32.挨拶回り①
「ふんふーん♪ふふんふーん♪」
かわいらしい声で上機嫌に鼻歌を歌うレミアと手を繋ぎながら、多くの人が行き交う首都セントフィアの街を歩く。
今日はアニエスとリーズも一緒だ。
「あらあら、ご機嫌ねレミア。」
スキップし出さんばかりの勢いのレミアを見て、アニエスもつられたように笑いながら尋ねる。
「うん!みんなでお出かけだから!
あと、レオがやくそくまもってくれたから!」
レミアはそう言い、手を繋いでいた俺の腕に抱きつく。
そしてほっぺたをくっつけながら俺を見上げ、ニコーと心底うれしそうに笑いかけてきた。
かわいい。
レミアが言うのは、俺が奴隷決闘前に言った「無事にレミアのところに戻ってくる」という約束だ。
無事果たせたのはいいが、こんなに喜んでいるってことは、その反面それだけ心配させてしまったということだろう。
悪いことしちゃったな。
それと心配した反動なのかわからないが、決闘が終わってから、レミアの甘え方が今まで以上に激しくなった気がする。
昨日は部屋に帰ってからも、ずっとおんぶかだっこを要求された。
どこにいても手を繋ぎたがるし。
・・・それは前からか?
でも朝起きたら俺の寝てるソファーに潜り込んでいたのには驚いたな。
完全に天使だった。
もちろんリーズに見つかる前にベッドには戻した。
何十分間目を奪われていたかは覚えていない。
それにしても、レミアの寝顔かわいかったなぁ・・・
写真か動画の撮れる魔法もいつか見つけたいな。
以前そういった魔法が無いかとリーズに尋ねたことがあったが、ポカンとされた上「肖像画のこと?」とか言われたし。
一刻も早く魔法を編み出し、日々成長するレミアを毎日ありとあらゆる角度から撮影したい。
そして俺の部屋一面に飾りたい。
全生物を魅了する危険魔法と認定されるだろうが手放す気はない。
アニエスはレミアの嬉しそうな言葉を聞くと、
「ふふふっ、そうね。
私からも改めてお礼を言わせて、ありがとう、レオ。
とっても素敵だったわ。」
と言いながら、レミアとは反対側に腕を絡めてくる。
おお!両腕が天使に抱かれてる!
大丈夫かな?
ネ○少年のごとく、このまま天国に連れて行かれたりしないよね?
いや、アニエスは天使と言うより女神だな。
ふー危なかった、アニエスが女神で良かった。
そんな様子をなんとも言えない表情で見つめるリーズ。
「もう、姉さんもレミアも、人前であまりレオにベタベタしないでよね。
変な目で見られちゃうでしょ。
どこに他の貴族がいるかもわからないのに。」
「えー、いいじゃない、もうちょっとだけ。」
アニエスは駄々っ子の様に言い、腕を抱いたまま俺の肩に頭を乗せる。
「もういいわ・・・
でもガウルさんの前ではちゃんとしててよ。」
「ふふふっ、わかってるわ。」
貴族議会も終わり、残るイベントは明日の舞踏会のみとなり、今日は姉妹で騎士連合と魔法協会の本部に顔を出すことになっている。
でもなんだか今日は、貴族議会に出ていたときの凛とした様子とは違う、いつものぽあぽあしたアニエスだな。
まあ、アニエス自身が昨日で山場は越えたみたいなことを言っていたし、ちょっとくらい気を抜かせてあげてもいいんじゃないかな。
決して腕を組んでいたいからとか、肘に当たる柔らかな感触を手放したくないからとかではなく。
「そういえば、ガウルさんって犬種だったよな?
犬種ならマリルの親戚だったりするのか?」
両手に花どころか、両腕が天界状態になっている現状をキープするため、話をふってリーズの注意を逸らす。
「ええ、総帥になるときに家名は捨ててるけど、元々はコリー家出身の人よ。」
「へー、そうなのか。
領主が第一貴族で親戚も騎士連合のトップって、すごいエリート一家だな。」
「そうね。
昔から犬種には優秀な騎士がとても多いのよ。
身体能力が高い上、忠誠心と正義感が強い人が多いからね。」
そんな雑談を交わしながら、きらびやかな首都の街を歩いて行くと、やがて周りとは様相の異なる堅牢な造りの建物に到着する。
中に入りアニエスが受付に声をかけると、すぐに最上階の一室へと案内された。
「お待ちしておりました、アニエス様。」
部屋の中にいたのは騎士連合総帥のガウルだった。
執務用の机から立ち上がり俺たちを迎える。
「ごめんなさいね、忙しいときに。」
「いえ、わざわざご足労いただき感謝いたします。
さあ、こちらへどうぞ。」
そう言いガウルは部屋の一角にある、来客用とおぼしきテーブルにアニエスを誘導する。
部屋の中はそのテーブルと、彼女の執務用の机以外はほとんど何もなく、嗜好品のたぐいは見つからない。
飾り気のない部屋は、そのまま彼女の実直な性格を表しているようだ。
もちろん俺はソファーには座らず、お行儀よく座るレミアの横に立っている。
「それにしても昨日の奴隷決闘は驚きました。
レミア様はとても良い奴隷をお持ちになりましたね。」
皆がテーブルに付くと、ガウルが開口一番俺のことを話題にあげる。
レミアはガウルの言葉を聞き、先ほどまでのちょっと緊張したような表情から一転、花が咲いたように顔を輝かせる。
「そうなの!レオはとってもやさしくてかっこよくて、何でもできるんだよ!」
「こらレミア、ちゃんと座ってなさい。」
バッと立ち上がりしゃべり出したレミアに、リーズがすかさず注意する。
あぁ、せっかくお淑やかにかわいくしてたのに。
まあ元気なレミアもかわいいけど。
ていうか全部かわいい。
All is cute。
「ははは、構いませんよ。
レミア様もお久しぶりです。
と言っても、最後にお会いしたのはレミア様が物心付く前でしたし、覚えてはおられませんよね。」
「そうなの?」
「そうよ、レミアが生まれたときも側にいてくれたのよ。
私も小さい頃によく遊んでもらったわ。」
「そうなんだ!
