」
「そうね、この辺りの魔法のお店を、家族で回ろうと思ってるの。
どこかおすすめのお店はあるかしら?」
「あっ、それなら近くに工房を構えてる、腕のいい魔法技師が知り合いにいるので、紹介状を書きますね。
ちょっと待ってて下さい!」
そう言い、テルテは散らかった机から紙とペンを引っ張り出し一筆したためてくれた。
「なんだか全然予想と違う人だったわ。
面食らって、あまりお話しもで出来なかったし・・・」
魔法協会の本部から出ると、リーズが何だか浮かない表情で呟く。
「そう言えば初めて会ったんだっけ。
リーズが面食らうなんて珍しいな。
そんなに予想と違ったのか?」
「そうね、歴代最年少で会長になった天才で、就任してすぐ研究環境の大胆な改革を行い、研究成果を二年で倍以上にした人物だって聞いてたから、ちょっと身構えちゃってたのかも。
もったいなかったわ、色々聞きたいこともあったのに。」
え、テルテってそんな優秀な人だったの!
あんなチビッ子なのに?
いや、チビッ子は失礼か。
あの体型はそういう種族だからなのだろう。
でもその話を聞いてから会ったら、そりゃ確かにびっくりするだろうな。
初っぱなからミミさんに怒られてたし、涙目だったし。
なんか研究環境の改革とかも、自分のやりやすいようにしたら自然に結果が出たとかそんな感じな気がする。
まあ優秀なのには変わらないか。
「ふふふっ、でも悪い人じゃなかったでしょ。
今度の貴族議会のとき、またみんなで会いに行けばいいじゃない。」
落ち込むリーズに、アニエスが優しく声をかける。
「・・・そうね、悩んでても仕方ないわね。
さて、じゃあ次は魔法屋よ!
時間もあるし、テルテさんがすすめてくれた場所以外もまわってみましょうか。」
「あのおっきい魔方陣、うってるかな!?」
そうしてローズ家は、賑わう魔方通りへとくり出した。




