20.ダンスレッスン
朝食を終え、いつものように馬の餌やりや洗濯をする。
本来ならこの後はリーズの授業に混ざるのだが、今日は貴族の舞踏会で踊るダンスの練習ということなので、俺は授業には参加しない。
奴隷の俺が踊る機会なんて無いからね。
というわけで、今日の仕事はお屋敷の掃除だ。
この前の授業の無い日も、俺の服を買いに行って、結局簡単な掃除しかできなかったからな。
今日は気合い入れてやるぞ!
魔法が使えるようになってから家事もかなり楽になった。
料理の火や水も自分で用意できるし、掃き掃除だって風魔法を使えばすぐに終わる。
お屋敷の壁だって、普通では手が届かないような高い場所でも、簡単に水圧洗浄できてしまう。
通販番組も真っ青の便利さである。
本当に魔法さまさまだ。
一度だけ水圧で窓を割りかけたけどね。
今日はどこをやろうかなー?
窓拭きをまとめてやっちゃおうかな。
魔法で割るのが怖くて、最低限手の届く範囲しかやってこなかったけど、もうそろそろ上手くやれるだろう。
よし、そうと決まれば早速準備だ!
必要なのはタオルとあとは・・・
「あ、いたいた。レオ、ちょっといい?」
俺が窓ふきのプランを考えていると、不意にリーズに呼び止められる。
どうやら俺を探していたらしい。
「どうしたんだ?」
「あなた、今日は何をする予定なの?」
「今日は屋敷中の窓を綺麗にして回ろうと思ってるんだ。
ピカピカにするぜ!」
レミアの心ぐらいピカピカにな!
いや、それは無理か。
レミアの心と比べたらダイヤモンドの輝きでも足りない。
「じゃあ大丈夫ね。
掃除はいいから、すぐに大広間に来なさい。
今日のダンスの練習にはあなたも参加してもらうから。」
えー。
「急にどうしたんだ?
参加する必要は無いって言ってたのに。」
「それが、練習に行き詰まってるせいか、レミアがやる気を無くしちゃっててね・・・
貴族議会も近いから、あまりゆっくりもしていられないし、あなたがいればやる気を出すかと思って。」
「そうなのか・・・
わかった、何ができるかわからないが、俺も参加させてくれ。」
掃除はできなかったが、まあいいか。
一人で家事してるより、レミアたちといる方が楽しいし。
なによりレミアが困っているなら助けにいかねば!
「今日はレオもやるの?やった!」
大広間に入ると、レミアが嬉しそうに両腕を広げ俺を迎える。
この大広間はお屋敷の一階にある、小さい体育館ほどの広い部屋だ。
昔はここでパーティーなんかも開いていたらしい。
立派なグランドピアノが置いてあり、楽器の授業もここで行っている。
ちなみに楽器を教えているのはアニエスだ。
リーズも弾けないことはないが、アニエスは貴族学校時代から知る人ぞ知る楽器の名手だったらしい。
それだけでなく、貴族の生徒は必ず入るという弁論部の部長に入学から二年目で異例の就任をし、生徒会長も歴代最長期間務め、成績トップで主席卒業した天才で、学校では知らない人のいない有名人だったということだ。
日頃ぽあぽあしてるあのアニエスが?
いや、この認識は改めないと。
お屋敷の外での人気ぶりを見てもわかるしな。
きっと学校でもお姉様と呼ばれたり、新入生の女生徒の身だしなみを直したり、その新入生をロサ・キネンシス・アン・ブゥトンのプティ・スールにしてあげたりしたのだろう。
それと俺は楽器の授業にも参加していない。
なんてったって、中古3000円で買ったアコギを翌日には諦めて売りに行った男だからな。
いつか習ってみたいけどね。
そういえばこの前、記憶の片隅に残っていた「キラキラ星」をアニエスに披露したら、「かわいらしい、素敵な曲ね」と頭を撫でて誉めてくれたな。
サンキュー小学校教育。
「で、俺はなにをすればいいんだ?」
両腕を広げ俺を出迎えてくれたレミアを抱き上げ、高い高いしながらリーズに尋ねる。
「そうね・・・じゃあまずは、私とレミアでやってみせるから、あなたは見ていて。
その後に一緒にやってみましょう。
さ、レミア、手を出して。」
「うん。」
二人は片腕を伸ばして繋ぎあい、もう片腕はお互いの腰と肩に回す、社交ダンスのような形に組んだ。
そして、リーズの口ずさむテンポに合わせて踊り始める。
身長差があるので、レミアの方は肩に手を回すと言うより、肘のあたりをつかむみたいになっている。
男がいないのにペアダンスを踊るのか。
まあ、どこの貴族文化にも音楽や踊りは付き物だし、貴族同士の親睦を深める場でペアダンスを踊るのもさほど不思議ではないのかな。
見ていると、ダンスは中くらいのテンポ、ゆっくりとしたテンポ、速いテンポをそれぞれ数分ずつ、順番に繰り返して踊る形式のようだ。
曲によってスピードは違うが、ステップはそれほど複雑なものではなく、基本的に同じ型を繰り返しているだけだ。
これなら俺にもできそうかな?