ありがとうございます、ガウルさん!」
アニエスの言葉で、レミアはガウルにペコッとお辞儀をする。
「ははっ、どういたしまして。
それにしても大きくなりましたね。
前領主フェリシア様がお亡くなりになったときは、ローズ家はお若い方ばかりで、どうなるものかと懸念しておりましたが・・・
しかし、いつの間にかアニエス様もこんなに立派になられて、もう私が心配することなど何もありませんね。」
「ありがとう、ガウルさん。
本当にお世話になったわ。」
「いえ、立場上あまりお力になれなかったことが悔やまれます・・・
ですが、これでようやく安心して、リーズ様も騎士連合の活動に専念できるというものです。」
「ちょっとどさくさに紛れて何言ってるのよ。
それなら一昨日ここで断ったでしょ。」
リーズのつっこみに、ガウルは「そうでしたかな?」と、とぼけ顔をする。
「あれ、リーズ様はもう騎士連合に入ってましたよね?」
ふと気になった疑問をリーズにぶつける。
ガウルの前なので一応敬語だ。
「そうだけど、ガウルさんが言ってるのは支部長以上の役職のことよ。
まだそこまでする余裕はないわ。
ローズ領からも離れたくないしね。」
「そうですか・・・
リーズ様ほどの技と心があれば、私も安心して推薦できるのですが。」
曰く、ガウルはかつて貴族学校に特別講師として赴き学生時代のリーズに会って以来、騎士連合に彼女を勧誘し続けているのだと言う。
「あのときは驚きましたよ。
恐ろしく強い学生がいるな思ったら、あの甘えん坊だったリーズ様なんですから。」
ガウルの話にリーズはばつの悪そうな顔をする。
リーズが甘えん坊?
想像できないな。
しかし貴族学校退学後も、アニエスの手伝いとレミアの世話に忙しいリーズにそんな余裕はなく、騎士連合の本部にもなかなか顔を出せなかったのだと言う。
それが今回、俺がローズ家に来て少し生活に余裕ができたことや、レミアがちょうど貴族議会に付いていくことになったことにより、こうして落ち着いて話す機会ができたのらしい。
「でも、本部に配属なんていうのはやっぱり無理よ。
前よりは落ち着いたとはいえ、姉さんと私の二人で八つの領地を回してるのよ。
悪いけど、あなたの誘いは受けられないわ。」
「そうですか・・・
しかしそれなら、リーズ様もお子を産めばよろしいのでは?
ちょうど良く、優秀な奴隷も手に入ったことですし。」
ガウルがなんでもないことのように、そうリーズに勧めた。
「なっ・・・!!
ななななに言ってるのよ!!
そんなのまだ早いわ!!!」
リーズはガウルの言葉を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして反論する。
そしてなぜか俺を睨む。
いや俺は何も言ってないです。
ガウルはそんなリーズの様子を見て小さく笑った。
あれ、やっぱり今のジョークか。
この人案外おちゃめだぞ。
リーズとは気心が知れているといった感じなのかな?
ガウルは赤くなるリーズを親しげに見つめた後、真面目なトーンでアニエスに話しかける。
「まあ冗談ではなく、ローズ家は親族が少なすぎます。
領地運営も安定してきたようですし、そろそろ新しいご令嬢を迎えることを考えてもよろしいのでは?」
「ふふふっ、そうね、もう少しレミアが落ち着いたら、そうしてみようかしら。」
ガウルの問いかけに、アニエスが穏やかに答える。
・・・ていうか子供を作るっていうのはつまり、俺のを使うってこと?
やばい、なんか急に落ち着かなくなってきた。
今すっごい目が泳いでる気がする。
・・・い、いや、レミアが落ち着いたらっていうのは、おそらく成人したらって意味だろう。
それならまだあと五十年はあるはずだ。
今はまだ考えないようにしておこう・・・
その後は、ガウルとローズ家の昔話や、貴族議会では話しきれなかった各領地の人口の増減、亜種討伐の状況などの細かい報告を聞いて、騎士連合の本部を後にした。
帰り際にガウルがリーズに熱心に話しかけていたことも印象的だった。
せっかくだし地下の訓練場で一戦交えないか?みたいなことも言ってた。
突っ込むのは辛うじて我慢した。
そしてローズ家一行は、魔法協会の本部へと向かう。




