第42話 泥塗れの牙
権藤のガトリング砲によって無残に削り取られたマンション群が、断末魔のような軋み声を上げていた。
支柱を失ったコンクリートの塊が次々と剥がれ落ち、濛々たる粉塵が夜の闇を白く染め上げる。権藤のAIはあの凄まじい面制圧の弾幕をもって「対象消滅」と演算し、すでに空の彼方へ撤収していた。
だが、戌亥迅の網膜ディスプレイは、崩落の奥底で微かに明滅する熱源反応を捉えていた。
逃げ延びようとしている。レジスタンスの首魁だ。
権藤のやり方は、面を塗りつぶす大雑把な「計算」に過ぎない。確実に標的の喉笛を噛みちぎることこそが、猟犬たる自らの役目だ。
「……標的の処理を続行する」
戌亥は崩れ落ちる瓦礫の雨の中へ、単騎で突入した。
頭上から数トンはある巨大なコンクリート片が降り注ぐ。戌亥は回避することなくヤタガラスを抜き放ち、上空へ向けて轟音を轟かせた。
20ミリ徹甲弾がコンクリートを空中で粉砕し、石のつぶてとなって戌亥のチタン合金の装甲を激しく叩く。
「邪魔だッ!」
行く手を阻むひしゃげた鉄骨の束を、右腕の零式・重圧粉砕腕で殴りつける。
炸裂する火薬。パイルバンカーが分厚い鉄骨をへし折り、力任せに道を開き開く。スマートな制圧術などそこにはない。あるのはひたすらに障害を叩き割り、標的へと直進する「点」の突破力だけだ。
頭上の給水タンクが破裂し、濁流のような泥水が崩壊するマンション内部に降り注いだ。
戌亥の銀の装甲が泥と灰で薄汚れ、冷却ファンが悲鳴を上げる。それでも歩みは止まらない。バグによる内面の軋みも、泥水の冷たさも、すべてを暴力への推進力に変えて瓦礫の奥深くへと突き進む。
そして、崩落した地下駐車場の入り口。
泥水と血に塗れながら、瓦礫の隙間を這いずって逃げようとする男の姿があった。
レジスタンスの首魁だ。足の骨が折れているのか、虫の息で地面を這っている。
ズシン、と。
泥水を跳ね上げ、巨大な鋼鉄の猟犬が男の前に降り立った。
全身を泥と灰で汚し、左腕から合成血液を滴らせながらも、その赤い単眼レンズは暗闇の中で爛々と殺意の光を放っていた。
「ひぃッ……! な、なんでだ……軍の砲撃は終わったはず……」
絶望に顔を引きつらせる首魁を見下ろし、戌亥は無言でヤタガラスの銃口をその額へと押し当てた。
軍の掃討など知ったことではない。お前を殺すのは、俺だ。
それが、狂った機械には決して理解できない、意地と血の通った執念だった。
「対象の、完全沈黙を確認する」
轟音。
閃光と共に放たれた一撃が、標的の命を確実に奪い去った。
崩落が続く地下の暗がりの中、戌亥は泥水に膝まで浸かりながらヤタガラスを下ろした。完璧な機械の演算を凌駕したのは、泥に塗れてでも牙を突き立てる、猟犬の執念だった。




