31.奴隷決闘
「奴隷を使った決闘・・・?」
リナの発言に、俺は思わず聞き返す。
「ええそうよ、奴隷決闘。
奴隷同士を戦わせて遊ぶの。
貴族の間で流行ってるのよ。」
「・・・残念ですけど、この子にそんなことはさせられないわ。」
「あらそう?
奴隷収集家は皆必ずやることなのだけど。
それともなに、やっぱりその奴隷は亜種討伐用でも愛玩用でもないってこと?
不思議な話ね、私たちがそれ以外に奴隷を持つ意味ってあるの?」
リナは再び挑発するような発言をする。
「・・・最低」
リナの言いがかりのような発言に、リーズもうんざりといった様子でつぶやいた。
そんな中、
「やらせてください、アニエス様。」
俺はそうアニエスに告げる。
リナの必死さを見るに、アニエスに貴族議会で負かされ、先ほどの挑発も意に介されず、他の貴族の手前もう引くに引けない状態なのだろう。
だからこんな苦し紛れのような勝負を挑んでくるのだ。
もちろん俺はリナの勝負を無視し、何事もなく貴族議会を終え、平和なローズ家の屋敷に帰り引きこもることもできる。
奴隷保有の報告は終えたし、今後は首都に行く必要もないからな。
だがもしここで逃げれば、俺は一部の貴族が考えている通り、亜種討伐のためでも道楽のためでもない、何の意味もない奴隷になってしまう。
「政治のための奴隷」を否定できなくなってしまう。
レミアの遊び相手用、屋敷の家事用なんて言っても納得されないだろう。
リナもバカではない。
今アニエスの唯一の弱点になっている俺の存在を狙い、喧嘩をふっかけて来たんだ。
俺が勝負を断れば、それこそ自分の都合のいいように、そのことを言って回るだろう。
俺はここで勝負を受けなければいけない。
リナに、アニエスが勝負から逃げた、という弱みを与えちゃいけない。
俺自身の有用性を他の貴族たちに示さなくてはいけない。
そうしなければアニエスは今後も、俺のせいでついた汚名を被らなければいけなくなる。
「・・・やるのね?」
アニエスが俺の目を真っ直ぐに見ながら尋ねる。
「はい、必ず勝ちます。」
もう覚悟は決めた。
「フフフッ・・・
いいじゃない、思っていたより素敵な奴隷だわ。
あなたの言っていたのとは違って、賢くはないみたいですけどね。
今ならまだ他の方々も近くにいるでしょうし、すぐにでも始めましょう。
場所は会議場の横の庭でいいかしら。
私も今すぐ奴隷を連れてきますわ。」
リナは一方的にそう告げると、仲間の貴族と共に足早に去っていった。
「なんであんな勝負受けたのよ!
奴隷を持ったら必ず決闘するなんて嘘に決まってるでしょ!
それにヴラムの新しい奴隷っていったらオウガよ!
一撃でももらえば怪我なんかじゃ済まないのよ!」
リナが俺たちの元から去ると、すぐにリーズが詰め寄ってくる。
「ごめんリーズ、でもだいじょう・・・あっ!
そういえば奴隷相手に魔法って使ってもいいのか!?
たしか精霊族の財産を傷つけたらダメって制約があったよな・・・?」
「あなたそんなことも知らずに勝負を受けたの?
・・・まあそれは大丈夫よ。
相手の奴隷を殺さない限り『精霊族の財産を害すると痛みが走る』の制約は発動しないわ。」
「よかった・・・」
「よかったじゃないわよ・・・
とにかくいい、レオ?