しかし、なんだか二人の踊りはどこかぎこちない。
特に二曲目のゆっくりとしたテンポの時、レミアのステップがずれたり、バランスを崩したりする事が多いように見える。
リーズもそのたび注意するのだが、なかなか上手く行かない。
ああ、レミアがだんだん悲しそうな顔になっていく・・・
慰めてあげたい。
めちゃくちゃに甘やかして慰めてあげたい。
三曲目の速いテンポの曲は楽しそうに踊ってるのになぁ・・・
テンポの違う三曲を二巡ほどしたところで、いったん踊りを止める。
「うーん、やっぱり二曲目ね・・・
レミア、どうして曲とずれちゃうの?」
「わかんない・・・
足がかってにでちゃうの・・・」
レミアは悲しそうにうつむく。
「・・・まあいいわ、焦らず練習していきましょう。
それじゃあ次はレオね。
手を出しなさい。」
リーズの差し出す手を取り、腰に手を回しながら見よう見まねで組んでみる。
腰細いな!指も細くて柔らかい。
体もめっちゃ密着してるし。
もっと背筋を伸ばして、顎をひいて、とか言われるが全然頭に入ってこない。
手をにぎにぎしたら怒られるかな?
「ホールドはこれでいいわね。
次はステップだけど・・・
あなたちゃんと聞いてるの?」
「えっ、あ、ああ!もちろん!」
「・・・まあいいけど。
じゃあ下を見ながらでいいから、私に合わせて足を動かしてみて。
行くわよ。」
そう言い、リーズは足の動かし方を説明しながら踊り始めた。
う、結構難しいか?
と思ったのは最初だけで、足の動かし方さえ覚えてしまえば、どの曲も動かすスピードが異なるだけで型は変わらないので、割とスムーズに動ける。
始めて数十分後には、ぎこちないながらも三曲を通しで踊り切ることができた。
「やった!できたぞリーズ!」
思わずリーズの腰を抱く手に力が入り、体がより密着する。
「ば、バカ!あんまり力を入れないでよ!
ま、まあ、細かいところはまだ全然だけど、初めてにしては上出来よ。
よくやったわね。」
そう言い、リーズは抱き合ったまま、鼻と鼻が当たるほど近い距離で俺に微笑みかけてくる。
う、なんだろう・・・
リーズは日頃厳しいから、こうやって素直に誉められると、なんというか、すごいドキドキする。
これがギャップか!
俺も何かギャップが欲しいな。
レミアに厳しくするとか?
・・・いや、むしろ、今までが厳しかったと思えるくらい甘やかせば、それはギャップになるんじゃないか?
