26.吸血娘と雪娘①
首都に着いた翌日の昼前、夏の香りも感じる暖かな日差しの下、芝の生えた城の中庭のベンチで、俺とレミアは二人でぼぉーと座っていた。
今朝、アニエスの部屋に集まり、お城の使用人が持ってきた朝食を皆でとっていたときのこと、「今日はお城の探検に行こう!」とレミアと二人で盛り上がっていたら、それを聞いたリーズに怒られた。
曰く、城の中には入室禁止の部屋もあり、また他の貴族の部屋に用もなく近づくこともマナー違反なのだという。
そして、「外で遊びたいならここにしなさい」と連れてこられたのがこの中庭である。
天気がいいとはいえ、広く入り組んだお城の探検を、と心を踊らせていた俺とレミアからしたら、少々物足りない。
まあ、しょうがないけどね。
遊びに来たわけではないんだし。
でもせめて、お城の頂上からの景色だけでも見たかったなぁ。
「なにしよっかレオ・・・?」
「うーん、そうだなぁ・・・」
気が抜けたような声でレミアが俺に尋ねる。
俺としてはレミアと日向ぼっこするのも悪くないけど、レミアは退屈かもしれないな。
うーん、アニエスかリーズに付いていけばよかったか?
でもアニエスは明日の貴族議会に向けての話し合いだし、リーズは騎士連合の本部にいるお偉いさんと会うとか言ってたし、付いていけないよなぁ。
とそのとき、中庭に面した廊下に誰かがやってくる。
見ると、小さな子供が二人、手をつなぎ歩いていた。
一人は長いつややかな銀色の髪を、頭の後ろで結びハーフアップにした、黒いゴスロリ服の少女。
幼さはあるが、リーズに似た気の強そうな美人顔だ。
背丈はレミアより少し高いくらいだろうか。
もう一人は花の刺繍が入った白い着物を着て、腰ほどまであるストレートの黒髪をパッツンにした少女だ。
しかし切る位置が低すぎるのか、目元は完全に隠れ、うつむき歩いていることもあり、表情は見えない。
こちらは背丈も年もレミアと同じくらいだろう。
手まで繋いでいるところを見ると、どうやら仲良し同士のようだ。
見たところ、たぶん彼女らも貴族議会に来た貴族だろう。
レミアと年も近そうだし、話しかけたら友達になってくれないかな?
そんなことをぼんやり考えていたが、よく見ると何やら様子がおかしいことに気がつく。
前髪パッツンの少女は、銀髪の少女に手を引いてもらってはいるものの、足取りはフラフラで、見るからに体調が悪そうだ。
手を引く銀髪の少女は、何かを探すように周りをキョロキョロと見回しながら、時折心配そうにパッツン少女に声をかける。
「・・・レミア、ちょっとここで待っててくれるか?」
暑いにも関わらず、座る場所を俺の膝の上に移そうとするレミアに声をかける。
「どうしたのレオ?」
「ほら、あそこにいる子、なんだか体調が悪そうだ。
何かあったのかもしれない。」
「わかった!
じゃあレミアもいく!」
俺の話を聞き、ちょっと真面目な顔になったレミアと共に、歩いてきた二人に近づく。
「どうした、大丈夫か?」
「だいじょうぶ?」
とうとう廊下に座り込んでしまったパッツンの少女と、彼女の背中を心配そうにさする銀髪の少女に話しかける。
こちらに気が付いた銀髪少女は、俺の顔を見ると、
「そ、そなた奴隷だな!
今すぐ城の者を呼んでくるのだ!
フブキの様子がおかしい!」
と早口に言う。
かなり動揺しているようだ。
「大丈夫だ、安心しろ。
ちょっと診せてくれるか。」
俺は取り乱す銀髪少女を落ち着かせるため、ゆっくりと諭すように言いながら、パッツン少女の前に屈み様子を診る。
呼吸が速い、顔も火照っている。
顔を隠す髪をどかし、おでこに触れた。
体温が高いにもかかわらず、あまり汗をかいていない。
「フブキは雪種だから、暑いのはダメだったみたいなのだ。
部屋にいたら急に倒れて・・・」
初めは何か言いたげだった銀髪少女も、俺が真面目に症状を診ているのを察してか、ここにいたる経緯を説明してくれる。
慣れない暑さが原因でこの症状となると・・・
たぶん熱中症だな。
異世界だがこれだけ症状が同じなら間違いあるまい。
といっても油断はできない。
手足の痙攣こそ無いが、体力の少ない子供だし、なるべく早めに対処しないと大事に至ることもある。
なにより、倒れてる本人は相当つらいはずだ。
俺も一度倒れたことがあるからわかる。
応急措置程度だが、そのときに付けた知識を生かせるはずだ。
とりあえずここは日陰だからいいとして、早くどこかから飲み物を持ってこないと。
・・・いや、水なら出せるな、魔法で。
「レミア、悪いけど、部屋からコップか何か持ってきてくれないか?」
「わかった!」
レミアは元気よく返事をすると、パタパタと廊下を走っていく。
あとは体を冷やさなくちゃな。
俺はポケットからハンカチを出し、魔法で濡らした後、座り込む少女の首に緩く巻き付ける。
あとは何ができる?