オウガが相手なら、絶対に接近させちゃダメよ。
それと無詠唱魔法で戦うなら、どんなことがあっても心を乱しちゃダメ。
魔法が出せなくなるわ。
あともし危なくなったら迷わず周りにいる精霊族、いえ、私のところに逃げてきなさい。
奴隷は精霊族に攻撃できないはずだから。
あとは・・・」
「大丈夫よリーズ、きっと勝てるわ。」
怒ったような叱り顔から、心配で仕方がないといった表情に変わっていくリーズに、アニエスが声をかける。
「・・・まあ、姉さんが決めたことなら、私は何も言わないけど・・・」
アニエスの落ち着いた表情に、リーズは渋々引き下がった。
「レオ・・・」
レミアも俺の服の裾を掴み、不安そうな表情で見上げる。
「・・・勝手に決めちゃってごめんな、レミア。
でも、必ず無事にレミアのところに帰ってくるから、少しの間だけ許してくれないか?」
俺は膝を曲げ、レミアと視線を合わせ言う。
「・・・うん、わかった。
レオはうそついたことないもんね。
だいじょうぶ、レオはぜったい勝てるよ!」
四人でリナの指定した場所に行くと、どこから話を聞きつけたのか、既に結構な人数の野次馬が集まっていた。
先ほどの貴族議会にいた領主だけでなく、その身内らしき人や、城のメイドらしき人までいる。
決闘の場所となる庭は、城の建物に囲まれた中庭で、昨日ルナやフブキと遊んだ場所の倍以上の広さのある場所だった。
少ししてリナも中庭にやってくる。
連れてきたのはやはり、貴族議会にいたあのオウガだった。
あの時とは違い、大きい棍棒のような武器を手に持っている。
リナは集まった野次馬を見て満足げな笑みを浮かべた。
「ねぇアニエスさん、せっかくですし賭けません?」
「賭けですか?」
「そう、負けた方が勝った方の言うことを、なんでも一つだけ聞くの。
面白そうでしょ。」
「・・・ええ、わかったわ。」
「お待ちください!!」
そこに、思わず動きを止めてしまうような、空間全体に響く声がかかる。
人混みを割って出てきたのは、騎士連合総帥のガウルだった。
「どういった経緯でこうなっているのかは知りませんが、城内での争いは騎士連合の権限の元、止めさせていただきます。」
「あら、とんだ誤解ですわ!
わたくしたちはただ、奴隷を使った娯楽に興じているだけですのよ。
言いがかりはよしてくださらない。」
ルナの言葉を受け、ガウルは確認するようにアニエス見る。
「心配ありがとう、ガウルさん。
でも大丈夫よ。
もしよければ、審判をお願いできないかしら。」
「それはかまいませんが・・・
ですが本当によろしいのですか。
相手はあのオウガです。
この一匹を捕まえるのにも、結構な死傷者が出たとも聞きますし、おやめになった方がよろしいのでは?」
こちらにのみ聞こえる声でガウルが忠告する。
しかしアニエスは穏やかに微笑むだけだった。
「・・・わかりました。
それではこの決闘は、わたくしガウルが立ち会わせていただきます。」
ガウルは中庭の中心から少し下がったところに立ち、俺とオウガを向き合わせる。
ルールは奴隷が戦闘不能になるか、奴隷の所有者が降参すれば負け、また相手の奴隷を殺した場合は、殺した方が負けになるという。
五、六メートルの距離をあけ、眩しい日差しと大勢の視線の中、俺とオウガは向かい合う。
あらためて見ると、恐ろしいほどデカい。
身の丈は三メートルを越え、腕や足は俺を二人重ね合わせたよりも太い、まさしく化け物だ。
だけど、恐怖してはいけない。
余計な感情は捨てろ。
ただ魔法に集中するんだ。
中庭は静まり、緊張した空気が流れる。
「・・・始め!!」
ガウルの言葉と同時に、オウガは一直線に俺に向かい飛びかかった。
オウガの巨体と筋力からすれば、開始時の五メートルの距離などあってないようなものだ。
一歩進んで一薙すれば何もかも消し飛ぶだろう。
しかし、オウガはその一歩目を踏み出すことができなかった。
地面に頭から突っ込む。
オウガの足は、軽自動車ほどもある巨大な氷で拘束されていた。
俺が決闘開始前ただ睨み合っているだけだと思ったのか。
中庭にはすでに、そこら中に俺の魔力を広げてある。
この状態なら何だってできるんだよ!
