第57話 狂気の祭典(『大国葬』の布告)
柴田勝馬の暗殺から数日後。新京の上空は、巨大なホログラム・プロジェクターが投射する、黒と白の弔旗で完全に覆い尽くされていた。
『偉大なる指導者、犬養旭弘総理の急逝を悼み、国家はここに「大国葬」の執り行いを宣言する』
都市のあらゆるスピーカーから、荘厳で重々しい鎮魂歌と、内閣総理大臣・木下英雄の仰々しい声明が絶え間なく鳴り響いている。
表向きは、病に倒れた「神」への哀悼。
しかし、その実態は、権力闘争に勝利し、党首と首相の座を強奪した木下が、自身の絶対的な権力を国内外に誇示するための、途方もなく巨大なプロパガンダであった。
第一階層から最下層の工業区に至るまで、すべての街角には武装した治安維持局の隊員が配置され、市民は腕に喪章を巻くことを強制された。少しでも追悼の意に欠ける態度をとれば、即座に連行される。
新京は今、完全な恐怖と熱狂に支配された「狂気の祭典」の只中にあった。
「素晴らしいだわ……これぞ、完全なる秩序だわ」
特別局長室の窓から、喪に服す都市を見下ろし、木下はワイングラスを傾けながら恍惚と呟いた。
軍のトップである柴田を消し、内務省の明智を抹殺した今、彼に逆らう者は誰もいない。彼は今や、犬養が構築したこの監視社会のインフラすべてを、一個人の欲望のままに動かせる「新しい神」となっていた。
「さあ、総仕上げだわ。この美しき国葬を、不穏分子の血でさらに浄化するんだわ」
木下は通信コンソールを叩き、暗部『鴉』の専用回線へ、極秘の指令データを送信した。
同刻。地下深くの『鴉』本部の作戦室。
戌亥迅をはじめとする執行官たちの網膜ディスプレイに、一つの巨大なデータファイルが強制ダウンロードされた。
『極秘指令:殉死大行進』
『目的:大国葬に伴う、国家の完全なる浄化』
そのリストを開いた瞬間、作戦室に集まった執行官たちの間に、異様な沈黙が落ちた。
リストに記載されたターゲットの数は、数千人に及んでいた。
過去に労働ストライキに参加しただけの工員、小津の海賊放送を数秒間視聴しただけの学生、思想矯正施設から出所したばかりの老人。武器を持つテロリストなど一人もいない。ただ「不穏な思考を持つ可能性がある」とシステムが弾き出した、無力な市民の羅列だった。
「なんやこれ……。数千人やで? これ全部、今夜中に『処理』しろって言うんか」
牡丹がリストをスクロールさせながら、いつもの飄々とした口調を崩し、低く震える声で呟いた。
「殉死大行進、だと。要は、ただの大量処刑だ。木下は、自分の権力を盤石にするためだけに、この街のゴミ掃除を俺たちにやらせる気だ」
別の執行官が、吐き捨てるように言った。
地上では、華々しい鎮魂の音楽が鳴り響き、国家の偉大さを讃える映像が延々と流されている。
その輝かしい光の裏側で、彼ら猟犬には、数千の無実の命を闇から闇へ葬り去るという、史上最悪の任務が与えられたのだ。
『Error: Target threat level is zero.』
『Warning: Lethal force is completely unjustified.』
戌亥の視界では、再び赤いエラーコードが狂ったように明滅を始めていた。
柴田を撃った時に消え去ったはずのバグが、この圧倒的な理不尽を前にして、再びシステムの奥底から這い上がってきたのだ。
「……命令だ。各自、指定された区画へ向かえ」
戌亥は痛覚を遮断し、自らの声帯から一切の感情を削ぎ落として言った。
反論は許されない。思考も許されない。彼らは国家の牙であり、主人が噛めと言えば、対象が誰であろうと噛み殺すしかないのだ。
華麗なる追悼の音楽が響き渡る都市。
その無菌のユートピアの地下から、重圧粉砕腕とヤタガラスを装備した漆黒の猟犬たちが、絶望的なコントラストを描きながら、血塗られた虐殺の夜へと出撃していく。




