第94話 死に場所の証明(官邸地下の攻防・その2)
官邸地下へと続く巨大な大回廊は、銃火と硝煙、そして流血が支配する完全な殺戮領域と化していた。
「前へ出ろ! 相手はたった二機のポンコツだぞ!」
革命軍の指揮官が叫ぶが、その声は二丁の『雷火』が奏でる圧倒的な弾幕の音にかき消された。
「アハハハハッ! 遅い遅い! まるで止まっとるみたいやで!」
御堂牡丹が、崩れかけた回廊の壁を蹴り、天井付近の配管を飛び移りながら三次元的な機動を見せる。彼女の放つ9ミリパラベラム弾の雨が、遮蔽物に隠れようとする革命軍の頭上から容赦なく降り注ぎ、その防御を無力化していく。
「チィッ! まずはあの女ガラスから落とせ!」
革命軍の数名が対装甲バズーカを構えた、その瞬間。
チュイィィィンッ!
空間を切り裂くような甲高い発射音と共に、彼らの足元のコンクリートが爆発したように吹き飛んだ。
『ヤタガラス改』のレーザー射撃によるピンポイントの狙撃。
瓦礫と粉塵が巻き上がる中、ノイズのように景色が歪み、光学迷彩『ヤタノカガミ』を展開していた戌亥迅が、彼らの懐に完全なる無音で潜り込んでいた。
「な……ッ!?」
驚愕する暇さえ与えない。
光学迷彩を解除した戌亥は、ヤタガラス改をホルスターへ滑り込ませるのと同時に、右腕の巨大な機構を真横に薙ぎ払った。
火薬と油圧の爆発的な推力。零式・重圧粉砕腕が、革命軍の兵士たちを装甲ごと粉砕し、血の霧を発生させる。
「ホンマ、えげつない一撃やな、戌亥」
牡丹が空中でくるりと反転し、戌亥の背中合わせになる位置へ着地する。着地の反動を利用して『壱式・瞬発穿孔脚』を射出し、背後から迫っていた二人の兵士を吹き飛ばした。
「……お前の弾幕の方がえげつない」
戌亥は、激しく明滅する単眼レンズの奥で、微かに笑ったようなノイズを返した。
二人の息は完全に合っていた。
牡丹が機動力を生かして敵を撹乱し、死角から弾幕を張る。その隙を突いて戌亥が光学迷彩で接近し、パイルバンカーの超圧力で敵の核を粉砕する。
誰の指示によるものでもない。長年、暗部『鴉』として地獄を共に歩んできた二人だけが共有する、阿吽の呼吸だった。
『……戌亥、牡丹。聞こえるか』
通信回線から、微かなノイズと共に声が響く。それは、アメリカ軍の支援を受けて指揮を執っている、革命軍の将校の声だった。
『無駄な抵抗はやめろ。木下は死んだ。軍も壊滅した。お前たち治安維持局が守るべき国家は、もう存在しないんだ。……なのになぜ、まだ戦う?』
その問いかけは、かつて戌亥がエイダから投げかけられたものと同じだった。
だが、今の戌亥はもう迷わない。
「……国家のためじゃない」
戌亥は、傷口から流れるオイルを意に介さず、ヤタガラス改の銃口をまっすぐに構えた。
「俺が、俺の意思で……お前たちから、背後の人間を守ると決めたからだ」
『理解不能だな。今まで命令されるがままに市民を殺してきた狂犬が、今さら正義の味方気取りか?』
将校の声には、明らかな嘲笑が混じっていた。
『お前たちはただのシステムだ。命令がなければ存在意義すら持てない、哀れな機械の残骸にすぎない』
「……ああ、そうやな。ウチらはポンコツの機械や」
牡丹が、通信機に向かって陽気に笑う。
「でもな、エリートさん。ウチらは今、誰の命令でもなく、自分の意思で命を張っとるんや。……これがどれだけ最高の気分か、アンタらみたいな優等生には一生分からへんやろな!」
二人の言葉は、彼らが背負った『自由という呪い』に対する、明確な答えだった。
誰のせいにもできない。システムにも依存できない。
それでも彼らは、自らの意思でこの死地を選び、戦うことを肯定したのだ。
「……ならば、その意思ごと粉砕してやる」
将校の冷酷な声と共に、回廊の奥から重低音が響き始めた。
アメリカ軍の最新鋭パワードスーツ部隊が、ついに出撃してきたのだ。
漆黒の流線型装甲。エイダの技術を応用した電磁防壁。正規軍の『金剛』部隊を赤子のように捻り潰した、次世代のテクノロジーの結晶。
「……来るぞ、牡丹」
「上等や。旧世代の意地、見せちゃるで」
パワードスーツ部隊が一斉にブースターを吹かし、凄まじい速度で突進してくる。
牡丹は『雷火』の残弾をすべて叩き込む勢いで弾幕を張るが、電磁防壁に阻まれ、有効打を与えられない。
パワードスーツの一機が、牡丹の機動を上回る速度で接近し、プラズマブレードを振り下ろす。
「チィッ!」
牡丹が回避行動を取ろうとした瞬間、その前に巨大な影が割り込んだ。
戌亥だ。
彼はヤタノカガミを盾にしてプラズマブレードの斬撃を受け止める。ナノマシンが硬化し、凄まじい火花が散る。
「……俺が戦いたいからだッ!!」
戌亥の咆哮と共に、パイルバンカーの油圧が限界を超えて起動した。
零式・重圧粉砕腕の極太の杭が、電磁防壁ごとパワードスーツの腹部を貫通し、内部の操縦者を装甲ごと完全に粉砕する。
「しゃあッ!!」
牡丹がその隙を突き、別のパワードスーツの関節部に『壱式・瞬発穿孔脚』を叩き込み、機動力を奪う。
最新のテクノロジーに対し、純粋な物理的暴力と、狂犬たちの意地が真っ向から激突する。
官邸地下の死闘は、いよいよ極限の領域へと突入しようとしていた。




