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鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


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4/21

第4話 第十一外周区暴動

 新京の空が、どす黒い煙と不気味なオレンジ色の炎に染まっていた。

 第十一外周区、メインストリート。かつては配給トラックと労働者たちが列を作っていたその場所は今、完全な戦場、あるいは地獄の底へと変貌していた。

「押し返せ! 防衛線を割らせるな!」

 治安維持局の正規警備隊の中隊長が、拡声器で血を吐くように叫ぶ。

 強化プラスチック製の透明なシールドを構えた数百名の警備隊員たちが、通りを封鎖するように横一列に並んでいる。だが、彼らの顔は恐怖に引きつり、その陣形は今にも崩壊しそうだった。

 彼らの眼前に迫っているのは、数千、いや数万に膨れ上がった下層区画の市民たちによる、怒り狂った津波だった。

 配給の削減、過酷な労働。抑圧され続けた彼らの不満は、裏社会のギャングたちの煽動と違法武器のバラ撒きによって、ついに臨界点を突破したのだ。

「国家の犬どもを殺せええっ!」

「俺たちに飯を食わせろ! 自由を返せ!」

 暴徒たちの手には、鉄パイプや火炎瓶だけでなく、旧式のアサルトライフルや違法なレーザーガンが握られている。

 雨あられと降り注ぐ投擲物と銃弾がシールドを叩き割り、生身の警備隊員たちが次々と血を吹き出して倒れていく。防衛線が突破されるのは、もはや時間の問題だった。

 警備隊のシールドの壁が、ついに中央から決壊した。

 怒号と共に、雪崩を打って押し寄せる暴徒たち。警備隊員たちが絶望の悲鳴を上げた、まさにその瞬間だった。

 ズォンッ!! という凄まじい爆発音が、通りの側面のコンクリート壁を粉砕した。

 もうもうと舞い上がる粉塵の中から、一人の男が暴徒たちの側面へと歩み出てくる。

 旧第七プラントの廃工場からそのまま駆けつけた戌亥迅だった。

 戌亥の黒いハーフコートは先ほどの戦闘で各所が焦げ、端正な顔の人工皮膚には煤と夥しい返り血がこびりついている。

 彼は無表情のまま大口径対装甲拳銃『ヤタガラス』を構え、側面から暴徒の群れに向かって引き金を引いた。

 轟音。先頭で歓声を上げていた暴徒数名の上半身が、一発の徹甲弾によって肉塊に変えられる。

 突然現れた死神のような姿と圧倒的な火力に、暴徒たちの足がピタリと止まった。

 そこへ、上空から飛来した治安維持局の漆黒の垂直離着陸機(VTOL)が急降下してきた。

 猛烈なダウンウォッシュが周囲の炎と煙を吹き飛ばす。地上からまだ十メートル以上ある高さで、機体の後部ハッチが開いた。

 そこから、小柄でしなやかな影が躊躇なく空へと身を躍らせる。

 凄まじい衝撃音と共にアスファルトを砕いて着地したのは、黒いライダースーツに身を包んだ若い女だった。

 御堂牡丹みどう・ぼたん

 国家治安維持局、暗部『鴉』執行官。戌亥と同じく、身体の四〇パーセントを機械化した第三世代サイボーグ『鉄鋼マシーナリー』である。

 彼女は女子プロレスラーのように引き締まった肉体を軽くストレッチさせると、愛嬌のある顔に好戦的な笑みを浮かべ、戌亥の方を見た。

「認識番号確認。鴉・〇四やね。お疲れさん、えらい派手にやってるやん」

 牡丹の網膜に、本部からの冷酷な命令が緑色の文字で表示されている。

『指令:暴徒の完全鎮圧。武装の有無を問わず、暴動参加者はすべて処理せよ』

 彼女の両手には、すでに二丁のカスタム・マシンピストル『雷火らいか』が握られていた。

「鴉・〇七か」

 戌亥は牡丹をチラリと一瞥し、認識番号だけを短く確認した。

「せや。応援に来たったで。下層のお掃除とはいえ、さすがにこの数は一人じゃ骨折れるやろ? うちがサクッと片付けたるから、後ろで見とって――」

「無駄口を叩く暇があるなら、トリガーを引け」

 牡丹の関西弁の軽口を完全に無視し、戌亥は再びヤタガラスの銃口を暴徒へと向け、容赦なく火を噴かせた。轟音と共に、人間の肉体が紙細工のように粉砕されていく。

「……相変わらず、つれない男やなぁ」

 牡丹は肩をすくめると、一転して鋭い獣のような目で群衆を睨みつけた。

「ほな、お仕事の時間やな! そこ退きや、お兄さんたち!」

 牡丹は常人離れした脚力で、空高く跳躍した。

 彼女の下半身は、腰から両足のつま先に至るまでが高出力の機械で構成されている。空中で身を捻りながら、眼下に広がる暴徒の群れに向かって、雷火のトリガーを引き絞った。

