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22.マリル・コリー

 いよいよ貴族議会に向け首都に出発する日が来た。

 三姉妹と一緒に馬車に乗り、数名の騎士連合の職員による護衛のもと、屋敷を出る。

 俺も今日は買ってもらった使用人服を着ている。

 首都には馬車で二日かかるらしく、初日は道中の街に住む知り合いの貴族のところで一泊するらしい。


 心配していたほど馬車での移動も不便はなかった。

 揺れで少しお尻が痛いことと、騒ぎにならないようにお忍びでお屋敷を出発したのに街を出る頃には凱旋パレードみたいに人が集まってしまったことを除けば、今のところは何のトラブルもなく平和そのものだ。



「首都って、レミアたちのすむところよりずっと大きいんだよね!

すっごくたのしみ!」


 馬車の中、俺の膝の上に座るレミアが楽しそうに体を揺らす。

 レミアも首都に行くのは初めてらしい。


「マリルに会うのもひさしぶり!」


「マリルさんでしょ、レミア。」


 リーズがレミアに注意する。


「誰なんだ、そのマリルさんって?」


「今日泊まらせてもらう、コリー領の領主の方よ。

コリー家とは昔から家族ぐるみの関係で仲もいいから、そうそうのことじゃ怒らないと思うけど、一応相手は西方領の第一貴族だから失礼の無いようにね、レオ。」


「ああ・・・

ところで第一貴族って何だっけ?」


「前に授業で教えたでしょ・・・

まあいいわ、貴族議会前だし復習もかねて教えてあげる。

着くまでにまだ時間もあるしね。」


 そうして馬車の中、リーズの授業が始まった。

 まず精霊国は首都を中心に、東方領、西方領、南方領、北方領の四つの文化圏に分かれているらしい。

 その四つの文化圏それぞれで、治める領地が一番多い貴族を第一貴族と呼び、合計四人の第一貴族、いわゆる四大貴族によって首都は合同統治されているらしい。

 アニエスの治めるローズ領は西方領に属しており、今から会うコリー家の領主はその西方領の第一貴族だという。


「めっちゃ偉い人じゃん!」


「だからそう言ってるでしょ。

まあ、貴族の地位は、領地の数に関わりなく平等ではあるのだけどね。」


 続けて貴族議会の説明も受ける。

 貴族議会は年に一、二度開かれる精霊国唯一の国政議会で、国全体としての方針や、全領地共通の法などを決める議会だ。

 騎士連合と魔法協会もこの貴族議会に属する下部組織であり、それぞれの組織の方針も議会で決められる。

 貴族議会には領地を五つ以上治める貴族のみ参加が認められ、議題の採決は投票で行われる。

 表決数は過半数だが、議会での投票は治める領地と同じ数だけできるため、領地を多く持つ大貴族ほど発言力が大きいのだという。


「え!一人一票じゃないのか?」


 なんかそれずるくね?

 今流行りの一票の格差って奴か!

 違うか。


「一人一票にしても、領地を譲渡して自分のところから誰かを貴族として独立させるだけだから、あまり変わらないわ。

それに領地が多いってことは、単純に言えばそれだけ人口も多いってことだからね。

それほど不平等ってわけでもないのよ。」


「ふーん。

でもそれだと、領地を作りまくれば独裁できるってことじゃないか?」


「それができればね。

でもそんなことはほぼ不可能よ。

前にも言ったけど、領地と認められるには一定以上の広さと人口のある結界じゃないといけないの。

亜種を駆逐して結界を設置するのにも、かなりのお金と労力がかかるし、なにより人口なんてそうそう増えるものじゃないんだから、全体の過半数以上の領地を作るなんて例え一万年かけたって無理よ。」


 へー、まあそりゃそう上手くはいかないか。

 ん?でも待てよ?


「人口はそうそう増えないってどういうことだ?」


 結構豊かな生活をしているように見えるし、寿命も長いんだから普通ならすぐに人口過多になったりするんじゃないのか?


「どういうことって?

・・・ああ、あなたは亜種だからピンとこないかもしれないど、精霊族は亜種みたいにポンポン子供を作ったりしないわ。

子供を作るのは、たいてい身内が病気や寿命で死んだときだけよ。」


 そうなのか。

 でも確かに、生活が安定していて寿命も長いのなら、人間みたいに子供を産む必要は無いとも言えるしな。




「むずかしいお話しおわった?

ねぇレオ、レミアとあそんで!」


 膝に座るレミアが俺を見上げる。

 始めはレミアも乗り慣れない馬車に興奮し、窓から身を乗り出してはしゃいだりもしていたが、街の外に出てから見えるのは広い草原ばかりで、代わり映えのない光景にだんだんと退屈してきたようだ。


「ああ、いいぞ!

そうだな・・・こんなのはどうだ?」


 俺は魔法を使い空中に小さな水の棒人間を出し、適当な踊りを踊らせる。

 ふっふっふ、毎晩細かい魔力操作も練習しているからな。

 こんな宴会芸もできちゃうのさ!

