第55話 鉄の回廊
国防省の地下深くへと続く、灰色のコンクリートと分厚い鋼鉄で覆われた防空回廊。
権藤率いる『金剛』の主力が官庁街へ出向いているとはいえ、国防の要塞が手薄になるはずがない。回廊の奥には、権藤が柴田護衛のために残した軍用第3世代サイボーグの精鋭部隊が、完璧な防衛陣形を敷いて待ち構えていた。
「侵入者捕捉。……『鴉』の猟犬一匹だ。面制圧で削り殺せ!」
指揮官の号令と共に、閉鎖空間に重機関銃の爆音が轟いた。
前列が展開した分厚い防弾シールドの隙間から、無数の曳光弾がオレンジ色の軌跡を描いて殺到する。逃げ場のない一直線の回廊。それは、物理的な死の壁だった。
『Error: Target is Allied Military Force.』
『Warning: Severe Damage Imminent.』
戌亥の網膜ディスプレイを、真っ赤なエラーコードが埋め尽くす。
軍の精鋭を殺す正当性など、どこにもない。システムが発する強烈な「迷い(バグ)」が、神経回路を通じて肉体を焼き切るような激痛となって戌亥を襲う。
だが、彼は立ち止まらない。痛覚を遮断するコマンドすらノイズに掻き消される中、戌亥は自らをただの質量兵器と化して、弾幕の嵐の中へ真っ直ぐに踏み込んだ。
「邪魔だ……ッ!」
チタン合金の装甲が次々と弾丸を浴び、ひしゃげ、青白い火花を散らす。
戌亥は左腕で顔面を庇いながら、一切の回避行動をとらずに重戦車のように直進した。肩の装甲が吹き飛び、合成血液が黒いオイルと混ざって床に滴り落ちる。それでも、その歩みはコンマ一秒すら遅れない。
距離を詰め、大口径対装甲拳銃『ヤタガラス』を引き抜く。
狙いをつける必要すらなかった。戌亥は防弾シールドの真正面に銃口を押し当て、至近距離から20ミリ徹甲弾をぶち込んだ。
鼓膜を破るような轟音が鉄の回廊に反響する。
強固なシールドが粉々に砕け散り、その後ろにいた軍用サイボーグの上半身が赤い霧となって吹き飛んだ。
「ひるむな! 陣形を立て直せ! 相手は単機だ!」
軍の精鋭たちは組織的な連携で戌亥の背後や死角に回り込もうとする。しかし、戌亥の「個の暴力」は、戦術という概念そのものを力任せに蹂躙した。
背後からアサルトライフルを突き立ててきた兵士を、振り返りざまの裏拳で壁に叩きつける。装甲がひしゃげる嫌な音が響く。さらに右腕のラッチを強制解放した。
「零式・重圧粉砕腕……起動ッ!」
炸裂する火薬カートリッジ。極太の鋼鉄の杭が、迎撃に出た巨漢のサイボーグの胸部装甲を、背後のコンクリート壁ごと貫き、粉砕する。
泥臭く、重苦しい死闘。洗練された回避やアクロバットなど皆無。互いの装甲を削り合い、関節を物理的にへし折る、むき出しの暴力の連鎖。
戌亥の装甲はボロボロに引き裂かれ、エラーコードの赤い光が視界の九割を奪っていた。バグによる激痛で意識が飛びそうになる中、彼はただ「敵を破壊する」という命令の残滓だけを頼りに、パイルバンカーを打ち込み続けた。
やがて、回廊に静寂が訪れる。
火薬の煙と、オイルの臭いが充満する閉鎖空間。戌亥の足元には、原型を留めない軍用サイボーグたちの残骸が山のように転がっていた。
「……駆動系、異常なし。進むぞ」
左目から血の涙のようなオイルを流し、全身から白煙を上げながら、狂犬はエラーコードの海の中でただ一人、柴田の待つ最深部へと重い足を引きずっていった。




