第37話 偽りの鎮圧者
新京の血管とも言える、中層区を周回する大型輸送モノレール。それが今、CIAから供与されたアサルトライフルで武装したレジスタンスの手に落ちていた。
時速二百キロで夜のビル群を縫うように暴走する列車の屋根に、上空の治安維持局ヘリから単独で降下した戌亥迅が、轟音と共に着地した。
チタン合金のブーツが車両の天井を陥没させる。凄まじい風圧の中、戌亥は一切の躊躇なく零式・重圧粉砕腕を起動し、足元の屋根ごと車両の内部へパイルバンカーを叩き込んだ。
鋼鉄が拉げる悲鳴。屋根が巨大な穴を開け、戌亥は驚愕するテロリストたちのど真ん中へと落下した。
「な、なんだ!?」
「上から来やがった! 撃てェ!」
狭い車内で、数本の銃口が一斉に戌亥へと向けられる。
しかし、戌亥の動きの方が遥かに速かった。戦闘システムが完全に最適化され、彼の視界にはバグ一つ表示されていない。今はただ、標的を粉砕するだけの完璧な殺人機械だ。
先頭の男が引き金を引く直前。戌亥は姿勢を極限まで低くして肉薄し、男の顎を下から掌底でカチ上げる。頸椎が砕ける嫌な音と共に、男の身体は宙に浮いた。
そのまま戌亥はその体を盾にして前進。背後からの銃弾を男の肉の盾で受け止めながら、ヤタガラスをホルスターから抜き放つ。
ズドン、ズドン、と、重低音が狭い密室で反響する。
逃げ場のない一直線の車内で、20ミリ徹甲弾の破壊力はあまりにも絶大だった。弾丸は一人目の胴体を貫通し、背後にいた二人目の男ごと車両の側壁を吹き飛ばした。
「バケモノめ……ッ!」
最後尾で機関銃を構えた男が絶叫する。
だが戌亥は、吹き飛んだ側壁の穴から吹き込む強風に一切体勢を崩すことなく、猛烈なスピードで距離を詰めた。機関銃の掃射が戌亥の右肩の装甲を削るが、彼はその痛覚を完全に遮断している。
戌亥はヤタガラスの重い銃床で男の顔面を強打し、ぐらついた身体の胸ぐらを鷲掴みにした。
「列車を、止めろ」
「ひぃッ……!」
無機質な戌亥の赤い単眼に見下ろされ、男は完全に戦意を喪失した。
戌亥はそのまま男を側壁の穴へと引きずり、時速二百キロで流れる夜景の中へ、まるでゴミでも捨てるかのように蹴り落とした。
戦闘開始から、わずか数十秒。
車内を制圧した戌亥は、先頭の運転席へと向かい、コントロールパネルの強制停止レバーを引き下げた。強烈なブレーキ音が響き、列車が火花を散らしながら停止する。
任務完了。完璧な制圧劇だった。
しかし、列車のモーター音が完全に止み、静まり返った車内に血の匂いだけが漂い始めたその瞬間。
堰を切ったように、戌亥の網膜ディスプレイに赤いノイズが奔流となって溢れ出した。
『Error: Empathy Module Override Failed』
『Warning: System Paradox Detected』
戦闘の最中だけは暴力で押さえつけていたはずの「人間性」が、沈黙の中で一気に彼を襲った。
戌亥の右手が痙攣し、手から滑り落ちたヤタガラスが金属音を立てて床に転がる。動力炉が苦しげな脈動を打ち、彼は崩れ落ちるように座席へと倒れ込んだ。
戦闘中は完璧な機械として躍動できた。だが、命を奪った後の静寂の中で、自分が殺した人間たちの命の重さが、処理しきれないエラーとなって彼の中枢を苛む。
彼は偽りの鎮圧者だ。機械のフリをして生きるには、すでに人間になりすぎていた。
誰もいない血濡れた車内で、猟犬はただ一人、自らのノイズに苦しみながら暗い虚空を睨みつけていた。