足を拘束された状態でも、なお這って近づこうとするオウガの腕を、魔法で無理矢理押して動かし後ろ手に組ませ、足と同じように氷で拘束する。
あとは・・・水だな。
俺は魔法で大きな水の球体を出し、身動きのとれないオウガの頭全体を覆った。
オウガは懸命に頭と体を動かし抜け出そうとするが、手足を拘束された状態ではそれもかなわない。
人の顔ほどもある巨大な目を見開き、パニックになったようにめちゃくちゃに頭を動かす。
体の自由を奪えればいくらでもやりようはあった。
炎で焼いてもいいし、氷の刃を高くから落としてギロチンにしてもいい。
でもレミアにあまり残酷なシーンは見せたくはない。
これぐらいが妥当だろう。
「な、何してるの!
早く氷を壊してそのヒュムを殺しなさい!」
立て続けの魔法に絶句していたリナが、我に返ったようにオウガに向かってヒステリックに叫ぶ。
しかし、その数秒後、
「ゴボボォボォォァアアア!!!」
オウガが水中で悲痛な叫び声を上げ、体中を痙攣させた。
な、なんだ!?
予期しない反応に魔法を解くと、オウガは既に気を失っていた。
苦しんでいたのか?
急になぜ?
・・・もしかして、今のが奴隷化魔法の制約か?
水から出るのに夢中になって、リナの言った俺を殺せという命令を無視したから、制約の痛みで気絶したということか?
・・・結局最後は相手の自滅か。
まあいいだろう。
勝ちは勝ちだ。
だけどまだダメだ。
どうしても、リナに一言いってやりたい。
後ろにいるアニエスを見る。
俺が視線を送ると、アニエスは少し困ったように微笑んでからコクリとうなずいた。
静まり返るの中庭の中心で、俺は倒れるオウガの向こうにいるリナを見る。
そして姿勢を正し、恭しく礼をした。
「先ほどはローズ家及びレミア様をご心配いただき、ありがとうございました。」
初めの見下すような目ではなく、忌々しい敵に向けるような目をするリナに、俺はなおも言葉を続ける。
「リナ様のおっしゃった通り、お優しいレミア様は死ぬ寸前の私をお救いになり、悲しいことに魔力を半分にしてしまいました。
しかしそんな今でさえ、亜種の私が無詠唱魔法を自在に使えるほどの魔力がレミア様にはあります。
そんなレミア様ならば、ご心配なさらずとも、あなた様よりはきっと長生きできるしょう。」
この世界では魔力=寿命だ。
自分の見下す奴隷から、半分になってもお前より魔力が多いのだと言われたんだ。
魔力主義者のリナからしたら、笑えない冗談だろう。
「あ、あなた!
今私をバカにしたでしょう!?
奴隷の分際で!!」
「そんなつもりはございません。
ただ事実を申したまでです、リナ様。
決闘ありがとうございました。
とても楽しかったですよ。」
リナは整った顔を大きく歪め、ものすごい形相でこちらを睨んだ後、そばにいた使用人に奴隷をまかせ逃げるように中庭から去った。
・・・言い過ぎたかな?
いや、レミアやローズ家を傷つけようとしたんだ。
優しいくらいだろ。
俺もアニエスたちの元へ戻る。
「お疲れさま、ありがとう、レオ。」
「・・・余計な心配かけさせないでよね。」
「かっこよかったよ、レオ!」
ざわつく野次馬の間を通り、話しかけてくる大勢の貴族をやりすごしながら、俺たちは中庭を後にする。
去り際、やはり他の貴族たちの視線を感じたが、貴族議会の時と比べると、ちょっとはマシなものに変わっていたような気がした。




