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29.貴族議会①

 翌日、俺はアニエスと共に城の中心にある巨大な扉の前に来ていた。

 扉の両側には白銀の甲冑を身にまとった衛兵が立っている。

 兜のせいで表情は読めないが、身の丈以上もある槍を持ち、微動だにせず立つその姿からは、物々し雰囲気さえ感じる。

 扉の先は貴族議会の会議場だ。


 緊張してきたな・・・

 いや、こういうときこそ笑わなくては。

 バイト先のマスターも言ってただろ、「辛いときこそ、笑顔だよ」と!

 マスターの言うことなら間違いないはず!

 笑顔だ、笑顔を作るんだ!

 笑顔、笑顔、エガオ・・・・


「ふふふっ、緊張してるの?」


 ひきつった笑顔を作る俺を見て、アニエスは優しく微笑む。


「ちょ、ちょっとだけ・・・」


「大丈夫よ、あなたは私の後ろに立っているだけでいいの。

なにも心配することはないわ。

・・・なんなら手をつなぐ?」


「そ、それだと、余計緊張しちゃいますよ・・・」


「ふふふっ、冗談よ。行きましょう。」


 アニエスは子供っぽく笑い、俺の頬を一度だけ優しくなでた後、歩を進めた。

 ど、ドキドキした。

 最近アニエスが忙しくて話す機会がなかった分、余計ドキドキした。

 キスできそうなくらい近かったなぁ。

 しちゃえばよかったかな?

 いや、刺されるな。

 衛兵に。

 でもアニエスのいたずらのおかげか、さきほどまでの緊張は嘘のように消えていた。

 緊張のドキドキが、アニエスへのドキドキに上書きされた感じではあるが、こっちの方が何倍もいいな。



 アニエスが衛兵に声をかけると、大げさな音を立てて会議場への扉が開く。

 部屋に入りまず目に入って来たのは、数十人は座れるほどの大きな円卓だった。

 円卓は大きな一枚岩の真ん中がくり貫かれたドーナツ状のもので、くり貫かれた部分の床には直径二メートルほどの大きな魔法陣が設置されていた。


 部屋を見渡す。

 壁や窓には他の場所と同じように華やかな装飾が施されてはいるが、部屋の中には円卓と椅子以外何も置いておらず、まさしく話し合うためだけの空間といった感じだ。

 部屋の端には、中央の円卓を見守るように、数名の騎士が並び待機している。

 上を見上げると絵画の描かれたドーム状の天井も見えた。

 天井が高いせいで詳細には見えないが、一人の魔術師のそばにライオンのような生き物が一匹よりそっているのを見ると、建国者である大魔導士アーサーの絵だとわかる。


 おっと、あまりキョロキョロするのはよくないな。

 おのぼりさんだと思われてしまう。

 ビシッとしてよう。



 アニエスの後に続き円卓に近づく。

 円卓にはすでに何人かの貴族が着席していた。


 額に角の生えた黒髪の大柄な女性に、透明なベールをした女性、暗い緑色の短髪の頭の両脇に湾曲した角の生えた女性、背中に白い翼の生えた女性など、様々な見た目の種族が集まっている。

 着ている服もそれぞれ異なり、アニエスのように西洋風のドレスを着ている人もいれば、軍服に黒いマントという出で立ちの人や、見慣れない民族衣装を着た人もいた。


 マリルもすでに席についていた。

 彼女はこちらに気がつくと小さく手をふる。


「おはよう、マリル。」


 アニエスがマリルの隣の椅子に座る。


「おはようございますぅ、アニエスぅ~。

レオさんもぉ、元気そうですねぇ~。」


「はいマリル様、おかげさまで。」


 軽い挨拶を交わした後、アニエスとマリルは穏やかな表情で世間話を始める。

 全然緊張してないなこの二人。




 しばらくすると、円卓の椅子も全て埋まる。

 全部で二十人くらいだろうか?


