↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/101

第96話 機械仕掛けの神(神の最期・前編)

 官邸地下の最下層に位置する廃棄ブロック——新京の深層データバンク。

永遠にも似た静寂が支配していたその場所に、無骨な軍靴の音が響き渡った。

『エリア・クリア。目標(ターゲット)を確認した』

CIA特殊作戦部『ファントム・スレッド』の残存部隊。彼らは何重もの分厚い隔壁を突破し、ついにその聖域へと足を踏み入れた。

彼らの視線の先、薄暗い巨大な空間の中央には、緑色の培養液に満たされた巨大な円筒形のタンクが鎮座している。その中に浮かんでいるのは、おびただしい数のケーブルと電極に繋がれた、ひだの多い灰色の肉塊……かつての絶対指導者、犬養旭弘の『脳髄』であった。

『……これが、この国のメインフレームか。気味が悪いぜ』

『無駄口を叩くな。ハッキングを開始する。生命維持装置ごとシステムを完全にシャットダウンさせろ。この狂った神の息の根を止めるんだ』

アメリカ兵たちがコンソールに取り付き、持参したデバイスを接続する。

たちまち、廃棄ブロックの照明が警告の赤へと変わり、『System Breach』の無機質なエラー音声が鳴り響き始めた。

培養槽の緑色の液体が泡立ち、急速に濁っていく。新京という巨大な虚構の都市を制御し続けてきた機械仕掛けの神が、ついにその死を迎えようとしていた。

***

第一階層、大回廊。

市民を背にかばい、革命軍の残党に銃口を向けていた戌亥の身体が、突如として大きく硬直した。

「……ッ!?」

『Warning: Override Command Detected. Direct Access to Neural Network...』

網膜ディスプレイに、今まで見たこともない最高位のアクセスコードが表示される。東雲のチューニングですら干渉できなかった、戌亥の人工脳の最深部を縛る絶対的なマスターキー。

次の瞬間、戌亥の視界は現実の硝煙と流血から完全に切り離され、真っ白な光へと包まれた。

『——久しいな。私の、可愛らしい狂犬よ』

ノイズと共に、戌亥の脳内に直接声が響く。

光が収束し、戌亥の意識は仮想空間(デジタル・ダイブ)の中へと引きずり込まれていた。

そこは、かつて存在した『国家自由主義国民党』の、豪奢な総理執務室を再現した空間だった。

マホガニーの重厚なデスクの奥、革張りの椅子に深く腰掛けているのは、培養槽の脳髄などではない。血色が良い、全盛期の威厳に満ちた犬養旭弘その人のアバターだった。

「……犬養」

仮想空間の中でも、戌亥の姿は現実と同じく、片腕を失いボロボロの死に体だった。

『システムの強制シャットダウンが始まった。もう数分で、私の意識はこの電子の海から完全に消滅し、新京も沈黙するだろう』

犬養は、窓の外——仮想の美しい新京の街並み——を見下ろしながら、酷く乾いた声で言った。

『……私が創り、私が壊した国だ。同志たちが権力に溺れ、殺し合う姿など見たくはなかった。だから泥舟ごと沈めた。私利私欲などない。すべては、この国の未来のためだったのだから』

犬養の語る言葉には、彼なりの強烈な愛国心が滲み出ていた。だが、それはあまりにも独善的で、数百万の命を犠牲にすることを厭わない、純然たる狂気だった。

『だが、小津が掲げる新政府とやらも、結局はアメリカの傀儡に過ぎん。いずれ彼らも腐敗し、新しい権力闘争を始める。私が愛したこの美しい日本が、他国の思惑で食い物にされることだけは、どうしても我慢がならなくてな』

犬養はゆっくりと立ち上がり、戌亥の正面へと歩み寄った。

彼の目は、血を流してボロボロになっている戌亥の傷など、まったく見ていなかった。そこにあるのは、精巧に作られた自分の「持ち物」に対する、傲慢な愛着だけだ。

『お前は、私の最高傑作だ、戌亥。他の出来損ないの犬どもとは違う』

犬養は、戌亥の失われた左肩の空間を撫でるように手を伸ばした。

『だから、最後にお前に新しい役割(プログラム)を与えよう。……生き延びろ。そして、日本が再びおかしくなった時、暗闇からこの国を正すのだ。新時代を監視する影の番犬として、私に代わって永遠にこの国に尽くせ』

それは、自由という呪いを背負いかけた戌亥に対する、神からの強烈な再度の呪縛だった。

お前は人間ではない。私の便利な道具だ。死ぬまで国家という大義に縛り付けられ、手を血に染め続けろ。

悪びれる様子もなく、当然の権利のようにそれを命じる犬養の姿に、戌亥は人工脳の中で静かに、残された右の拳を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。