21.お月見
この世界の就寝は早い。
夕方くらいに夕食をとると、すぐに皆部屋に戻って寝てしまう。
しかし「まだ一日を二十四時間で計算してるのか?」な元ネットゲーマーが二十時前に就寝できるはずもなく、俺は毎晩夕食後、自分の部屋で魔法の練習をしていた。
今やっているのは魔法で物を動かす練習だ。
いわゆる念道力のようなものだ。
これも初めは上手くできなかった。
それもそのはず、物が独りでに動くなんて現実にはあり得ないことなので、そもそも何をイメージにすればいいのかがわからない。
いくら机の上の木箱が動くのをイメージをしても、それは木箱自体が動くのを想像しているだけで、魔力をなにか他の現象に変えるようなイメージではないため、動かすことはできなかった。
風か何かで押して動かそうとも試みたが、どうにも効率的でない。
これは無理なのかなぁ、と思ったところで気が付く。
そういえば盗賊と戦ったとき、魔力を使って火球を打ち出していたよな?
よく考えればあれと同じことじゃないのか?
そう思い、自分の手のひらを指で押し感覚を確かめた後、机の上の木箱の周りに魔力を送る。
木箱はズズズッとゆっくり動いた。
やった、やっぱりだ。
魔力はそのまま、押す「力」にも変えられるんだ!
そうして動かし方がわかってからは、庭で拾ってきた石を使って一人で消しゴム落とし的なゲームをやり、遊びながら練習をしていた。
そしてそれがだんだんと進化し、今では空中オハジキのような遊びになっている。
実はこれがかなり難しい。
机の上に置いたままなら、動かす石一つに集中して魔法で力を加えるだけでいい。
しかし空中でそれをやるとなると話は変わる。
まず同時に二つの石に上向きの力を加えて、空中に静止させなければいけない。
そしてそれを維持したまま、狙いを定めて石の一つを動かす。
当たった後も、二つの石が落ちたりしないよう、上向きの一定の力をかけ続けなくてはいけない。
とにかく一度に操る魔法の数が多いのだ。
ここ一週間くらいはずっとこの遊び、もとい魔法の練習をしている。
しかしそのおかげで大分魔力操作というか、魔力の感覚が鋭くなってきていた。
石を空中に静止させるのだって、深く集中しなくても感覚的にできるようになっている。
物を乗せた手がその重さで下がったり、力を入れ過ぎて上がったりすることなく、同じ位置に止めていられるのと同じだ。
手足のようにとはまだいかないが、それに近い感じにはなってきているように思う。
そして最近思いついた。
この魔法を使えば空を飛べるんじゃないか?
石が浮かせられるなら人だって浮くはずだ。
タケ○プターも必要ない。
自分自身に上向きの力をかけながら、行きたい方向に体を押すだけだ。
理論上はできないことはないはず。
夢が広がるな。
スカートめくりもやり放題だ!
・・・それは別にいいか。
しかしいくらでも問題点は思いつく。
小石くらいの小さい物ならいいが、少し大きな物になると、全体に均等に力をかけて持ち上げないと空中で回転し始めたり、変な方向に飛んでいったりする。
人の体となれば大きさ的にも難易度は段違いだろう。
そうでなくても、いまだに魔力を込めすぎて石を天井に吹っ飛ばしたりする事があるし。
自分にかけてみるのは細かい操作にも慣れて、重い物も自由に動かせるようになってからだな。
二時間ほど練習をした後、机の上に出していた魔法の明かりを消す。
今日は結構盛り上がっちゃったな。
拾ってきた石を石夫と石子と名付け、痴情のもつれの末、殴りあいの喧嘩になったという設定で空中オハジキをしているが、今日は石子が石夫を吹き飛ばして勝った。
やるじゃん石子。
ちなみに石夫の前カノの石美は、ぶつけ合っているうちに割れたので捨てた。
じゃあそろそろ寝るかとベットに向かうところで、部屋の明るさに違和感を覚える。
なんだかいつもより明るい?
不思議に思い部屋を見渡すと、庭に面した窓から光が差し込んでいた。
誘われるように近づき窓から外を見る。
そこには、眩しいほどの大きく鮮明な満月が浮かんでいた。
月はお屋敷の広い庭園を青く照らし、朝に赤や黄色と色とりどりに咲いていた花は、月の光でみな一様に夜の薄い白色に染まっている。
おぉ・・・!