 けたたましい連射音。

 秒間数十発という恐るべき速度で放たれた徹甲弾の雨が、暴徒たちの頭上から降り注ぐ。

 悲鳴を上げる間もなく、数十人の男女が文字通りハチの巣にされ、血飛沫を上げてアスファルトに転がった。

 牡丹は空の弾倉を瞬時に排莢し、腰のマガジンポーチから新しいものを滑り込ませると、群衆の真っ只中へと着地した。

 違法なインプラント腕を持つ男が、怒り狂って牡丹に殴りかかる。

「おっそいわぁ」

 牡丹は弾かれたように男の懐へ飛び込むと、両脚で男の首を強固に挟み込んだ。

 そのまま自らの体を後方へ反らせ、機械の脚力と遠心力を利用して男の巨体を空中に放り投げる。プロレス技のフランケンシュタイナー。

 ゴキィッ、という無惨な音と共に男の頸椎がへし折れ、その死体をクッションにするようにして牡丹は軽やかに着地する。彼女はそのまま踊るようなステップで空間を縦横無尽に跳び回り、笑い声を上げながら、雷火による全方位への弾幕を張り続けた。

 牡丹が機動力を削ぎ、パニックに陥らせた群衆の真っ只中を、今度は重戦車のような足音を響かせて戌亥が歩みを進める。

 暴徒の一人が火炎瓶を投げつけた。

 放物線を描いたガラス瓶が戌亥の胸元で砕け散り、粘着性のある炎が彼の黒いコートと上半身を包み込む。だが、火だるまになった戌亥の歩みは、ただの一歩も止まらなかった。

 炎の中からヤタガラスが火を噴き、右へ、左へ、正面へと無慈悲に死を振り撒く。

 向かってくる数人のテロリストに対し、戌亥は銃を収め、右腕を突き出した。肘の装甲がスライドし、極太の鋼鉄の杭が顔を出す。零式・重圧粉砕腕。

 ドガンッ!!

 至近距離での爆発的な射出。

 鋼鉄の杭が三人まとめて胴体を貫通し、肉の串刺しにする。戌亥が無造作に右腕を振り抜くと、血まみれの死体たちが路地の壁へと投げ飛ばされた。

 牡丹のスピードと弾幕、そして戌亥の絶対的な破壊力。

 二体の鉄鋼マシーナリーの連携により、ここはもはや戦場ではなく、一方的な屠殺場と化していた。

「あかん、あかんて! 逃げろ、殺される!」

 ついに暴徒たちの心が折れた。

 彼らは武器を放り出し、我先にと背を向けて逃げ惑い始めた。手にはもう武器はない。命乞いを叫び、ただ生きて逃げることだけを求める無力な弱者だ。

 しかし、国家の命令は絶対である。

 戌亥の網膜に、逃げ惑う人々の背中を捉えた赤いロックオンサイトが無数に表示される。

 背中を向けて逃げる十代の少年。転んだ夫を引き起こそうとする妻。

 戌亥の機械脳の奥底で、ほんのコンマ数秒、微小なノイズが走った。これを撃つことに何の大義があるのか。

 だが、戌亥はそのバグを絶対的な忠誠心というファイアウォールで即座に握り潰した。彼はヤタガラスを構え、無感情に引き金を引いた。

 銃声。少年の頭部が吹き飛ぶ。

 銃声。妻の胸に巨大な風穴が開く。

 血の海と化した市街地に、断末魔の悲鳴が重なり合う。

 戌亥の隣では、牡丹が軽やかなステップを踏みながら、逃げる背中へ向けて雷火の連射を浴びせていた。

「あーあ、背中向けたらあかんよー。うちの神様は、逃げる奴には特別厳しいんやから」

 牡丹は陽気な口笛すら吹きながら、弾倉を交換し、容赦なく非武装の市民を蜂の巣にしていく。

 その笑顔の裏側にどんな感情が隠されているのか、戌亥にはわからない。ただ二人とも、この狂った国家の部品として、狂ったシステムを忠実に実行し続けていることだけが真実だった。

 二体の鉄鋼マシーナリーが通りを歩くたび、原型をとどめない死体の道が出来上がっていく。

 泥とコンクリートでできたこのスラムの地面は、おびただしい量の血を吸い込み、どす黒い沼へと変わっていた。

 だが、暴動はまだ終わらない。

 悲鳴と銃声の向こう側、炎に包まれた交差点の奥から、周囲の空気を震わせるような重低音の駆動音が響いてきた。

 戌亥はヤタガラスの銃口を下げ、炎の奥を凝視する。

 牡丹も銃撃を止め、楽しげだった表情をわずかに引き締めた。

「お出ましやな」

「ああ」

 暴徒たちの死骸を踏み潰しながら姿を現したのは、全高三メートルに迫る、異形の鋼鉄の怪物だった。

 旧中国軍閥から流出した、軍用重機動パワードスーツ。

 その分厚い装甲の奥から、ギャングのリーダーである巨漢が、血走った目で戌亥たちを睨み下ろしていた。両腕に装備された重機関砲の銃身が、ゆっくりと回転を始める。

 圧倒的な殺戮の果てに、本当の死闘が幕を開けようとしていた。

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