第45話 鎖の重さ
死の舞踏は、唐突な静寂によって幕を下ろした。
炎上するハイウェイの只中。互いの動きが完全に同調し、極限まで加速した直後だった。
エイダが流体金属のブレードをフェイントに使い、限界までひねりを加えた強烈な回し蹴りを放つ。チタンの軋む嫌な音と共に、戌亥の分厚い胸部装甲が砕け散った。
しかし同時に、衝撃で体勢を崩しながらも、戌亥の右手がヤタガラスの引き金を引いていた。放たれた20ミリ徹甲弾がエイダの頬を掠め、彼女の強固な光学迷彩皮膜の機能を一部ショートさせる。
バチバチと青白い火花が散る一瞬の硬直。
気がつけば、二人は互いの急所に致命の一撃を突きつけたまま、彫像のように静止していた。
エイダの鋭利な流体刃が、戌亥の頸動脈を覆う装甲の隙間にピタリと添えられている。
戌亥のヤタガラスの巨大な銃口が、エイダの心臓部を寸分違わず捉えている。
引き金を引くか、刃を押し込むか。
コンマ一秒の判断で互いの命が消し飛ぶ絶対的な死地。だが、二人の間に殺意の波はもう波立っていなかった。ただ、燃え盛る装甲車の炎だけが、静止した鋼と流体を赤く照らし出している。
「……なぜ」
刃を突きつけたまま、エイダが不意に静かな声で口を開いた。
それは挑発でも、哀れみでもない。純粋な疑問だった。
「なぜ死にゆく国家のために戦うの?」
小津の放送により、新京の欺瞞はすでに暴かれている。目の前の男が、自らの内のバグに苦しんでいることも、エイダには痛いほど伝わっていた。それでもなお、彼が自らを傷つけながら戦い続ける理由がわからなかった。
戌亥は、赤い単眼レンズでエイダを見つめ返した。
エラーコードの出ない静かな視界。彼はヤタガラスを構えたまま、低く、かすれた声で答えた。
「俺には、この鎖を噛みちぎる生き方が分からない」
国家の犬として造られ、殺戮の命令のみを栄養として生きてきた。鎖を外された野良犬がどうやって生きていけばいいのか、彼の中のどの論理回路を検索しても、答えはどこにも存在しなかったのだ。
その言葉に込められた圧倒的な孤独と哀愁に、エイダはわずかに目を伏せた。
「……そう」
エイダは刃を液状化させて引き、ゆっくりと後退した。戌亥もまた、何も言わずにヤタガラスの銃口を下ろす。
光学迷彩が復旧し、エイダの姿が夜の闇へと溶け込んでいく。
「いつか、あなたがその鎖の重さに気づく日を待っているわ」
風に溶けたその言葉だけを残し、エイダは完全に姿を消した。
炎が爆ぜる音だけが響く無人のハイウェイ。戌亥は砕けた胸部装甲から身を切るような夜風を浴びながら、重すぎる見えない鎖を引きずるように、一人静かに歩き出した。




