第65話 狂信のガトリング(前編)
第一階層、首相官邸・地下緊急オペレーションルーム。
分厚い防爆装甲に守られたその空間は、本来であれば都市全域の反乱を冷静に鎮圧するための司令塔となるはずだった。しかし現在、そこに充満しているのは、統制の取れた緊張感ではなく、最高権力者による無様なパニックと絶叫だった。
「なんでだがや! なんで暴徒が第十階層まで上がってきとるんだて!」
木下英雄は、無数のモニターに映し出される市街戦の惨状を前に、髪を振り乱して叫んだ。
「あの小津のクソ野郎の電波、まだ止められんのか!? 『鴉』の猟犬どもは何をやっとるんだわ! さっさと全部殺して回らんか!」
「そ、それが……メインフレームへのハッキングが深層部にまで及んでおり、治安維持局のシステムは6割以上がダウンしています! 『鴉』の各部隊も、数と重火器の差で各地で孤立し、各個撃破されつつあります……ッ!」
汗だくのオペレーターが震える声で報告する。
「使えん! 使えんわ!!」
木下はコンソールを蹴り上げ、通信回線を新国防大臣である加藤へと繋いだ。
加藤は、先の『大国葬』の裏で行われた権力闘争において、木下が自身の息のかかった軍人を無理やり大臣の座に据えただけの、完全な傀儡である。偉大な軍人であった前任者の柴田勝馬が持っていたような、国家防衛への矜持も、部下への影響力も、戦術的知見も一切持ち合わせていない小物だった。
「加藤! いつまで軍を遊ばせとく気だわ! 第一階層までテロリストが来たらどうするつもりだがや!」
『は、はいッ! 直ちに全軍を投入します! 第七階層から第十階層の中間官庁街を防衛ラインとし、国防省直轄の特殊機甲連隊『金剛』を展開させます!』
「さっさとやれ! ああ、それとな、加藤。暴徒に混じって逃げ惑っとる一般市民がおるかもしれんが……」
木下の目が、爬虫類のように細く濁った。
「あいつら、大国葬の映像見て、ワシのこと人殺し呼ばわりしとったわな? だったら、もう選別なんて面倒なことせんでもええ。動くもんは全部、テロリストや。一人残らず、肉片にしてまえ」
『……り、了解いたしました! 直ちに実行させます!』
加藤はモニターの向こうで青ざめながらも、権力への恐怖から即座に同意した。
***
同時刻、第八階層・官庁街防衛ライン。
小津のプロパガンダに感化された数万の群衆が、下層から押し寄せていた。彼らは武装したテロリストだけでなく、怒りに任せて武器を手にしただけの一般労働者や、恐怖から逃げ惑う市民までもが入り混じった、統制のない巨大な濁流となっていた。
その巨大な波の前に、鋼鉄の壁のように立ちはだかる部隊があった。
国防省直轄、特殊機甲連隊『金剛』。
日本の対軍事殲滅戦を担う、最強の重武装部隊である。
「……現在時刻、マルロクマルマル。これより、防衛ラインの絶対死守任務を開始する」
部隊の先頭に立つ巨躯のサイボーグ——連隊長である権藤鉄幹は、冷徹な機械音声で部下たちに告げた。
身体の80パーセントを兵器化された軍用第3世代サイボーグ。彼の視界には、迫り来る群衆のすべてが、赤い「排除対象」のマーカーとして認識されている。
そこへ、加藤国防大臣からの直接通信が入った。
『権藤連隊長! 木下総理からの至上命令だ! 暴徒の中に一般市民が混じっていようが関係ない! ラインを越える者はすべてテロリストと見なし、完全殲滅せよ!』
それは、軍の存在意義である「国民の保護」を根底から覆す、狂気の命令だった。
かつての柴田大臣であれば、いかに木下の命令であろうと、このような無差別虐殺は決して許さなかっただろう。軍としての誇りを守るため、戦術的により適切な制圧方法を指示したはずだ。
しかし。
権藤の人工脳は、その命令に対して「Error」を一つも吐き出さなかった。
「……了解した。加藤大臣の命令を受諾。作戦行動を『暴徒鎮圧』から『完全殲滅』へと移行する」
権藤にとって、加藤が小物であるかどうかなんて関係ない。彼が新しい上官(システムの一部)であり、木下がこの国の最高権力者である以上、その命令は絶対なのだ。
『鴉』の戌亥迅のように、人間の残滓を抱え、自身の行いに苦悩するような機能は、彼には最初から搭載されていない。彼は、思考を完全に放棄した「完璧な兵器」だった。
権藤は、右の重装甲義腕のロックを解除し、パージ(切り離し)した。
ガコンッ、という重い音と共に義腕が外れると、背部の巨大なウェポンラックから、特殊な換装ギミックを備えた『六銃身大型ガトリング砲』が自動的にスライドし、右肩のコネクタへと直接接続された。
「殲滅を開始する」
ウィィィィィン……ッ!
モーターが回転し、六本の銃身が高速で回り始める。
群衆の最前列にいたテロリストが、恐怖で目を見開き、慌ててロケットランチャーを構えようとした。
だが、遅い。
ズドドドドドドドドドドドドッ!!!
毎分6000発。
それはもはや銃声ではなく、巨大なチェーンソーが世界を削り取るような、物理的な破壊音だった。
権藤の放つ20ミリ徹甲焼夷弾の弾幕は、先頭のテロリストの装甲車を紙屑のように吹き飛ばし、その後ろにいた数百人の市民を一瞬にして「肉の霧」へと変えた。
悲鳴を上げる暇すらない。逃げようと背を向けた女性も、怒り狂って鉄パイプを振り上げた老人も、すべてが平等に、真っ赤なミンチとなってアスファルトに撒き散らされていく。
「ひ、ひぃぃぃッ!?」
「軍だ! 逃げろ、撃たれるぞ!!」
群衆はパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
しかし、権藤は無機質な足取りで前進し、ガトリングの銃口を左右に振り回しながら、容赦なく弾幕を撒き散らし続けた。
「……ターゲット、多数残留。引き続き、面制圧を続行する」
偉大な軍人(柴田)を失い、小物の命令によってただの虐殺機械に成り下がった軍。
その絶望的な光景は、監視社会のユートピアが、正真正銘の地獄へと堕ちた瞬間だった。




