第70話 第3データセンター攻防戦(前編)
第七階層・中間官庁街。
権藤鉄幹率いる特殊機甲連隊『金剛』と反乱軍の激突によって、その一帯は完全に瓦礫の山と化していた。酸性雨が降りしきり、コンクリートの残骸からは焦げた臭いと白煙が立ち上っている。
その廃墟の一角で、漆黒の装甲バイク『黒王』が重々しいブレーキ音を立てて停止した。
跨っているのは、左腕を失い、全身の装甲が剥き出しになった戌亥迅だ。彼の視界はノイズとエラーコードに塗れ、人工動力炉からは限界を告げる異音が鳴り続けている。
「……遅かったやんけ、戌亥。もう残業は終わったで」
瓦礫の山の上から、聞き慣れた飄々とした声が降ってきた。
御堂牡丹だった。彼女もしなやかな銀色の装甲のあちこちに弾痕と焦げ跡を残し、息を切らしていた。彼女の周囲には、権藤の無差別掃討から逃げ遅れた反乱軍の死体が散乱している。権藤の部隊は、すでに別のエリアへと移動したようだ。
「権藤のオモチャ遊びは、どうやら別の階層へ向かったみたいやな。ウチもあらかた片付けたところや」
牡丹は瓦礫から飛び降り、戌亥の惨状を見て小さく息を吐いた。
「なんやそのザマ。左腕はどないしたん? それに、右足も完全にイカれとるやないか。……東雲のオッサンが泣くで」
「……東雲との通信は切れた。本部も、もう終わりだ」
戌亥は黒王から降り、重い足を引きずりながら牡丹の横に並んだ。
「お前も聞いただろう。第三データセンターが落ちかけている。局のシステムはダウン寸前だ」
牡丹は二丁の『雷火』をホルスターに収め、濡れた髪をかき上げた。
「ああ。小津のオッサンのハッキングだけやない。蜂起軍の主力と、得体の知れん工作員が直接データセンターの物理制圧に動いとるらしい。あそこは新京の通信インフラと、気候制御システムの中枢や。完全に落とされたら、この酸性雨がただの雨じゃ済まんようになる。……それに、ウチらの脳みそに繋がっとる管理チップの制御も、どうなるか分からんで」
国家の監視網の要であり、都市の心臓部でもある第三データセンター。
そこが破壊されれば、新京は物理的に完全な死を迎える。神である犬養の思惑通り、この泥舟は海の底へと沈むのだ。
「……行くか、牡丹」
戌亥は、残された右腕のパイルバンカーを微かに駆動させた。
「アホか。アンタのその体で何ができるっちゅうねん。弾薬もゼロやろ」
牡丹は呆れたように嘆息したが、戌亥の赤い単眼レンズに宿る、狂気にも似た「犬としての意地」を見て、小さく肩をすくめた。
「……しゃあないな。飼い主が死んでも、首輪が千切れても、吠え続けるのがウチら『鴉』の仕事や。地獄の底まで付き合うたるわ」
二人は酸性雨の中、残された力を振り絞り、第三データセンターへと向かった。
***
第三データセンターは、第六階層の最深部に位置する巨大な要塞だった。
本来であれば、数百機の無人警備ドローンと、治安維持局が誇る自律型多脚戦車(タチコマのような無人兵器)が外郭を警護し、アリ一匹通さない鉄壁の防衛陣形が敷かれているはずの場所だ。
だが、二人が辿り着いた時、その光景は異様なものだった。
データセンターを包囲しているのは、蜂起した反乱軍の群衆ではない。
いや、反乱軍はすでに内部へと侵入を完了しており、その外郭を守るように展開していたのは——他でもない、治安維持局の「無人兵器群」だったのだ。
『Warning: Unidentified Targets Detected. Eliminate Immediately.』