 前の世界で夢見てた魔法使いのイメージとは違うけどね。


「すごーい!かわいい!」


 レミアの伸ばした手と水棒人間を握手させる。

 その様子をアニエスとリーズも驚いた表情で見つめた。


「すごいわ、レオ。

とっても上手ね。」


「器用ねあなた・・・

でもこれほど無駄な魔力の使い方も他にないわね。」


 リーズがさらっと毒を吐く。


「レミアもやってみる!」


 そう言うとレミアは、俺の人形の横に水の玉を出し、あっと言う間に形を整え新しい人形作り上げる。

 しかも俺のと違ってかわいらしいドレスまで着ている。

 これ作るのに結構練習したんだけどな・・・

 いや、そんなのはどうでもいいか。

 それよりレミアの成長を心から喜べずにどうする!


「レミアは天才だな!」


「えへへー」


 頭をなでられたレミアは、俺を見上げ照れたように笑う。

 しかしそのことで意識がそれたのか、レミアの水の人形が崩れかける。

 まだ魔法を維持する集中力はそれほど付いていないみたいだ。


「魔法で遊ぶのはいいけど、服を濡らしちゃだめよレミア。」


「だ、だいじょうぶ!

レオレオ、レミアもできたから、お人形でいっしょにあそぼ!」


 そう言い、ペアダンスを踊る時のように人形同士の手を組ませる。

 魔法が崩れてしまわないかが心配だが、まあ大丈夫だろう。

 前にレミアと魔法で遊んでいるときに気が付いたのだが、魔力を魔法の起きている位置に送りイメージすれば、威力や軌道をある程度横から変えることができるようだ。

 花壇に打ち込みそうになったレミアの水の玉の軌道を変えたこともあったし、俺がしっかりサポートすれば馬車が水浸しになったりはしないだろう。


「ああ、じゃあ着くまで一緒に遊ぶか!」


「うん!」




 そうしてレミアとお人形遊びをしつつ、途中何度かの休憩を挟み、日が暮れる前に目的の街に到着した。

 外から見た限りローズ家のお屋敷がある町よりも一回り大きい。

 町の景観はローズ領と似ているが、こちらの方が二、三階建ての高い建物が多く、人の行き来も激しいようだ。

 ローズ領ではあまり見かけないような異国風の服装の人もちらほら見かける。


「すごい大きい街だな。」


「ええ、ここは西方領最大の都市だからね。

他の領地からも人が集まってきてるのよ。

それで、ほら、あそこに見えるのがコリー家の屋敷よ。」


 リーズの指さす方向を見ると、少し小高くなった丘の上に、四隅と中央に尖った高い塔のある白い石造りの大きなお屋敷が見えた。

 すごいな、ローズ家のお屋敷の倍はあるぞ。

 掃除が大変そうだな・・・

 ハッ!いかんいかん!

 すっかり主夫根性が付いてしまっている。


「それと家を出るときにも言ったけど、向こうに着いたら私たちや他の貴族の名前にはちゃんと様をつけるのよ、いい?」


「あ、ああ、わかりました、リーズ様。」


「そこは『かしこまりました』よ。」


 うぅ、敬語なんて日頃使わないから正直自信ない・・・

 練習しとくんだった。

 今から会う第一貴族の人もかなりのお偉いさんみたいだし、そういうのに厳しかったりするんだろうなぁ・・・

 凄腕の大物女性政治家みたいな感じかな?

 「この薄汚い獣は何!屋敷になんて入れないわ!馬小屋にぶちこんでおきなさい!」とか言われないかな。

 いや、仲はいいみたいだから流石にそんなことは言わないか。

 でもちょっと不安になってきた・・・

 あまり出しゃばらないようにしよ・・・




 馬車は街を抜け、広い前庭を通り、コリー家のお屋敷の前へと到着する。

 うぉー、でけー。

 あ、でも壁の上の方が少し汚れてる。

 水圧洗浄したい。


 お屋敷を見上げていると、玄関の大きな扉が開く。

 そして、ひらひらのドレスを纏い、肩ぐらいの長さの栗色のふわふわな髪をもった女性が扉から出てきた。


「アニエスぅ~!」


 ドレスの女性はこちらに駆け寄り、幸せそうな顔でアニエスと抱き合う。

 なんだかすごく嬉しそうな顔をしている。

 尻尾もブンブン振ってるし。

 ・・・え!?この人尻尾が生えてる!

 よく見たら頭にも、目の横くらいまで垂れた犬耳がついてるし。

 犬っ娘か!


「ず~と会いたかったわぁ!」


「ふふふっ、私とはこの前会ったばかりでしょ、マリル。」


「いいえ~、もう一ヶ月も前ですよぉ~。

毎日でも会いたいくらいなのにぃ!」


 この人がマリルさんか。

 身長はアニエスよりも少し低いくらいで、美人と言うよりかわいらしい感じの見た目だ。

 アニエス以上にふわふわした人だな。

 全然イメージと違った。

 優しそうな人でよかった・・・


「マリル!」


 そんな二人のもとにレミアが駆け寄る。


「まぁ~、レミアちゃん!

