第66話 狂信のガトリング(後編)
ズドドドドドドドドドドドドッ!!!
第八階層の中間官庁街。
分厚い防弾ガラス張りの高層ビル群に、六銃身大型ガトリング砲の腹に響くような駆動音が途切れることなくこだましていた。
国防省直轄、特殊機甲連隊『金剛』。
かつては、国家の秩序と国民の生命を守る「最後の盾」として、柴田前国防大臣の厳格な統制下で運用されていた精鋭部隊。それが今や、木下の傀儡である加藤大臣の狂った命令により、ただの巨大な「芝刈り機」へと成り下がっていた。
連隊長である権藤鉄幹は、右肩に接続されたガトリング砲から毎分6000発の弾幕を撒き散らしながら、一切の感情を交えずにアスファルトを踏みしめ、前進していく。
「あ、あああ……ッ! 助けて、子どもが……ッ!」
逃げ遅れた母親が、瓦礫の陰で我が子を抱きしめて悲鳴を上げた。
しかし、権藤の網膜ディスプレイには、彼女もまた赤い『排除対象』として認識されている。
『Target Verified: Civilian / Unarmed.』
『Directive: Complete Annihilation (Minister Kato's Order).』
かつて柴田の下であれば、「民間人の巻き添えは許可できない」と即座に作戦の中止か変更を上申しただろう。柴田には、軍の誇りと、国家防衛という崇高な理念があった。
だが、今の権藤のシステムに、その命令を拒絶するだけの「倫理のプログラム」は存在しない。彼はただ、入力された『完全殲滅』というパラメータを満たすためだけに、銃口を微かに下げた。
チュインッ、というモーター音の直後。
母親と子どもが隠れていたコンクリートの瓦礫ごと、20ミリ徹甲弾の嵐が二人をミンチに変えて吹き飛ばした。
血煙が上がり、千切れた衣服の切れ端が、酸性雨の混じり始めた生暖かい風に乗って舞い上がる。
「……前衛ターゲットの消失を確認。ラインを押し上げる」
権藤は、自らが撒き散らした血の海をブーツで踏みにじりながら、機械音声で後続の部隊に指示を出した。
彼の周囲には、テロリストも市民も関係なく、ただ原型を留めない肉塊だけが延々と続いている。
***
「……狂ってやがる」
その惨状を、官庁街の反対側、崩落した立体交差の上から見下ろしている男がいた。
暗部『鴉』の執行官、戌亥迅である。
先ほどの下層区での激戦を牡丹との共闘で強引に切り抜けた後、指揮系統が麻痺する中で各個撃破を続けていた戌亥は、補給のためにこのエリアを通過しようとしていた。
彼の左腕は装甲が剥がれ落ち、右足も油圧系がイカれて引きずるような歩様になっている。
眼下では、権藤の放つ無慈悲な弾幕が、小津の扇動に乗せられただけの丸腰の若者たちを、次々と蜂の巣にしている光景が広がっていた。
「……戌亥。あれが、うちの国の新しい『軍隊』らしいで」
通信回線から、別のエリアで市民の誘導とテロリストの切り離し作業を行っている牡丹の声が、ひどく冷たい響きで届く。
「木下のブタがビビり散らかして、加藤に無理やり掃討させとるんやろな。暴徒も市民も関係あらへん。あれじゃあ、ただの『大国葬』のおかわりや」
「……ああ」
戌亥は短く答え、ヤタガラスを握る右手に力を込めた。
権藤鉄幹。
身体の8割を機械化した、完璧な兵器。
かつては、同じ国家の犬として、目的を共にする同類だと思っていた。しかし今、眼下でただ命令されるがままに無抵抗の市民をミンチにしていくあの姿は、戌亥にとってあまりにも醜悪に映った。
(俺は、どうだ?)
戌亥の脳内で、真っ赤なエラーコードが明滅する。
バグが、痛覚回路を通じて彼の精神を容赦なく責め立てる。
(お前も同じだ。あの夜、数千の市民を自らの手で撃ち殺したではないか。神が国を壊そうとしていると知ってもなお、首輪を外せず、反乱軍を殺し続けているではないか)
「……違う」
戌亥は、左の単眼レンズから血のようなオイルの涙をこぼしながら、低く唸った。
同じではない。
権藤には、この「痛み」がない。システムが弾き出す命令に一切の疑問を持たず、ただの肉挽き機として稼働している。彼は思考を完全に放棄したことで、兵器としては完成したが、魂はとうの昔に死滅しているのだ。
だが、戌亥には「迷い」がある。
「良心の呵責」というノイズがある。
なぜ戦うのか。なぜ殺すのか。その絶望的な自己矛盾を胸の奥に抱えながら、それでも「犬としての意地」だけで、血塗られた手を動かし続けている。
それが、狂った国家に殉じる戌亥迅の、最後の人間としての証明だった。
「……牡丹。俺は、行くぞ」
戌亥は立体交差から飛び降りる態勢に入った。
「アホ。どこ行く気や。アンタの今の装甲じゃ、権藤のガトリング食らったら即死やで」
「放っておくわけにはいかない。アレは……俺たち『鴉』の仕事よりも、タチが悪い」
戌亥は、権藤を止めようという正義感から動いたわけではない。
ただ、思考を停止した兵器による無価値な虐殺が、今の戌亥の「バグ」を耐え難いほどに逆撫でしたのだ。
「……しゃあないな。死ぬなよ、迷い犬」
通信回線が切れる。
戌亥は、軋む人工筋肉を限界まで駆動させ、立体交差から眼下の戦場へと飛び降りた。
ズンッ、と重い着地音が響く。
権藤が、ガトリングの銃口をゆっくりと戌亥の方へ向けた。
「……所属不明機。識別信号は『鴉』の執行官・戌亥迅。だが、貴官の管轄エリアはここではないはずだ」
権藤のカメラアイが、冷たく発光する。
「加藤大臣の命令により、この防衛ラインの絶対死守が最優先される。これ以上の接近は、反逆行為と見なす」
「……退け、権藤。お前はただの、壊れたおもちゃだ」
戌亥は、右腕のパイルバンカーを構え、赤い単眼レンズで真っ直ぐに権藤を睨み据えた。
完璧な兵器と、バグを抱えた狂犬。
相反する二つの殺戮機械が、酸性雨の降り始めた官庁街で、静かに互いの死線をロックオンした。




