第64話 飛来する戦友
「……トドメだ、クソ犬!!」
暴徒のひとりが絶叫し、装甲車に据え付けられた12.7ミリ重機関銃のトリガーを引こうとした。
左腕は千切れかけ、右足も完全に機能不全に陥った戌亥迅は、泥水に塗れたまま、ただ静かに赤い単眼レンズでその銃口を見据えていた。
残された右腕のパイルバンカーを突き出す余力もない。システムは完全に沈黙を告げようとしている。
ズドドドドドッ!!
重低音の連射音が下層区のビル群に木霊した。
しかし、その銃弾が戌亥の身体を貫くことはなかった。
重機関銃の弾幕が放たれるコンマ数秒前。
戌亥の頭上、分厚い第十四階層のコンクリートの天井が、凄まじい衝撃と共に物理的に「蹴り破られた」のだ。
ドガァァァァァァッ!!
落下してくる数トンもの瓦礫の雨。その破片と共に、空を覆う黒煙の只中から、しなやかな銀色のシルエットが弾丸のようなスピードで真っ逆さまに降下してきた。
「上や!! な、なんだアレは——」
暴徒たちが銃口を上空へ向けるより早く。
降下してきたサイボーグ——御堂牡丹は、空中で身体を捻りながら、両手に握った二丁の『雷火』のトリガーを引き絞った。
タタタタタタタタタタタタタッ!!
装弾数と連射速度に極振りしたカスタム・マシンピストル。その圧倒的な弾幕が、空から降り注ぐ豪雨のように暴徒の群れに襲い掛かる。
精密な射撃ではない。だが、計算し尽くされた制圧射撃が、重機関銃に群がっていたテロリストたちを瞬く間に血の海へと沈めていく。
「どけやぁぁぁッ!!」
牡丹はそのままの勢いで、装甲車の天井へと落下した。
着地の瞬間、彼女は両足の踵に内蔵された極太の鋼鉄の杭を一斉に射出した。
『壱式・瞬発穿孔脚』
ギガァァァァンッ!!
火薬カートリッジの爆発音が響き、二本の杭が装甲車の分厚いルーフを豆腐のように貫通する。内部のエンジンブロックと弾薬庫を同時に粉砕された装甲車は、巨大な火柱を上げて大爆発を起こした。
爆風を背に受けながら、牡丹は軽やかなバック転で炎の中から飛び退き、満身創痍の戌亥の横へと滑り込むように着地した。
「……遅いぞ」
泥だらけの戌亥が、ノイズ混じりの低い声で吐き捨てた。
「ホンマ、ウチが来んかったらただの粗大ゴミになっとったで、アンタ」
牡丹はカチャリと『雷火』の弾倉を交換しながら、いつもの飄々とした関西弁で笑い返した。
「上層区の連中もえらい発狂しとってな。あっちの暴徒は『強制排除』して、無理やり壁ぶち抜いてショートカットしてきたんや。褒めてや」
通信回線すら死んでいる状況で、彼女がこのタイミングで現れたのは奇跡ではない。互いの管轄区の位置関係と、これまでの暴動の推移パターン、そして何より「戌亥ならここで足止めを食らっているはずだ」という、長年背中を預け合ってきた戦友としての完全な計算だ。
そこに、センチメンタルな恋愛感情や涙など一切ない。あるのは、互いの機械の身体の限界と戦術を完璧に把握し合っているという、殺戮者同士の絶対的な信頼だけだった。
「……弾はあるか」
戌亥が、千切れかけた左腕を強引に引きちぎりながら問う。
「『ヤタガラス』の予備マガジンなら、三つだけ持ってきたったわ。貸したるから、右腕だけでちゃんと当てや」
牡丹は腰のポーチから巨大なマガジンを抜き出し、戌亥へと放り投げた。
「……十分だ」
戌亥はそれを右腕だけで見事にキャッチし、ヤタガラスに叩き込む。
人工筋肉の出力をリミッター解除まで引き上げ、関節から火花を散らしながら、重戦車が立ち上がるようにゆっくりと身を起こした。
装甲車を破壊されパニックに陥っていた暴徒たちが、再び体勢を立て直し、四方八方から押し寄せてくる。その数は、まだ数百は下らない。
「しゃあないな。ここから先は、ウチら『鴉』の残業タイムや」
牡丹は二丁の『雷火』を両手に構え、しなやかな足に力を込めた。
戌亥もまた、右腕のヤタガラスとパイルバンカーを構え、赤い単眼レンズを不気味に光らせる。
「牡丹、右の重火器持ちは俺が粉砕する。左の有象無象を片付けろ」
「了解や。……死ぬなよ、戌亥」
「お前もな」
短い言葉を交わした瞬間。
二匹の猟犬は、弾かれたように敵の群れの中へと飛び込んでいった。
牡丹が驚異的なアクロバットで敵の弾幕を掻き潜り、『雷火』の乱射で暴徒たちを次々と踊らせる。その機動力に敵の注意が向いた瞬間、戌亥が右腕のパイルバンカーの推力を利用して一気に距離を詰め、ヤタガラスの20ミリ徹甲弾でロケットランチャー持ちを確実な死へと追いやる。
スピードと弾幕。重圧と一撃必殺。
完全に真逆の戦闘スタイルを持つ二つの兵器が、パズルのピースのように完璧に噛み合い、燃える下層区に巨大な死の舞踏を描き出していく。
「ヒャハハハッ! 当たらんで、当たらんでぇ!」
牡丹が笑いながら空中でアンクル・パイルバンカーを射出し、敵の頭蓋骨を粉砕する。
「……無駄口を叩くな。次が来るぞ」
戌亥が冷徹に告げ、その背後から現れた敵をヤタガラスで撃ち抜く。
虚構の国家が崩壊していく炎の中で。
決して互いを見捨てることのない最強の戦友同士は、通信越しに軽口を叩き合いながら、絶望的な市街戦を蹂躙し続けていった。




