第89話 相打ちの一撃
メイン動力炉の空間で、二つの極限の意思が激突した。
エイダの第4世代流体金属は、その全質量とエネルギーを一点に集中させ、必殺の巨大な白銀の槍へと変貌する。対する戌亥は、一切の防御も回避も捨てた。ヤタノカガミの光学迷彩すら解除し、その巨体をただ前へと、死の咆哮を上げながら推進させる。
それは、どちらの正義が勝るかという戦いではない。
国家という虚構に己の罪ごと殉じようとする狂犬と、個の自由と任務の完遂を絶対とする最新鋭の暗殺者。互いの存在意義と魂の在り方を賭けた、純粋な戦士としての意地の衝突だった。
激突の瞬間。
まるで世界が泥のように重く、遅くなったかのように、すべての光景が克明なスローモーションへと変わった。
エイダの放った白銀の槍が、空間を断ち割るように戌亥へと迫る。
凶刃は『ヤタノカガミ』の防弾ナノ繊維を紙のように引き裂き、分厚いチタン装甲を粉砕し、戌亥の右胸部——メイン動力炉(心臓)のわずか数センチ上を、凄まじい勢いで貫通した。
ゴリュァァァッ……!!
無数の補助ケーブルと冷却管が引きちぎられ、戌亥の背中から槍の穂先が凄惨な音を立てて突き抜ける。赤熱した黒いオイルと人工血液が、非常灯の赤い光の中で鮮やかな飛沫となって宙に舞う。
動力炉への直撃こそ免れたものの、機体の構造維持を根本から破壊する致命的な一撃。並のサイボーグであれば、ショックダウンで即座に活動を停止するダメージだ。
しかし、エイダの完璧な美しい顔に、初めて決定的な「驚愕」が走った。
「……捕まえたぞ」
胸を貫かれたまま、戌亥は一切の歩みを止めなかったのだ。
彼は自らの装甲を貫く流体金属の槍を、残された右腕と巨体でガッチリと挟み込み、エイダの身体を逃げ場のない至近距離へと引きずり込んだ。
死の淵にあっても微塵も揺らがない、狂犬の執念。
「ば、な……ッ!」
エイダが槍を液状化させて脱出を図ろうとするより早く。
戌亥は、エイダの胸部装甲に『ヤタガラス改』の銃口を完全に押し当てていた。
チュイィィィンッ!!
至近距離からの高出力レーザー射撃。
極限まで圧縮された熱線が、エイダの第4世代装甲をドロドロに融解させ、彼女の心臓部を覆う流体金属の防御壁を完全に焼き切る。
だが、それすらも前座に過ぎなかった。
戌亥は、ヤタガラス改を撃ち放った直後、装甲が溶け落ちたエイダの胸部コアへ向けて、その右腕の巨大な機構を容赦なく叩き込んだ。
「零式……重圧粉砕腕ェェェッ!!」
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
動力炉の重低音すら掻き消す、凄絶な炸裂音が地下空間を揺るがした。
残された全火薬と、限界を超えた油圧のすべてを乗せた旧式の鋼鉄の杭が、融解した隙間からエイダのボディの奥深くへと突き刺さり——彼女の電子頭脳と人工動力炉を、物理的に、完全に粉砕した。
飛び散る銀色の破片。
砕け散る流体金属が、戌亥の傷口から吹き出す黒い血飛沫と混ざり合い、蒸気の中で美しくも残酷に降り注ぐ。
互いの命を削り合う、相打ち覚悟の捨身の一撃。
「……見事、よ……」
機能停止のノイズに塗れながら、エイダは口元に微かな笑みを浮かべた。
自らの理想を砕き、命を賭してまで意地を貫き通した、この不器用で哀れな戦士への、純粋な敬意。
光を失ったエイダの体が、力なく戌亥の巨体へと倒れ掛かる。
戌亥もまた、限界を超えた機体から絶望的な黒煙を噴き上げながら、エイダの亡骸をその腕に抱きとめたまま、崩れ落ちるように膝をついた。
相反する二つの魂は、血とオイルに塗れたメイン動力炉の中心で、静寂へと落ちていった。