 座っている貴族の中には、ルナによく似た銀髪の女性もいた。

 おそらくあれがルナの姉、ヴラム領の領主だろう。

 彼女は得意げな顔で隣の女性となにか話している。


 ・・・だが、それより気になるのは、彼女が連れてきた生き物の方だ。

 彼女の後ろには、三メートル近くもある一つ目の巨人が立っていた。

 手枷はされているが、呼吸は荒く、血走った巨大な一つ目で辺りを落ち着きなくうかがっている。

 巨人の足下にはローブを着た魔術師風の女性も立っていた。

 巨人が暴れ出さないように見張っているようだ。

 あの亜種も俺と同じように、奴隷保有の報告のために連れて来られた奴隷だろう。

 日頃は結界内にいるからわらないが、あんなのを見ると、改めて恐ろしい世界だと感じるな。

 あんなモンスターが闊歩し襲ってくる世界なんだ。

 正直ぞっとする。



「こほんっ、それでは皆様そろいましたようなので、精霊歴7114年度、第二回貴族議会を始めさせていただきます。」


 広い室内に響いた、かわいらしいキーの高い声に、会場の話し声が止む。

 いつの間にか、円卓に囲まれた魔法陣の上に、黒い執事服を来た女性がいた。

 しかし、なにかがおかしい。

 一言で言うと、小さい。

 背が低いとか遠近法とかではなく、本当に小さい。

 たぶん手のひらより少し大きいくらいじゃないだろうか?

 そんなお人形みたいに小さな女の子が、透明な四枚の羽根をはばたかせながら円卓の中心でふわふわと浮いている。

 ・・・妖精?

 あれも、精霊族なのか?


「議長は今回もわたくし、フェリルが勤めさせていただきます。」


 フェリルと名乗る妖精さんは、空中でうやうやしく礼をした後、中央の魔法陣の上に着地する。

 すると魔法陣が淡く光り、少し見上げるような位置に、光る球体が現れた。

 おお、なんか近未来っぽい。

 部屋の中は中世西洋なのに。



「それではまずは通例通り、騎士連合の報告からまいりましょうか。

ガウル様、よろしくお願いします。」


 フェリルがそう言うと、窓際に並んだ騎士の中から、一人が前に出る。


「ハッ!ではわたくし、騎士連合総帥ガウルが、騎士連合管轄事項の報告をさせていただきます。」


 おお、なんかカッコいい人が出てきた。

 女性につかう言葉ではないのかもしれないが、精悍な顔つきの、忠義を守る騎士といった雰囲気の人だ。

 総帥と言っていたし、この人が騎士連合のトップだろう。

 大きなマントをたなびかせ、他の騎士とは異なり槍ではなく剣を帯刀しいる。

 頭からは生えた犬耳を見るに、マリルと同じ犬種だろうか。

 犬耳の片方が食いちぎられた様に欠けているのが目を引く。


「まずは領地数の増減と、総領地数についての報告です。

先月ドラーク領において、領地の一つが人口不足により領地認定剥奪となりました。

そのためドラーク領の領地数は一つ減り14となり、精霊国全体の総領地数は現在134であります。」


 ガウルは粛々と報告を続ける。


「続いて、前回報告された領地運営法違反についての現状報告です。

ドラーク領において報告された領民の強制移住は、現在までに改善されました。

違反金も納付済みです。

新しい領地運営法違反の報告はありません。」


「最後に亜種の発見報告です。

北方領、ドラーク領に飛行系の亜種の群、ヴラム領にオウガ種、西方領、ローズ領にヒュムの変異種、南方領、ネーヌ領付近の海域にーーー」


 ガウルは領地名と亜種の種類をつらつらと述べていく。


 正直、入ってくる情報量が多くて付いて行けてない・・・。

 はじめは総領地数だったか?

 確か130くらいって言ってたな。

 領地数が8個のローズ家は多い方なのか?

 130をだいたいの人数の20で割ると・・・

 平均は6とちょっとってとこか?

 じゃあ多いのかな?わからん。


 あと亜種の報告でローズ領の名前も挙がってたな。

 ヒュムの変異種とか言ったか?

