第23話 猟犬と軍神
数時間前まで無数のプラントが立ち並んでいた第七工業区は、ただの真っ平らな荒野へと変貌していた。
弾痕すらない。地形ごと物理的に削り取られ、赤黒い肉片とコンクリートの粉塵が混ざり合った凄惨な泥濘だけが、かつてそこに人間がいたことを辛うじて証明している。
残党処理と事後確認のため、遅れて現場へ到着した治安維持局・暗部『鴉』の二つの影。
修復されたばかりの真新しい銀の装甲を軋ませる戌亥迅と、その傍らを飄々とした足取りで歩く御堂牡丹だ。
「……こりゃまた、派手にやりよったなぁ。残党狩りどころか、拾い集めるパーツすら残ってへんわ」
牡丹が泥濘を蹴りながら、呆れたように口笛を吹く。
その視線の先、黒焦げた大地の上で、撤収作業を進める国防省直轄『金剛』の重装甲部隊がいた。その中心で、六銃身ガトリング砲をパージし、通常義腕へと換装を終えたばかりの巨漢――権藤鉄幹が、静かに二人を振り返った。
「治安維持局の最高位執行官。出遅れた番犬の皆様には、少々退屈な光景でしたかな」
極めて理知的で丁寧な口調。だが、その底には絶対的な上位者としての冷徹な傲慢さが張り付いている。
権藤は戌亥の巨躯を見下ろし、眼鏡の奥の瞳で精密なスキャンを走らせた。
「戌亥迅。あなたの戦績は国防省のデータベースでも拝見しています。零式・重圧粉砕腕による点の突破力。標的を確実に仕留める直感と剛腕。……実に素晴らしい職人技だ。しかし」
権藤は血塗られた荒野を指し示した。
「効率が悪すぎる。君たち警察機構のサイボーグは、敵を『個』として認識し、一つずつ潰していく。しかし戦争において、敵とは座標に置かれたただの『数字』です。点を穿つ必要などない。計算された火力で、地形ごと『面』で消去する。これこそが至高の効率であり、完全なる数式だ。直感に頼る旧時代の猟犬は、いずれ時代遅れになる」
冷たい風が吹き抜け、火薬の臭いが二人の巨漢の間に立ち込める。
点と面。直感と計算。単独突入の剛腕と、地形ごと削り取る重火力。
同じ国家のサイボーグでありながら、その在り方は水と油のように相反していた。戌亥の赤い光学センサーが静かに発光し、権藤の背後の『金剛』隊員たちが微かに武器を構える。水面下でバチバチと致死の火花が散り、今にも身内同士の殺戮が始まりかけた、その時だった。
「はいはーい、講義はそこまで。ウチのワンちゃん、あんまり賢うないから難しい数式は寝てまうねん」
牡丹が二人の間にスッと割って入り、大げさに肩をすくめた。
「軍隊サマのド派手なお掃除はホンマええ仕事やと思いますー。せやけど、ウチらは泥水すすってでも首輪の鎖の長さでやれることやるだけなんで。ほな、お疲れさん」
飄々とした関西弁が、一触即発の極度の緊張感を鮮やかに逸らす。牡丹は背中で戌亥を制しつつ、権藤に対しては決して隙を見せない『鴉』としての鋭い牽制を放っていた。
権藤は牡丹を少しだけ見つめ、やがて興味を失ったように「……なるほど。ノイズが多い」とだけ呟いた。
「標的が死ねば同じだ」
踵を返しかけた権藤の背中に、これまで沈黙していた戌亥の氷のような声が突き刺さる。
感情は一切交じっていない。だが、そこには猟犬としての決して譲れない意地があった。
権藤は足を止めず、ただ「数式を理解できない者は、やがて淘汰されるだけです」と静かに返し、輸送機へと歩み去っていった。
軍神の去った荒野に取り残された二匹の猟犬。
「……食えないエリート様やな」とこぼす牡丹の隣で、戌亥はただ黙って、ヤタガラスの銃把を強く握り直していた。