こんなに明るい月は見こと無いな。
前の世界だとビルやら街灯やら常に明かりがついてたし、こういった光景が見られるのも、この世界に来たおかげかもしれないな。
窓の前まで椅子を持っていき、ゆっくりと景色を眺める。
貴族のお屋敷で夜景を独り占めなんて、すごい贅沢だな。
奴隷だけどね。
眠くなるまで少しこうしていようかな。
不意に、
キィ・・・
と扉の軋む音が後ろから聞こえた。
なにかと思い振り向く。
「レオおきてる・・・?」
小さく開いたドアの隙間から、寝間着姿のレミアが顔をのぞかしていた。
「どうしたんだレミア?こんな遅くに。」
椅子から立ち上がりレミアを迎える。
俺が起きているのがわかったレミアは、トテトテと走り寄り抱きついてきた。
「あそびにきちゃった。」
抱きついたまま俺を見上げ小声でそう言う。
か、かわいい・・
思わず抱っこして抱きしめる。
レミアも抱き上げられながら、俺の首に手を回しギューと抱きしめ返してきた。
「こんな時間まで起きてたのか?」
「ううん、ねてたけど、目がさめちゃったの。
それでね、なんだかレオに会いたくなっちゃって。」
くっ、レミアのかわいさが止まらない。
でもよく見れば、確かになんだかトロンとした眠そうな目をしている。
「いっしょにねていい、レオ?」
「・・・それはダメだぞ、レミア。
リーズも言ってただろ。」
今が夜でよかった。
血の涙を流しててもばれないからな。
「なんでレオとねちゃダメなの?」
レミアは不思議そうに尋ねる。
引き下がらないな。
うーん、リーズは亜種の俺がレミアを襲うんじゃないかと思って初めに部屋を分けたんだろうけど、それを説明してもレミアは「レオはそんなことしないよ!」とか言うだろうしな・・・
実際レミアを傷つけたりする気はないし。
男と一緒の部屋で寝ちゃダメだ!とでも言うか?
この世界に男はいないのか。
・・・別にいいかな?
小さい子供が親兄弟と一緒に寝るようなものだし。
・・・いや、でもやっぱりダメだ。
結局リーズの言いつけを破ることになる。
いままでレミアの母親役をしてきたのは二人の姉たちなんだ。
その二人の言葉に反してレミアを甘やかすのは、なんだか違う気がする。
するにしてもちゃんと許可をもらってからだ。
・・・ここはごまかすか。
「うーん、レミアが眠たくなるまで一緒にいてやるから、それじゃダメか?」
「えー」
「お願いだレミア。」
「・・・わかった。」
レミアが渋々といった感じで答える。
ごめんなレミア。
「レオはさっきまでなにしてたの?」
「空が綺麗だったから、ゆっくり眺めてたんだ。
レミアも一緒に見るか。」
「うん!」
窓の前の椅子に、レミアを膝に乗せ座る。
レミアは俺の両腕を引き寄せて、抱きしめるように胸の前でクロスさせた。
「きれいだね、レオ!」
「そうだな。」
レミアは光る月と星空に負けないくらい、キラキラした目で夜空を見上げる。
そして指さしながら、星や星座の名前を教えてくれた。
これだけ星が見えれば星座なんて作り放題だな。
レミアも楽しそうだし、幸せな時間だ。
それにしてもこの世界にも星座はあるんだな。
亜種使い座とかアーサー座とか知らないのばかりだけど。
「あ、そうだ!
レオ、今日はありがとう。
ダンスの二つ目のをね、たのしくおどれたのはじめてだったの!」
午前中にやったダンスの授業のことか。
確かに今日は授業後もずっと上機嫌だったな。
「そうか、よかったな。」
頭を撫でると、レミアは気持ちよさそうに目を細める。
「ぶとうかいでもいっしょにおどろうね!」
「ははは、俺は舞踏会では踊れないよ。
練習の時だけな。」
「え、どうして?」
レミアは驚いたように俺を見上げる。
知らなかったのか?
「うーん、舞踏会に出るのは貴族の人たちだけだからな。
貴族議会には一緒に行くけど、俺は奴隷だから、たぶん舞踏会とかには一緒に出れないよ。」
確かリーズもそう言ってたしな。
貴族議会の前後にある色々なパーティーや催しの中には、奴隷の俺を連れて行けないようなものもあるという。
「でもレオならだいじょうぶだよ!
レミアがおねえちゃんたちにおねがいするから!ねっ!」
「・・・ダメだ。
あまりお姉ちゃんたちを困らせちゃダメだぞ、レミア。」
「・・・やだ」
レミアはそう言うと、俺の胸で泣き出してしまった。
ちょっときつく言い過ぎたかな・・・?
