第28話 効率という名の狂気
新京・中層区、第十七ブロック。
人工の夜空を赤く染め上げているのは、きらびやかなネオンの光ではなく、あちこちで爆ぜる火薬の炎だった。
CIA『ファントム・スレッド』の緻密な扇動により、くすぶっていた反体制派が一斉に蜂起したのだ。数千人規模に膨れ上がったレジスタンスは、入り組んだ居住区と複雑な地下道を連結して即席の要塞を構築。地の利を活かしたゲリラ戦を展開し、事態は完全な市街戦の様相を呈していた。
この深刻な事態に対し、治安維持局の権限を強制的に凍結し、鎮圧の指揮権を掌握したのは、国防省直轄『金剛』の連隊長、権藤鉄幹であった。
包囲網の最後方に配置された大型指揮車両。その中枢で、権藤は無数のホログラム・モニターに囲まれ、静かに戦況データを見つめていた。
「連隊長。敵は居住区のブロック全体を盾にしており、重火器の配備も確認されています。歩兵部隊による各個突入を行った場合、完全制圧までに要する時間は推定72時間。さらに、入り組んだ地形での戦闘により、我が軍の損耗率は40パーセントを超えるという予測が出ました」
副官の報告を聞きながら、権藤の網膜ディスプレイには、弾き出された損害予測と、それを回避するための最適解が滝のような数式となって流れていた。
「……非効率極まりないですね」
権藤の声には、反乱軍に対する怒りも、苛立ちも一切含まれていない。
「我が連隊の優秀な機甲戦力という貴重なリソースを、そのような無駄な消耗戦で浪費することは、国家防衛の観点から容認できません」
「では、突入ルートを変更しますか?」
「いえ。暴動の鎮圧というアプローチ自体が、すでに数式として間違っています」
権藤は極めて理知的で丁寧な口調のまま、恐るべき作戦変更を口にした。
「『暴動の鎮圧』から、『当該区画の完全消去』へと作戦を移行します。全後方支援部隊に対し、第十七ブロックへの重砲撃を命令。座標をグリッドで区切り、建造物ごと『面』で完全にすり潰してください」
その言葉に、冷酷な軍人である副官でさえ、一瞬だけ息を呑み、血の気を引かせた。
「お、お待ちください! 当該ブロックには、逃げ遅れた非戦闘員の一般市民が、推定で五千人以上取り残されています! 今から砲撃を行えば、彼らは一人残らず――」
「ええ、計算通りです」
権藤は振り返り、眼鏡の奥の冷たい瞳で副官を見た。
そこに狂気的な殺人鬼の笑みや、弱者をいたぶるような悪意は微塵も存在しない。あるのはただ、黒板の数式を解き終えた数学者のような、完璧な平穏だけだった。
「歩兵戦による自軍損耗と、それに伴う防衛力低下のリスク。対して、重砲撃による区画の再開発費用と、五千の『労働力』の損失。これらを比較演算した結果、後者の方が国家にとって遥かに損害が少ない。……彼らの命は、秩序を最短時間で回復させるための『許容されるコスト』です」
純粋な論理の狂気。
権藤にとって、市民の命も、建物のコンクリートも、敵の数も、すべては数式を構成する「数字」でしかない。一番被害が少ない効率的な計算式を適用した結果が、たまたま数千人の大虐殺だったというだけのことなのだ。
「躊躇する時間すらコストの無駄です。開始してください」
静かな命令が下された。
数分後。夜空を引き裂くような凄まじい砲撃音が連続して轟き、新京の空に無数の火球が降り注いだ。
逃げ惑う市民の悲鳴も、親が子を庇う愛も、レジスタンスの義憤も。すべては圧倒的な火力の前に平等にすり潰され、区画ごと真っ平らな更地へと物理的に消去されていく。
灰が雪のように舞い散る指揮車両の中で、権藤鉄幹はただ無表情のまま、モニターの「作戦完了」の文字を見つめていた。