大きくなりましたねぇ~。

かわいいわぁ~。」


 マリルはしゃがんでレミアを抱きしめる。

 レミアもマリルの首に手を回し、ひしっと抱き合った。


 続いてマリルはリーズの方を向き、


「リーズちゃんも久しぶりですねぇ~。

元気そうでよっかたわぁ~。」


と言い両腕を広げる。

 リーズは少しためらった後、


「はい、お久しぶりですマリルさん。

今日は一晩お世話になります。」


とマリルの広げた腕をスルーし、恭しく礼をした。


「リーズちゃん、そんな他人行儀になっちゃって悲しいわぁ・・・

昔みたいにぃ、マリルおねえちゃ~んって、飛び込んできてもいいんですよぉ?」


「し、したことないわよそんなこと!」


 リーズ様、ボロが出ておりますよ。


「そんなこと言ってぇ~、えぃ!」


 マリルがリーズに飛びつく。

 リーズはちょっと面倒臭そうにしながらも、はいはいといった感じで抱きしめ返した。



「マリル様、ローズ家の皆様は長旅でお疲れでしょうし、お話の続きは一度お部屋にお通ししてからの方がよろしいのでは?」


 いつの間にいたのか、俺と同じようなパンツスタイルの黒い使用人服を着て、マリルより少し色の暗い茶髪をポニーテールにした女性が声をかける。

 頭の上にあるピンと立った三角形の犬耳が目を引く。

 細いシュッとした体型をしており、腰にはリーズと同じような細長い剣も帯刀していた。


「そうですねぇ~、私ったら嬉しくってつい~。

あっ、紹介しますねぇ~、この子はハウル・コリー。

この前貴族学校を卒業してぇ、今は私の手伝いをしてもらっているのぉ~。

将来はぁ、北の方の領地の管理をぉ、お願いする予定なんですよぉ~。」


「マリル様に奉公させていただいております、ハウル・コリーです。

よろしくお願いします、アニエス様。」


「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」


 アニエスが微笑み応える。

 少し緊張した面もちだったハウルも、それを見て安心した様子を見せた。

 続いてリーズとレミアの方を向き挨拶を済ます。



「それじゃあせっかくだからぁ、最後にその奴隷の子の紹介もぉ、してもらっていいかしらぁ~?」


 マリルが俺を方を見て言う。


「そうね、それじゃあレオ、自己紹介をしてもらえる?」


「あ、ああ。」


 俺は一歩前に出て、


「新しくローズ家の奴隷になりました、レオです。

よろしくお願いします。」


と深く一礼した。

 こ、こんなものかな?

 余計なことは喋らなくてもいいよな。

 優しそうな人で安心したけど、かなり偉い人みたいだし。

 趣味くらいは言っとくか?

 趣味はレミア様を甘やかすことです!

 言えないな。



「まぁ、上手にしゃべるのねぇ~。」


 マリルはそう言いながら、側まで来て俺を見上げた。

 おっ!俺も抱きしめてもらえるのか!?

 などと一瞬考えるが、マリルの目を見てそんな考えは消し飛ぶ。

 マリルの俺を見る目は、一方的に俺を値踏みするものだった。

 同年代・同列の人間ばかりが集まる高校生活では向けられることのなかった、こちらからの印象をまったく考慮しない、物を評価するかような一方的な視線だった。

 そんな視線を微笑みながら向けてくるマリルに、思わず後ずさりそうになる。

 だがその前にマリルは俺の耳元まで顔を寄せ、


「ローズ家に何かしたら、許しませんからねぇ。」


とささやいた。


「も、もちろんです・・・」


 ・・・い、いや、これは当然だ。

 俺はこの世界では精霊族の天敵である亜種であり、人権のない奴隷なんだ。

 アニエスたちと同じように気に入ってもらえるかもしれない、などと考えていた俺が甘かったんだ。

 ・・・警戒されてしまったか?

 今後もコリー家との付き合いは続くだろうし、せめて俺に敵意がないことをわかってもらわねば!


 耳元から顔を離したマリルに俺は言う。


「わ、私は、他の亜種に襲われ死ぬ寸前のところを、レミア様に救っていただきました・・・

アニエス様、リーズ様にも日頃からとてもよくしていただいております。

危害を加えることなど絶対にありません。

何があろうと、この身に代えてローズ家をお守りするつもりです。」


 嘘などない。

 奴隷化魔法の話を聞いてから、この何百年とのびてしまった寿命はレミアとローズ家のために使おうと決めたのだ。

 俺は真っ直ぐにマリルを見る。

 マリルは少し驚いたような顔をしたが、じっと俺の目を見た後、柔らかく微笑み、


「ん~、素直でかわいい子ですねぇ~。

うらやましいわぁ~。」


と言いながら、俺の首に抱きついてきた。


「だ、ダメだよマリル!あげないよ!」


「マリル様、あまり過剰に奴隷に接するのは危険です!」


 レミアとハウルがそれぞれ別の理由でマリルを止めに入る。

 ハウルが、抱きつき頬をすりすりするマリルを俺から引き離し、ようやく俺たちは屋敷の中に入った。

 

 一応は受け入れてもらえたのかな?



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