↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/101

第45話 鎖の重さ

 死の舞踏は、唐突な静寂によって幕を下ろした。

炎上するハイウェイの只中。互いの動きが完全に同調し、極限まで加速した直後だった。

エイダが流体金属のブレードをフェイントに使い、限界までひねりを加えた強烈な回し蹴りを放つ。チタンの軋む嫌な音と共に、戌亥の分厚い胸部装甲が砕け散った。

しかし同時に、衝撃で体勢を崩しながらも、戌亥の右手がヤタガラスの引き金を引いていた。放たれた20ミリ徹甲弾がエイダの頬を掠め、彼女の強固な光学迷彩皮膜の機能を一部ショートさせる。

バチバチと青白い火花が散る一瞬の硬直。

気がつけば、二人は互いの急所に致命の一撃を突きつけたまま、彫像のように静止していた。

エイダの鋭利な流体刃が、戌亥の頸動脈を覆う装甲の隙間にピタリと添えられている。

戌亥のヤタガラスの巨大な銃口が、エイダの心臓部を寸分違わず捉えている。

引き金を引くか、刃を押し込むか。

コンマ一秒の判断で互いの命が消し飛ぶ絶対的な死地。だが、二人の間に殺意の波はもう波立っていなかった。ただ、燃え盛る装甲車の炎だけが、静止した鋼と流体を赤く照らし出している。

「……なぜ」

刃を突きつけたまま、エイダが不意に静かな声で口を開いた。

それは挑発でも、哀れみでもない。純粋な疑問だった。

「なぜ死にゆく国家のために戦うの?」

小津の放送により、新京の欺瞞はすでに暴かれている。目の前の男が、自らの内のバグに苦しんでいることも、エイダには痛いほど伝わっていた。それでもなお、彼が自らを傷つけながら戦い続ける理由がわからなかった。

戌亥は、赤い単眼レンズでエイダを見つめ返した。

エラーコードの出ない静かな視界。彼はヤタガラスを構えたまま、低く、かすれた声で答えた。

「俺には、この鎖を噛みちぎる生き方が分からない」

国家の犬として造られ、殺戮の命令のみを栄養として生きてきた。鎖を外された野良犬がどうやって生きていけばいいのか、彼の中のどの論理回路を検索しても、答えはどこにも存在しなかったのだ。

その言葉に込められた圧倒的な孤独と哀愁に、エイダはわずかに目を伏せた。

「……そう」

エイダは刃を液状化させて引き、ゆっくりと後退した。戌亥もまた、何も言わずにヤタガラスの銃口を下ろす。

光学迷彩が復旧し、エイダの姿が夜の闇へと溶け込んでいく。

「いつか、あなたがその鎖の重さに気づく日を待っているわ」

風に溶けたその言葉だけを残し、エイダは完全に姿を消した。

炎が爆ぜる音だけが響く無人のハイウェイ。戌亥は砕けた胸部装甲から身を切るような夜風を浴びながら、重すぎる見えない鎖を引きずるように、一人静かに歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。