30.貴族議会②
フェリルの進行のもと会議は続く。
騎士連合、魔法協会の報告の後は、新しい国家法案と改正案の採決とやらに移った。
正直、聞いていてもさっぱりわからないものばかりだが、リーズの言っていった通り、奴隷や危険魔法の規制に関係する法案はことごとく否決されているようだった。
ちなみに、あのでかいオウガとかいう奴隷は、余りに鼻息がうるさいので途中で退室させられている。
「それでは最後に、今回提出された議題についての審議、採決を行いたいと思います。」
長い法案の採決が終わり、ようやく議会の終わりが見える。
やっと最後か。長かったなー。
何時間経っただろうか。
でも、窓際に並ぶ騎士たちは流石だな。
重い鎧を着て立ち続けているのに、全く姿勢が崩れていない。
テルテだけは疲労困憊の顔を隠せてないが。
などとよそ見をしていると、再び議論が加速し出す。
議論の白熱具合を見ると、ここからの話し合いも長くなりそうだ。
関税やら移民やら、どこそこの亜種の討伐は誰が受け持つかなど、様々なことが議題にあがる。
「それでは、次の議題はリナ様からです。」
いくつかの話し合いの後、リナの議題に移る。
「わたくしの領地の一つに、古い風習の残っている村があるのですけど、そこの改革をこの場で許可していただきたいのですわ。」
改革の許可?
領地管理は領主に任されてるんじゃなかったけ?
ここで言わずとも、すればいいんじゃないか?
「そこは奴隷を用いた狩りと、小規模な農業で生計を立てている村ですの。
問題なのはその村にある『成人を迎えた者は、亜種を一匹奴隷に持たなければいけない』などというふざけた決まりですわ。
自分の領地のことで恥ずかしい限りですけど、そんな前時代的な悪習は無くすべきと思いましたの。
そこでまず、その村のある結界には新しい街道を整備し、働き口も斡旋し、ヴラム領の首都への経済にも参加できるようします。
古くさい村単位の経済から抜け出させるのですわ。
もちろんそれに伴い、次世代の奴隷の保有と、奴隷を用いての狩りは禁止いたします。
少し強行ですけど、悪習を絶つには、それくらいしなければけません。
それが領民のためですの。」
なるほど、詳しい内容はわからないが、たぶん「領地運営法に引っかかるけど、改革が必要だから特例で認めてくれ」みたいな要求か。
でも言ってることはまともだし、これは許可してもいいんじゃないか?
「質問いいかしら。」
そこでアニエスが挙手する。
「なにかしら、アニエスさん。
奴隷規制推進派のあなたは、もちろん賛成してくれますわよねぇ。」
「ええ、奴隷化魔法の強制なんて、悲しいことだと思うわ。
でもあなたの言う村というのは、コルド村のことよね。
あそこは奴隷所有が嫌なら村から出ることもできるし、奴隷を用いた狩りも奴隷化魔法発明以来の伝統的なものよ。
奴隷保有の強制があるなら正すべきだけど、なにからなにまで禁止って言うのは、少し早急じゃないかしら。」
「よく勉強してらっしゃるのね。
でも、そこまでしないと領民の意識は変えられないの。
これが村と領民のための一番の方法ですわ。」
リナは自信たっぷりに語気を強め言う。
「そう・・・なら、あと二つだけ質問いいかしら?」
「なんですの。」
「狩りを禁止するなら、奴隷の労働先はどうするの?」
「もちろん、奴隷も領民の財産ですからね。
悪習の原因になっている狩り以外は何でも自由を認めますわ。
あと一つあるのでしたわね。
他の議題も控えてますし、手短にお願いしますわ。」
「・・・じゃあ、コルド村の北東の地域で、亜種討伐の報奨金が下がったのはどうして?」
「!!」
アニエスの言葉に、余裕の表情だったリナの顔が一瞬こわばる。
「あの場所は前々から、亜種討伐と領地開拓を進めていたわよね。
どうして最近になって急に討伐報酬が下がったの?
領地開拓をあきらめたの?