確か俺が倒れた時は、すぐに涼しい部屋に行って休んだよな?
涼しい部屋か・・・
俺はパッツン少女の周りに魔力を流しイメージする。
するとすぐに、エアコンの効いた部屋のような冷たい空気が少女を覆った。
でも外だし、このままじゃすぐに空気が散っちゃうな。
というわけで、さらに魔法で彼女の周りに氷のかまくらを作る。
魔法で気温が変えられることや、氷が出せることは、夜中の魔法練習で発見した。
どうやら無詠唱魔法に必要なイメージは、五感で正確に想像できかによるらしい。
水や火や氷、物を押す感覚や、熱が奪われる感覚は、日常で慣れ親しんだものであり、魔法でも再現できた。
出来なかったのは、雷や爆発など、視覚でしかイメージ出来ないもの。
あとは想像する項目が多かったり、複雑すぎる物もだめだった。
一度夜に小腹が空いて、お昼に食べたケーキを魔法で出せるかと試したことがあった。
しかし、ケーキの味、香り、見た目、構造、触感etc・・・とあまりにも考えることが多すぎて、魔法で出すのは不可能だった。
これだけ想像することが多いと、考えたそばから、その前にしたイメージが消えてしまう。
その後、甘いスポンジだけなら出せたことから考えると、想像力の問題で、魔法ではある程度単純な物質しか出せないようだ。
体が冷まされ、パッツン少女の表情も少し和らいだように見える。
魔法で冷たい水が出せるので、氷魔法の出番はあまり無いかなと思っていたが、思わぬところで役に立ったな。
それにしてもやっぱり便利だな魔法。
何も用意してなくても、ここまで対処できるんだもんな。
「こ、これは氷か?
魔法で出したのか?
そなた北方領の亜種なのか?」
心配そうな顔で黙ってみていた銀髪少女も、俺の立て続けの魔法に驚いたように尋ねる。
「いや、ローズ領だから・・・西かな?」
銀髪少女の質問に適当に返事をしながら、応急処置を続ける。
体を冷ますのはとりあえずこれで大丈夫だな。
水分補給はまだとして、あとは・・・
楽な姿勢にして服を緩めるか。
俺は少女の着る着物の帯に手をかける。
「こ、こら!なにをしておる!」
「服を緩めるだけだ。安心しろ。」
帯に指を入れ緩め、胸元も少し開く。
すると、少し汗をかいた新雪のような白い肌があらわになった。
・・・いや、大丈夫。
緊急事態だしな。
なにより相手はレミアくらいの小さい子だし。
絵面は危ないがなにも問題はない。
銀髪少女が赤い顔で睨んでいるが問題はない。
「レオー!コップもってきたよー!」
そこに、レミアが小さなコップを、両手で大事そうに持ちながら走って来た。
と思ったら何もないところで躓く。
あわてて、転びそうになるレミアを抱きしめ支えた。
「大丈夫かレミア?
ありがとう、早かったな。」
「うん!」
嬉しそうに返事をするレミアを一度なでた後、コップに魔法で水を注ぐ。
あれ?ちょっと待て。
たしか熱中症のときって、スポーツドリンクじゃないとダメなんじゃなかったか?
汗で出した塩分を補えないとかで。
・・・魔法で出せるか、スポーツドリンク?
前の世界では日常的に飲んでいたし、味も香りもだいたいは思い出せる。
それほど複雑な物でもないし、このぐらいなら魔法で出せるはずだ。
よし、出ろ!スポーツドリンク!
俺がイメージすると、魔力が液体に形を変えコップに注がれる。
どうだ?見た目はいい感じだけど・・・
試しに一口飲んでみる。
うわ!濃い!
というか塩っ辛い。
塩分を意識しすぎたか。
これじゃダメだ。
とりあえず飲み干す。
そして再度コップに想像し直したスポドリを注ぎ、味見をした。
・・・こんなものかな。
少し薄めだが十分だろう。
「大丈夫か?