練習では上手く踊れたが、本番の舞踏会のことを考えると、レミアも少し不安だったのかもしれない。
「・・・大丈夫だよレミア。
リーズも一緒にいるし、練習であれだけ上手に踊れたんだ。
きっとうまくいくよ。」
「・・・うん。」
その後、泣くレミアの頭を優しく撫でていたら、いつの間に静かに寝息が聞こえてきた。
泣き疲れて寝てしまったようだ。
寝てしまったレミアをおぶり、部屋まで連れていく。
流石に俺の部屋で寝かすわけにはいかないからな。
でも一緒に寝れば、朝一でレミアのかわいい寝顔を見れたのか。
いいなぁそれ・・・
そんな朝を迎えられたら三日くらいぶっ通しで働ける自信がある。
やっぱり一緒に寝たかったなぁ。
それにしても明るい夜だ。
一応魔法で足下を照らしてはいるが、その明かりもいらないくらいだ。
風も穏やかで、物音は俺の歩く音と、レミアの寝息くらいしか聞こえない。
三階の俺の部屋から一階まで降りてきたところで、廊下に誰かが立っているのが見えた。
アニエスだ。
彼女は廊下の窓から空に浮かぶ月を静かに眺めていた。
アニエスもこちらに気がつく。
「あら、こんばんは、レオ。
こんな時間にどうしたの?」
「えっと、レミアが俺の部屋に遊びに来たと思ったら、そのまま寝ちゃって・・・
部屋に連れて行くところなんだ。」
「あらあら。」
アニエスは俺の横に近づき、背中で眠るレミアの頭を撫でる。
「あら、この子泣いた跡があるわ。」
「・・・レミアは俺が舞踏会に出られないこと、知らなかったみたいでな。
それを伝えたら泣き出しちゃって・・・」
「ふふふっ、しかたのない子ね。」
そう言いながらも、アニエスは優しい顔でレミアを見つめる。
「今日は月がとっても綺麗ね、レオ。
あなたの部屋からもよく見えるでしょう?」
「ああ、レミアとも一緒に見てたんだ。
星座も色々教わったよ。
アニエスも月を見ていたのか?」
「なんだか寝付けなくってね。」
しばし二人で空に浮かぶ月を眺める。
そして、アニエスは俺の方を向き、
「この家に来てくれてありがとう、レオ。
レミアには今まで寂しい思いをさせちゃってたけど、あなたが来てからは毎日とっても楽しそう。」
と優しい口調で言う。
「・・・そうか、それならよかった。」
ありがたいな。
レミアに奴隷化魔法を使わせてしまったことには今でも罪悪感が消えないが、それでも受け入れてくれているローズ家には、感謝の気持ちしかない
本当にたどり着いた先がここでよかった。
「・・・なあアニエス、どうして今まで使用人を雇わなかったんだ?」
ちょうどいい機会だと思い、前から聞きたかったことを聞いてみる。
俺が来る前はアニエスとリーズで家事を分担していたと言うが、家事を俺がやっている今でさえ二人とも割りと忙しそうなのだ。
レミアも一人で遊ぶことも多かったって言うし、人を雇うことは考えなかったのだろうか?
「ふふふっ、そうしたら、朝だらしなくできなくなっちゃうでしょ。」
アニエスはいたずら顔で笑う。
しかし、すぐに寂しそうな顔に変わる。
「・・・それにね、ローズ家は昔から、家族で家のことを全部やってきたの。
お母さんの代の人たちもみんな亡くなって、家族は姉妹三人だけになってしまったけど、やっぱりできるなら、今までと同じやり方でやりたくて・・・
リーズには苦労させっちゃってるけどね。」
そう言い終わった後、アニエスは寂しそうに笑った。
そうか、いままで直接聞いてはこなかったが、やっぱりアニエスたちの母親はもういないんだな・・・
二人の間に沈黙が流れる。
月の光がアニエスを照らす。
こんなときに不謹慎かもしれないが、やっぱりアニエスは綺麗だ。
月に照らされたアニエスの肌は、いつも以上に白く透き通って見え、いつもとはちがった憂いを帯びた瞳に、なぜだかすごく引きつけられる。
ネグリジェに包まれたスタイルのいい柔らかそうな体も、呼吸に合わせ小さく上下している。
不意に、アニエスはレミアをなでていた手をゆっくりと俺の頬に移した。
そして、
「・・・今日は私のところで寝る、レオ?」
と妖艶に微笑む。
思わぬことに一瞬思考が止まる。
とそこで、
「うぅん・・・」
とレミアが身じろぎをし、ハッと我に返る。
「あ、い、いや!
お、俺、レミアを部屋まで届けないといけないから!
それじゃあ!」
「そう・・・ふふふっ、残念ね。
おやすみなさい、レオ。」
アニエスはまた優しく微笑み、レミアの部屋に向かう俺に小さく手を振った。
あ、危なかった・・・
レミアをおぶってなかったら絶対、「や、優しくしてください」とか言って付いて行ってたな。
うーん、アニエスはちゃんとわかって言ってるんだろうか?