それとも、亜種討伐の人員に目星でもついたのかしら?」
静かにこちらを睨むリナに向かって、アニエスはなおも言葉を続ける。
「村の新しい産業がものになるまで、奴隷を遊ばせている訳にもいかないでしょうし、狩りを禁止されれば奴隷は皆、亜種討伐に参加することになるわね。
でも労働の自由を制限することは違法よ。
それにこれだと、領地開拓のための間接的な徴兵にもなるんじゃないかしら。
そうよね、ガウルさん?」
アニエスは壁際に立つガウルに声をかける。
「・・・はい、審議は必要ですが、おそらく。」
「・・・それ以前に奴隷保有の強制自体が違法ですわ。
領主として、あの村の現状を改善する義務がわたくしにはあるの。」
リナが静かな口調で反論する。
「それなら奴隷保有強制の禁止だけで十分でしょう?
領地運営法に違反した方法での改革に、私は賛成できません。」
「・・・クッ!」
そこで初めてリナは苦々しい表情を露わにした。
結局、奴隷保有強制の禁止と、騎士連合の監視強化だけが決まり、審議は次の議題へと移る。
リナは他の議題の審議中もたびたびこちらを睨んで来た。
相当悔しかったようだ。
しかし、アニエスの提出した議題に感情的に反論してくる、といったこともなく、その後も冷静に審議に参加しているのを見ると、リナも流石多くの領地を持つ領主なのだと感じさせられる。
そうして全ての議題を消化し、フェリルの宣言のもと、貴族議会が終わる。
マリル他数名の貴族と短く言葉を交わした後、アニエスと俺は会議場を出た。
少し歩くと、いくつかのイスとテーブルの置かれた広い休憩所のような場所に、レミアとリーズがいるのが見えた。
向こうもこちらに気がつく。
「アニエスおねえちゃん!おかえり!」
「お疲れさま、姉さん。
会議はどうだった?」
「ふふふっ、問題ないわ。
レオが見てたから、ちょっと張り切っちゃった。」
「レオもお疲れさま。
何も粗相はしてないでしょうね?」
「あ、ああ、大丈夫だと思う。」
「後ろにいてくれて心強かったわ、レオ。」
アニエスは俺の手を取り、ふふふっ、と微笑む。
うーん、俺がなにかできたとも思わないけど・・・
まあ褒めてくれるなら素直に受け取っておこう。
休憩所のソファーに座りながら、アニエスは貴族議会の様子をリーズに話す。
メモも取ってないのに、よくそんなに覚えていられるな。
レミアも俺の膝に座りながら真面目そうに話を聞いているが、たぶん全然わかっていないだろう。
その証拠に、二人に見えないテーブルの下で俺の手をニギニギして遊んでる。
集中してないな。
そんなところもかわいい。
アニエスの説明が奴隷報告の場面に入る。
「そういえば奴隷報告の時に、アニエスの発言で会場がざわついたのってなんでだ?
俺たちを見る目もあんまり感じのいいものじゃなかったし。
なんか笑われてるみたいな。」
「うーん、それはね・・・」
アニエスが言いよどむ。
「・・・どうせ他の貴族は、姉さんがパフォーマンスで奴隷を持ったとでも思ってるんでしょ。」
「どういうことだ?」
吐き捨てるようなリーズの発言に、俺は再度質問する。
「話すと長くなるけど・・・
現状、貴族が奴隷を持つ理由は、領地拡大の戦力としてか、道楽、もとい権威誇示のためかのどちらかなの。
そして、貴族が自分自身で魔法を使って奴隷を持つのは、『相当強い亜種を奴隷にしたから、亜種討伐と領地拡大に本腰を入れる』ということを意味するの。
派遣とか他人の奴隷だと、元の所有者が『言うことを聞くな』と言えば借りている方は奴隷に命令ができなくなるし、命令の優先度も元の所有者の方が高いから、裏切りのリスクがあるしね。」
「なるほど、アニエスが領地を増やそうとしてる、と思ってざわついたのか」
「それもあるわね。
でも、あなた弱そうでしょ?」
「お、おぅ。」
えっ、急にディスられたんだけど。
なんで?