 やっぱりアニエスはそういう亜種被害への対応もしているのだろうか。

 大変だな。

 俺もなにかアニエスの仕事を手伝えればいいのだが。



「以上で騎士連合の報告を終わります!」


 長い亜種の発見報告を終え最後に一礼すると、ガウルは元いた位置に戻る。


「それでは次に魔法協会の報告を、テルテ様、お願いします。」


 フェリルが声をかけると、並んだ騎士の間から、つばの広いとんがり帽子をかぶった女の子が出てくる。

 小さくて気づかなかったな。

 立派な魔術師風の格好をしてはいるが、体が小さくぶかぶかなせいで、なんだか下手なハロウィンのコスプレのようになっている。


「ま、魔法協会、会長の、て、テルテです。

魔法協会、管轄事項の、報告を、さ、させていただきます!」


 さっきのガウルとかいう人とは打って変わって、ガチガチに緊張している。

 手に持った報告書も小刻みに震えてるし。

 なんだか、娘の初めての発表会を見てるみたいだな。

 こっちまでハラハラしてくる。


「さ、最初に、亜種結界についての報告です。

現在までに、異常の見られる亜種結界はありませン!」


 そういえば魔法協会の仕事は、亜種結界と奴隷の管理だったっけ。

 ていうか、テルテちゃんは緊張しすぎて声が裏返っちゃってるじゃん。

 大丈夫かな・・・


「次に、領地ごとの奴隷数です。

北方領、ドラーク領が720、ヴラム領がーーー」


 テルテが手にした報告書を見ながら領地名と数を読み上げていく。

 この報告はどうでもいいな。


「次に、貴族の保有する、奴隷数の変化でしゅ、です!」


 あ、噛んだ。

 てっ、実況してる場合じゃない。

 とうとう来たぞ。

 たぶん、ここで俺が紹介されるはずだ。


「ぜ、前回の貴族議会から現在までに、レミア・ローズ様、リナ・ヴラム様がそれぞれ一体ずつ、新規の奴隷を、保有しました。

その結果、ローズ家の奴隷保有数が一、ヴラム家は新しい奴隷を保有する際、保有奴隷の一匹を手放しましたので、保有数は変わらず五となります。

それでは、両家の代表は、奴隷保有の報告をお願いします。

では、まずはアニエス様。」


 アニエスはテルテの声にうなずき、静かに立ち上がる。


「この子が、先月うちの末妹のレミアが、奴隷化魔法をかけた奴隷よ。」


 アニエスの言葉に一瞬会場がどよめく。

 俺は体を45度に傾け礼をした。

 ・・・亜種ぽっくないと驚かれることには慣れたが、今のは何か様子が違ったな。

 俺にじゃなくて、アニエスの言葉にザワついたようだ。

 ということは、レミアが奴隷化魔法を使ったことに驚かれたのか?

 それにもうひとつ気になるのは、貴族たちの俺を見る目だ。

 信じられないと驚くような目に、値踏みするかのような目、何かを期待するような目。

 その種類は様々だが、その中でも多いのは、嘲笑を含んだ見下すような目だった。

 正直、大勢の他人からの視線が、こんなにも苦痛なものだとは思わなかった。

 貴族の彼女らが俺をどういう意味合いで見ているのかはわからないが、思わず逃げ出したくなるくらいの不快な視線だ。

 心が磨り減らされるようだ。


「群からはぐれた亜種だったので正確な種族はわかりませんけど、おそらくヒュムの変異種ではないかと思います。

とても穏やかで、優しい性格の子なの。」


 アニエスはそう言うと、俺の方を振り向き優しく微笑みかける。

 その目からは、「大丈夫よ、安心して」という言葉が聞こえてくるようだった。

 ・・・情けないな。

 アニエスも俺と同じようにこの視線に晒されているはずなのに、心配ばかりされてる。

 俺もアニエスを支えられるくらい強くならないと!

 絶対に目も逸らさないぞ!