完璧だな。甘やかそ。
「いいなぁー。
レオレオ、レミアとも踊って!」
「ああ!いいぞ!」
「・・・そうね、別の人と踊ればまた何か気づくことがあるかもしれないし。
レオ、二曲目は少しレミアを気にしながら踊ってみてくれる?」
「わかった。」
というわけで、レミアと組んで、リーズの口ずさむテンポに合わせながら踊る。
俺とレミアではリーズとレミア以上の身長差があるので、かなり歩幅は小さめにする。
それでもずれてくるときがあるので、そのときは無理のない範囲でレミアを少し持ち上げたり、レミアの方もピョンと飛んで歩幅を合わせたりして、思ったよりは上手く踊れていた。
しかし二曲目に入ると、とたんに崩れ始めた。
なぜかレミアはステップが早くなってしまうし、レミアを持ち上げようにも、曲が遅い分一歩の時間が長いので、どうしても不自然な感じになってしまう。
レミアがリーズと踊っていたときより、明らかにちぐはぐな感じになっていた。
テンポの速い三曲目は一番上手く踊れたが、レミアは浮かない表情だ。
「レオとでもじょうずにおどれなかったね・・・」
泣きそうな顔をするレミアの頭を優しく撫でる。
・・・でも一緒に踊ってみて何となく原因が分かってきたぞ。
「リーズ、もう一度レミアと、初めの二曲だけでいいから踊ってみてくれないか?」
「ええ、いいわよ。
何かわかったの?」
「・・・なんとなくだけどな。」
「まだやるの・・・?」
レミアはもう逃げ出したいといった風だ。
そんなレミアの頭を撫でながら、膝を曲げ目線を合わせる。
「大丈夫だレミア。
ちゃんと踊れるようになるから。
俺もレミアとちゃんと踊りたいし、一緒にがんばろう。」
「・・・うん、レオが言うならがんばる。」
レミアとリーズは再び踊り始める。
二曲目は俺と踊ったときよりはマシとはいえ、やはり上手く踊れない。
「ありがとうリーズ、もういいよ。」
「どう、何かわかった?」
リーズとレミアが俺を見る。
「ああ、たぶんこれは身長差のせいだ。」
「身長差があるのはわかってるわよ。」
「いや、身長差のせいで、二曲目だけ歩幅が直せないんだ。
リーズ、二曲目のとき、少しだけ歩幅が大きくなってるの気づいてるか?」
「え、うそ!」
テンポの遅い二曲目では、それだけ一ステップに要する時間が他の曲と比べ長くなっている。
そして一歩を出す時間が長い分、俺やリーズは知らず知らずのうちに歩幅が大きくなっていたのだ。
その上レミアは身長が低いせいで、ゆっくり大きく足を出すことは難しく、一緒に足を出してもどうしてもパートナーより早く地面に付いてしまう。
一曲目のように飛んで一歩を大きくしようにも、ゆっくりなテンポでは必ず動き出しか着地がずれてしまうし、パートナーが持ち上げてあげることもできない。
そのせいで二曲目だけ踊りが合わなかったのだ。
リーズと踊っていたときはレミアがまだなんとか付いて行けていたせいでわからなかったが、リーズより身長差が大きい俺と踊ってみて、より欠点が見やすくなりわかったと言える。
「なるほどね・・・でも、どうしようかしら。
レミアと踊る人ならある程度は歩幅も合わせてくれるでしょうけど、それでも最初の私たちと同じで、意識せず二曲目でずれちゃうでしょうし・・・」
そうなんだよな。
技術じゃなくて身体の問題だから、すぐに直すというわけにはいかないからなぁ・・・
「・・・いっそのこともう、歩幅とかステップとか気にしなくていいんじゃないか?」
「どういうこと?」
「歩幅が合わないなら、一歩のところを二歩でやるとか・・・」
「そんなの・・・
でもそうね、踊りの型が決まってきたのも千年くらい前の話しで、昔は音楽に合わせて自由に踊ってたって言うし・・・
相手のステップに合わせるように足運びさえできれば、問題は無いのかもしれないわね・・・」
リーズがぶつぶつ言いながら考え始める。
前に庭でレミアと踊って遊んだときは、自由に踊ってすごく楽しそうだったしな。
社交の場では難しいかもしれないが、無理にできない型に合わせるよりレミアが楽しく踊れる方がずっといい。
「・・・じゃあ試しに色々やってみましょうか。
レミア、ステップは気にしなくていいから、テンポと私の足にだけ合わせて、自由に動いてみてくれる。」
「うん!」
そうして再び練習が始まる。
レミアはもともと歌や踊りは好きな子だ。
俺なんかは自由に踊ってと言われても正直どうすればいいかわからないが、レミアはリーズの足の動きに合わせ、即興でステップを踏んでいる。
適当にとも言うけどね。
リーズはそんなレミアの踊りをおかしくなり過ぎないように調整する。
一、二時間もすると、まだぎこちないながらもレミアはしっかり踊れるようになっていた。
俺とも手を取って一緒に踊る。
「あはははは!
すごい!レオともおどれてるよ!」
レミアは踊りながら楽しそうに笑った。
やっぱりレミアは笑顔が一番だな。