「変な顔しないの。
別に貶したわけじゃないわ。
つまり、そんな状況で、明らかに領地開拓目的じゃない奴隷を連れてきた姉さんを見て、一部の貴族は『奴隷規制推進派のアニエスが、奴隷売買禁止の強化という自分の立場をアピールするために、身内を使ってパフォーマンスをした』って考えたんじゃないかって話よ。
期待や警戒じゃなく、笑われてるって他の貴族から感じたのなら、多分そうね。」
「え、アニエスはそんなことしないだろ。」
「そうよ、そんなこと絶対にしないわ。
姉さんの性格を知ってれば、すぐにでもわかることなのにね。
ほんとバカじゃないのって感じよ。」
リーズが眉間にしわを寄せ答える。
いつも以上に辛辣な口調だな。
リーズは前にも、「貴族連中は嫌い」みたいなことを言っていたし。
まあ、俺も正直あまりいい気分じゃないから、気持ちは分かるけどね。
でもそうか・・・
やっぱり、俺が奴隷になったのはローズ家にとっては不利なことだったんだな・・・
いや、悩んだって今更どうしようもないことだ。
俺がすべきなのは、それでも俺を受け入れてくれたローズ家にしっかり恩を返していくことだけだ。
「だめよ、そんな暗い顔してちゃ。
もう大変なことは終わったんだから、みんな明るい顔をしましょう。」
「そうだよ!レオわらって!」
膝の上に乗ったレミアが俺を見上げニコーッと笑う。
「・・・そうだな!
笑顔でいなくちゃな!
ほら、どうだ!」
俺もレミアと同じように満面の笑みをつくる。
「うん!いいよレオ!」
「よっしゃ!
ほら!リーズも笑って!」
俺は、優しく見守るような目をするリーズも巻き込む。
「え、私も?
わ、私はいいわよ、恥ずかしいし・・・」
「もう、そんなこと言わないの。
ほら、リーズ笑って。」
「も、もう!姉さんまで止めてよ!」
そう言いながらも、姉妹同士のスキンシップにリーズも楽しそうな表情を浮かべる。
そこに、
カツンッ!カツンッ!カツンッ!
と、なんだか気性の荒い足音が聞こえてくる。
廊下の向こうからやってきたのは、貴族仲間を数人引き連れた、ヴラム領領主リナ・ヴラムだった。
リナはこちらに気がつくと一瞬不機嫌そうな顔をするが、足を止め声をかけてくる。
「ごきげんようアニエスさん。
ずいぶん賑やかですこと。」
「ええ、ごきげんようリナさん。
ふふふっ、そうなの。
今回は末妹のレミアも舞踏会のために来てるのよ。
レミア、挨拶して。」
そう言いアニエスはレミアを見る。
レミアはぴょんと俺の膝から降りると、少し緊張した面もちで挨拶をした。
「こんにちは!
レミア・ローズです。
よろしくお願いします!」
「あら、かわいらしいこと。
・・・フフッ。」
そう言うとリナは頬を少しだけ上げ不気味に笑う。
そしてそのまま俺の方にも視線を移してきた。
なんだ?
「この子が、このヒュムを奴隷にしたって子ね。
残念ねぇ、こんなにかわいいのに政治の道具にされてしまうなんて。
それとも、家の者が奴隷を持たなきゃいけないほど家計が苦しいのかしら。
どちらにせよ、ローズ家は落ちぶれましたのねぇ。」
・・・はっ?
「それに、この前当主がお亡くなりになられたばかりなのに、今度は奴隷化魔法なんかで魔力を削って、またすぐに家族が減ってしまうのでしょうね。
その上、奴隷にしたのがこんな貧相なヒュムでしょう。
かわいそうだわぁ。」
リナと共にいた他の貴族も、こちらを見ながらクスクスと笑う。
・・・こいつ!
リナの挑発するような言葉とレミアの怯えた姿に、俺は我慢できず立ち上がろうとする。
しかしそのとき俺の手を誰かが優しく包んだ。
アニエスだった。
「お気遣いありがとう、リナさん。
でもこの子にも、この子に奴隷化魔法を使ったことにも、私たちは皆何の不満もないの。
私たち、この子のおかげで今とても幸せよ。」
穏やかな表情でアニエスはリナに告げた。
・・・すごいな、アニエスは。
あんなめちゃくちゃに言われた相手にさえ、こんなにも優しい。
「それじゃあ、私たちはこれで失礼しますね。
舞踏会ではまたよろしくお願いします、リナさん。」
「・・・お待ちなさい、アニエス!」
渾身の嫌味にも柳に風といった様子のアニエスに、苦虫を噛み潰したような表情になっていたリナが、部屋に帰ろうとする俺たちを呼び止める。
「決闘をしましょう。奴隷を使った決闘を。」