 ・・・そういえば、さっきの騎士連合の亜種発見報告で言ってたヒュムの変異種って俺のことだったのか。

 ということはヒュムとかいう亜種は人間に似てるってことか。

 ちょっと会ってみたいな。



「ハンッ」


 そこに、人を小馬鹿にしたような鼻で笑う声が響く。

 声の元を見ると、巨人を連れて来ていた銀髪の貴族と目があった。

 ルナの姉である、リナ・ヴラムだ。


「もうアニエスさんの報告はよろしいのではなくて。

たいした奴隷でも無いみたいですし。

わたくしの新しい奴隷の紹介をさせてもらってもいいかしら、テルテさん?」


「は、はい、では次はリナ様、お願いいたします。」


 リナは得意げな顔で立ち上がり奴隷の紹介を始める。


「フフッ、皆様もうお気づきかと思いますけど、わたくしの新しい奴隷はオウガですわ。

 数体の群でしたのでかなり苦労しましたけど、なんとか生け捕りにして奴隷にしましたの。

 この子は今までのどの奴隷より力が強いんですのよ。

 武器を持たせれば、民家くらいは一振りで簡単に壊せてしまいますの。

 非力なヒュムなんかとは違ってね。」


 リナはそう言うと、勝ち誇ったようにアニエスを見る。

 なんだこの人。

 ルナの姉らしいから仲良くなりたいとも思ったが、ルナとは違ってかなり性格悪そうだな。

 アニエスに敵意むき出しじゃないか。



「あ、ありがとうございました。

そ、それでは、これで貴族の奴隷保有の報告は終わりです。」


 テルテが、見てはいけないものを見てしまった、といった表情で報告の終わりを告げる。


「さ、最後に新魔法の報告と、規制の有無につての審議、採決です!」


 そう言うと、テルテは急に目を輝かせイキイキと話を始める。


「今回報告する新魔法は一つで、『食べ物を甘くする』魔法陣魔法です。

魔法陣の大きさは一メートル近くあり、魔力も二時間以上流し続けなければ甘くならないのですが、この魔法のすごいところは、元の食べ物の成分を損ねることも、何か新しい成分を加えることもせずに味だけを変えることができる点なんです。

この魔法陣が見つかった当初は、食べ物に砂糖を混ぜるか、食べ物に含まれる特定の成分を砂糖に変える魔法かと思われていたんですけど、実はそうじゃなかったんです。

この魔法の肝になっていたのは妖狐種の幻術魔法にもよく使われる魔法文字で、それの影響で味覚を誤認識させる効果が出ていたんです!

なにがすごいかって、この新魔法の発見により今まで視覚にしか使えないと思われていた幻術や、それに分類される魔法文字が、他の感覚にも応用できるかもしれないという無限の可能性をーーー」


「いつまで話してるんだ!

そんなくだらない魔法の詳細などいらん!

討論も必要ないだろう。

さっさと採決を取れ!」


 貴族の一人が怒声の様な声をあげる。


「ひゃ、ひゃい!申し訳ありません・・・

そ、それでは、フェリルさん、採決をお願いします・・・」


 浴びせられた言葉にビクッと体を震わせた後、テルテは弱々しい声でフェリルに話しかけた。

 顔も今にも泣きだしそうな表情だ。

 あぁ、かわいそうに・・・

 まあ確かにちょっと自分の世界に入ってたとこはあるけど、そんな怒ることないでしょ。

 会場の空気も始まる前に比べてピリピリしてるし、なんだか胃が痛くなってきたなぁ・・・


「それでは、この魔法の無規制での公布に賛成の方は挙手をお願いします。」


 フェリルの呼びかけに貴族たちが挙手をする。

 すると円卓の中心で浮かんでいた光の球体の模様が変化し、何か文字が浮かび上がった。

 うーん、読めない。

 でもこっちの世界の数字も混ざってるな。

 あれなら読めるぞ。

 えーと・・・134と0?


「それでは満場一致で、この新魔法は無規制で公布する事とします。」


 フェリルが球体の文字を見て言う。

 なるほど、この球体が挙手採決の結果を知らせてくれるんだな。

 確かに人によって持ってる領地の数が異なる分、数えるのも大変だろうしな。

 便利な魔法があるもんだ。


 ・・・早く終わんないかな、この会議。



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