無機質な電子音声と共に、数十機の警備ドローンが一斉に戌亥と牡丹へと銃口を向けた。さらに、地響きを立てて三機の自律型多脚戦車が姿を現し、その巨大なガトリング砲を二人にロックオンする。
「……どういうことや。あいつら、ウチらの味方のはずやろ?」
牡丹が『雷火』を構えながら舌打ちをする。
「小津のプロパガンダジャックだ。システムの深層をハッキングされ、防衛ドローンの敵味方識別論理(IFF)が書き換えられている」
戌亥は冷静に状況を分析した。
「俺たち『鴉』の認識コードが、テロリストとして登録されているんだ。あいつらにとっては、内部で破壊工作を行っている反乱軍こそが『守るべき市民』であり、俺たちこそが『排除すべき国家の敵』になっている」
「傑作やな」
牡丹は、乾いた笑いを漏らした。
「国家を守るために作られた兵器が、国家を壊そうとするテロリストを守り、国家の犬であるウチらを殺そうとしとる。……ホンマ、イカれたアイロニーやで。犬養の神様は、地獄で腹抱えて笑っとるんちゃうか?」
味方であるはずの防衛システムに撃たれる。これ以上の虚無があるだろうか。
だが、二人のサイボーグに迷いはなかった。
「……牡丹。奴らの数は多すぎる。俺の今の足では、外郭の弾幕を躱しきれない」
戌亥はヤタガラスの空のマガジンを投げ捨て、パイルバンカーの推力システムをスタンバイ状態にした。
「俺が単独で内部に突入し、データセンターを破壊しようとしている反乱軍の工作員を排除する。お前はここで、あの無人兵器どもを引き付けろ。できるか」
「誰に向かって口聞いとるんや」
牡丹は、しなやかな脚を大きく広げ、二丁の『雷火』の銃身を撫でた。
「圧倒的な物量を相手に、弾幕とアクロバットで時間稼ぐんがウチの十八番や。外のスクラップどもは、一匹残らずウチが引き受けたる。……アンタは、中で好きに暴れてきい」
「恩に着る」
短い言葉を交わし、二人は動いた。
「ヒャハハハッ! さあ、ポンコツども! 鬼ごっこの時間やでェ!!」
牡丹が挑発的な声を上げながら、驚異的な跳躍力で自律型多脚戦車の頭上へと飛び上がった。
それを合図に、無人兵器群の無数の銃口が、一斉に牡丹へと向けられる。
ズガガガガガガガガガッ!!
圧倒的な弾幕が、牡丹のいた空間を削り取る。
だが、牡丹は空中で姿勢を捻り、弾丸の雨を紙一重で躱しながら『雷火』の乱射でドローンのセンサー群を次々と破壊していく。彼女の機動力が、外郭の防衛システムの注意を完全に引き付けた。
そのわずかな隙を突き、戌亥は黒王のアクセルを全開にした。
「おおおおおッ!」
咆哮と共に、黒王はデータセンターの分厚い防爆ゲートへと突進する。
ゲートは強固にロックされていたが、戌亥は衝突の寸前に黒王から飛び降り、右腕のパイルバンカーをゲートの接合部へと深々と突き立てた。
「零式・重圧粉砕腕……ッ!」
凄まじい火薬の炸裂音。
超高圧の杭がゲートのヒンジを物理的に粉砕し、数トンの鋼鉄の扉が吹き飛ぶ。
戌亥は、吹き飛んだゲートの隙間から、暗闇に包まれたデータセンターの内部へと転がり込んだ。
通信回線は、この分厚い装甲のせいで完全に遮断された。もはや外で戦う牡丹の状況を知るすべはない。互いに完全に孤立した状態での、限界バトル。
内部は、メインサーバーの冷却ファンが不気味な重低音を響かせ、非常用の赤い警告灯が明滅するだけの、死の空間だった。
戌亥は、千切れかけた左腕から滴るオイルを拭いもせず、暗闇の奥へと進んでいく。
弾薬はない。体は限界だ。
それでも、反逆者を狩る。
国家の犬としての、それが最後の務めだからだ。