つらいだろうけど、頑張ってこれを飲むんだ。」
パッツン少女は先ほどよりは落ち着いているが、まだ体はぐったりとしている。
俺は彼女の頭の後ろに手を回し支えながら、小さな口にスポーツドリンクを飲ませた。
「・・・おいしい。」
少女はつぶやくように言う。
優しく耳をなでるような綺麗な声だった。
さっきおでこを触るときに見えた顔もかわいかったし、髪で顔を隠してるのがもったいないな。
しばらくすると、パッツン少女もかなり回復してくる。
俺の出すスポドリも一人で飲めてるし、意識もはっきりしてきたようだ。
「フブキ大丈夫か?
もう苦しくはないか?」
「・・・うん・・・もう、大丈夫。」
銀髪少女の問いかけにも小声だがしっかり応えている。
大丈夫そうだな。
と、そこで銀髪少女が俺とレミアに向き直る。
「わらわの名はルナ・ヴラム!
ヴラム領領主リナ・ヴラムの妹だ。
わらわの友を救ったこと、礼を言うぞ!」
ルナと名乗る少女は、腰に手を当てて胸を張りながら言う。
さっきまでオロオロしてたけど、いつもはこういう感じなんだな、この子。
ていうか一人称わらわなのか。
さすが貴族。
「うん!レオはなんでもできるんだよ!
あっ、レオはレミアのどれいで・・・」
レミアは嬉しそうに俺の紹介をするが、そこでハッとなにか思いだし、姿勢を正す。
「わたしはレミア・ローズです!
よろしくお願いします!ルナちゃん!」
そして思い出したように貴族風の礼をしながら、自己紹介をした。
そういえば自己紹介の仕方とかも授業で練習してたな。
ぎこちないのがかわいい。
最後油断して素が出ちゃうところもかわいい。
礼の後、やり切った表情で俺を見てくるのもかわいい。
「あなたは?
あなたはなんていうの?」
レミアはルナの少し後ろに隠れるように立つ、パッツン少女にも明るく声をかける。
「・・・フブキ・・・フブキ・セラス。」
「フブキちゃん!よろしくね!」
レミアは両手でフブキと握手をした後、うれしそうに抱きしめる。
かわいいなレミア。
俺が女の子だったら一発で落とされてるな。
男の子の状態でも一発で落とされてるしな。
なすがまま抱きしめられるフブキだが、うれしそうにはにかんでいるのを見ると、嫌なわけではないようだ。
でも一応病み上がりなんだから、少し手加減してあげなさいレミア。
「・・・あなたも・・・ありがとう。」
レミアのハグが終わると、フブキは上目使いで俺にお礼を言った。
少し人見知りっぽいが、ちゃんとお礼を言えるのはいいことだ。
「ああ、どういたしまして・・・
あれ、まだ顔が赤いぞ?
ちゃんと直ってないのか?」
フブキの顔がまだ赤いことに気が付き、確かめるように頬に手を当てる。
するとフブキは白い肌をさらに赤く染め、その場で固まってしまった。
体温が高いし、また熱中症?
いや、意識ははっきりしてるし、それはもう大丈夫なはず。
それにさっきとは様子が違うような・・・
「レオレオ!
レミアにもそれして!」
とそこでレミアがいつものように甘えてくる。
「ああ、いいぞ!ほら!」
俺は両手で頬を挟む。
「えへへー」
レミアは俺の手に自分の手を重ね、少し恥ずかしそうににやけた。
ああ、レミアかわい(ry
「ま、待て!
わらわを除け者にするな!」
俺とレミアがイチャイチャしていると、ルナが横槍を入れる。
放置されたのが寂しかったのか、なんだか泣きそうな顔をしている。
「あ、ああ、ごめんなルナ。」
必死な顔に思わず謝る。
「ふ、ふん!まあよい。
さて、そなたらには、わらわの友を救った褒美を取らせよう!
なにがよい?何でも言ってみよ!」
「じゃあレミアといっしょにあそぼう!」
レミアが即答する。
「そ、そんなことでいいのか?」
「うん!レミア、ルナちゃんたちと友達になりたいの!」
初め仰々しく言い放ったルナは、レミアの反応に一瞬ポカンとするが、すぐに驚きの表情に変わる。
「と、友達!
ま、まあ、わらわは心が広いからのぉ、そなたがどうしてもと言うのなら、と、友達になってやらんでも・・・・」
ルナは口ではしぶしぶと言った感じを装うが、顔はにやけ嬉しさを隠し切れていない。
この子あれだな、友達少ない子だ。
「?、あそんでくれるの?」
ルナの要領を得ない発言にレミアが首を傾げる。
「あ、ああ!
その、と、友の頼みであるしな!
わらわも一緒に遊んでやろう!」
「やったー!
フブキちゃんもいっしょにあそぼう!」
「・・・うん。」
というわけで俺は、幼女三人と遊ぶことになった。




