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鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


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第78話 虚構で生きる犬たち(3)

 『戌亥、牡丹。お前らには分からんのか? この『国家』という巨大な舞台装置の上で、頂点の光を浴びて輝くことの圧倒的な快感が』

地下鉄旧構内に響く木下の声は、怒りから一転して、自身の哲学を滔々と語り始める絶対的権力者のそれに変わっていた。

「……光、やと?」

牡丹が、呆れたように鼻で笑った。

「その光を浴びるために、アンタは柴田のオッサンや明智を殺し、大国葬で何千人も罪のない人間をミンチにしたんか? その上に立って浴びる光が、そんなに気持ちええんか」

『気持ちええに決まっとるだがや』

木下は一切の悪びれもなく、はっきりと断言した。

『ワシは中卒のチンピラだった。裏街で泥水すすって、毎日誰かに頭を下げて、ゲロ吐きながら這いつくばっとった。……だが、犬養先生がワシを拾ってくれた。ワシの暴力を肯定して、この国を支える党親衛隊の隊長にしてくれたんだわ』

木下の声には、確かな熱と、犬養への消えることのない狂信的な忠誠心がこもっていた。

『先生はワシに力をくれた。ワシは必死に働いたわ。先生の邪魔になる奴は全部ワシが殺した。そうやって成り上がって……ついにワシは、この国の頂点に立ったんだて。誰もワシを見下さん。誰もワシに命令せん。この巨大な新京という舞台は、今やワシのモンなんだわ』

木下の言葉は、成り上がり者としての強烈な自負とエゴイズムに満ちていた。国家とは、彼にとって自己実現のための巨大な装置であり、国民はその舞台を彩るエキストラに過ぎない。

「……くだらん」

戌亥が、低く唸った。

「アンタのその安いサクセスストーリーのために、俺たちはどれだけの血を流してきたと思っている。俺たちは、国家の秩序という『大義』を信じて、汚れ仕事(影)を引き受けてきた。アンタの自己顕示欲を満たすための、便利な小道具じゃない」

『大義だ? 笑わせるなよ、戌亥』

木下が冷酷に嘲笑する。

『お前らも、ワシと同じだろ。大義だの命令だのという立派な言い訳(プログラム)を被って、人を殺すことでしか存在を証明できん壊れた機械だ。……だがな、ワシはお前らを便利な小道具だなんて思っとらんよ』

その言葉に、戌亥と牡丹はわずかに怪訝な沈黙を作った。

『お前ら『鴉』が、誰にも知られず、文句一つ言わずにこの国の裏側を掃除してくれたからこそ、ワシの舞台は成り立っとった。お前らは間違いなく、この国の屋台骨だったんだわ。……そこには、敬意を持っとる』

木下の声から、嘘やごまかしの響きは感じられなかった。

『だが、お前らは影に徹しすぎた。だから、舞台が崩れかけた今、勝手に『番犬』なんていう新しい役割を見つけて、正義の味方になった気でおるんだ。……バカバカしい』

「何が言いたい、木下」

戌亥が単眼レンズを細める。

『影は、舞台の上じゃ生きられんということだ』

木下は、氷のように冷徹な声で告げた。

『お前らがここでネズミどもを何百人守ろうが、お前らの手が今まで殺してきた人間の血で染まっとる事実は消えん。お前らは結局、狂った国家の犬でしかないんだわ』

その言葉は、戌亥と牡丹が最も恐れ、最も自覚している真実を正確に突いていた。

『だが……もうええわ』

木下が、小さく息を吐いた。

『ワシの部下どもが命と引き換えに酸性雨を止めた。この舞台はまだ崩れん。……戌亥、牡丹。お前らには、もう何も期待せん。お前らの好きに生きればええ。市民を守る番犬にでも、ただの野良犬にでもなればええがや』

それは、事実上の「解雇宣言」であり、同時に、最高権力者からの決別だった。

『だがな、勘違いするなよ。ワシは絶対にこの国(舞台)を手放さん。小津の亡命政府だろうが、アメリカのサイボーグだろうが……ワシの玉座を狙う奴は、ワシの全権力を使って叩き潰す。……犬養先生が残してくれたこの国は、ワシのモンだがや!』

ブツンッ。

一方的に通信が切断された。

最後まで自らの権力への執着を剥き出しにし、狂気の世界の頂点に君臨し続けることを宣言した木下英雄。

「……好きに生きろ、か」

戌亥は、通信機を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「東雲と同じことを言いやがる」

「ホンマ、勝手な飼い主やで」

牡丹が、地下鉄構内の天井を見上げて苦笑する。

「でもまぁ、これでホンマに、ウチらは『鴉』やのうなった。……これからどないする、戌亥」

「……決まっている」

戌亥は、残された右腕で、痛む体を壁から離した。

「狂った神様が仕掛けた爆弾(エイダ)が、まだ地下の最下層に残っている。……アレを止めなければ、結局この国は終わる。木下の舞台も、あの市民たちの命もな」

「……結局、また残業か」

牡丹は小さくため息をつき、二丁の『雷火』の弾倉を確認した。

「誰の命令でもない。俺自身の……番犬としての、最後の仕事だ」

二人の傷ついたサイボーグは、互いに顔を見合わせ、かすかに笑った。

国家という虚構から解き放たれ、最後に自らの「意志」で戦うことを選んだ二匹の犬。

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