第41話 狂気の演算
新京の下層外周区。密集したコンクリートの旧式居住ブロックは、亡命政府と内通するゲリラのスナイパー部隊にとって、地の利を活かした絶好の潜伏拠点となっていた。
戌亥迅は、損傷した左腕の応急処置もそこそこに、単独での無音潜入を試みようと暗がりを移動していた。内部のバグを強引に押し殺し、標的のみを確実に処理する。それが猟犬の仕事だ。
しかし、戌亥がアサルトライフルの銃口が覗くマンションの影に到達しようとしたその時。
空気を切り裂くような重低音が、新京の夜空を震わせた。
「……何だ?」
戌亥の網膜ディスプレイが、急速に接近する巨大な熱源反応を捉える。
ズドオオォォォンッ!!
凄まじい着地音と共に、居住ブロックの広場に降り立ったのは、身の丈三メートルに迫る巨鋼の塊。国防省直轄・特殊機甲連隊『金剛』の連隊長、権藤鉄幹だった。
『対象ブロック、テロリストの拠点と断定。これより殲滅を開始する』
拡声器を通した権藤の機械的な声が響く。
柴田国防大臣による、警察権力を無視した強硬な政治介入。軍が直接、テロ鎮圧に乗り出してきたのだ。
「権藤、ここは我々『鴉』の管轄だ。引け」
戌亥が警告を発するが、権藤の巨大な単眼レンズは戌亥を「非脅威の障害物」として処理しただけで、一切の返答をしなかった。
権藤は無言のまま、自身の右腕の重装甲を物理的にパージ(切り離し)した。
ガコンッ、という重々しい金属音と共に、背部のウェポンラックから巨大な『六銃身大型ガトリング砲』がアームによって展開され、失われた右腕の基部へと直接接続される。
「まさか……」
ゲリラたちを建物から燻り出す気など、端からなかったのだ。
権藤の思考回路にあるのは、被害を最小限に抑えるという警察の理念ではない。敵を完全に消去するという、軍事的な「計算」のみ。
『面制圧、開始』
チュイィィィン……というモーターの回転音が極限まで高まり、六つの銃身が火を噴いた。
毎分六千発の弾幕。それはもはや射撃ではなく、空間そのものを削り取る物理的な嵐だった。
「ひぃッ! ば、化け――」
スナイパーたちの悲鳴は、轟音の前に全くの無意味だった。
権藤のガトリング砲は、ゲリラが潜伏しているマンションの三階部分を、コンクリートの壁ごと粉々に粉砕した。人体など、消しゴムのカスのように一瞬で消え去る。
さらに権藤は砲身を無慈悲に左右へと振り、隣接するマンション、その隣の居住ブロックごと、一切の躊躇なく更地へと変えていく。
「やめろッ! そのブロックにはまだ一般市民が――」
戌亥が叫ぶが、轟音にかき消される。
瓦礫の山が築かれ、黒煙が立ち昇る中、権藤は数分間の掃射を終え、ピタリとガトリングの回転を止めた。
『対象エリアの生命反応、ゼロ。作戦完了。帰還する』
そこには、ゲリラも、無実の市民も、生活の痕跡も、何もかもが存在しなかった。あるのは、ただ計算式通りに処理された「死の更地」だけ。
権藤は燃え盛る瓦礫を一瞥することもなく、背部のブースターを点火して夜空へと去っていった。
圧倒的な火力。そして、一滴の迷いもバグも生じない、完璧な狂気。
戌亥は、白煙を上げる銃弾の雨の残骸の中に立ち尽くした。
かつては自分も、権藤と同じように「ただの機械」であろうとした。だが、目の前の惨状を見た戌亥の胸の奥で、激しいエラーコードと、人間としての明確な「怒り」が煮えたぎっていた。
彼は痛感した。
もはや自分は、あのような純粋な機械には絶対に戻れないという、絶望的で決定的な事実を。




