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鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


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第21話:権力者たちの遊戯

 新京の最深部に位置する最高幹部会議室は、息が詰まるような冷気と沈黙に支配されていた。

長大なマホガニーの円卓。その上座には重厚な御簾が下ろされ、絶対的指導者である犬養旭弘の姿を完全に隠している。

「国家の絶対的聖域である官邸中枢への不法侵入。防壁の物理的突破。……治安維持局の失態は、もはや弁明の余地がない」

静寂を切り裂いたのは、国防大臣・柴田勝馬の氷のように冷たい声だった。仕立ての良い軍服を纏う彼は、エリート層特有の傲慢な視線を、向かいに座る木下英雄へと突き刺す。

「血統の知れない野良犬ばかりを飼い集めた結果がこれだ、木下局長。君の無教養なブリーダーごっこが、国家を危機に晒したのだよ」

「いやいや、柴田大臣! そりゃあちと飛躍しすぎだわ!」

木下は額に脂汗を浮かべ、持ち前の尾張訛りを全開にして必死に愛想笑いを浮かべた。揉み手をするその姿は、一国の治安機構のトップとは到底思えない卑屈さに満ちている。

「確かにネズミが一匹紛れ込んだがね、ウチの最高の猟犬がしっかり尻尾を掴んだでよ! 次は絶対に逃がさん。ご安心いただいて――」

「事態はすでに警察権力で対処できる次元を超えている」

柴田は木下の必死の弁解を冷酷に遮った。

「CIAの特務サイボーグの侵入は、明確な『軍事脅威』だ。総裁閣下、国防省直轄の特殊機甲連隊『金剛』の治安維持介入を提案します。生温い番犬に代わり、軍の火力で害獣を面ごと殲滅すべきかと」

木下の顔色が変わる。軍に権限を奪われれば、成り上がりの自分の足場は崩壊する。

「待ってちょーよ! 治安維持はわしらの管轄だわ! 軍が街中でドンパチやらかしたら――」

「――承認する」

御簾の奥から響いたのは、感情の起伏を一切感じさせない、機械的で平板な声だった。犬養のその一言は絶対であり、会議の終わりを意味していた。木下は屈辱に顔をドス黒く歪め、震える声で御意にと頭を垂れることしかできなかった。

会議を終え、自身の局長室に戻った木下は、人が変わったように狂乱した。

「使えん! どいつもこいつも給料泥棒ばかりだわ!」

鈍い音が響く。報告書を持ってきただけの罪のない部下の顔面を、木下は純金製の灰皿で容赦なく殴りつけ、床に倒れ込んだ腹を革靴で執拗に蹴り上げた。

「あのエリート気取りの柴田め……わしを犬の世話係みたいにコケにしおって! わしは犬養総裁の懐刀だぞ! どいつもこいつも、わしを見下しやがって……!」

部屋には部下の悲痛なうめき声と、権力者の醜い焦燥と保身の叫びだけが響き渡っていた。

一方で、政治という名の泥沼から遠く離れた、暗部『鴉』の地下メンテナンスルーム。そこには、上層部の醜悪な権力闘争とは無縁の、極めて無機質で静謐な時間が流れていた。

手術台に固定された戌亥迅の身体は、エイダの流体金属によって無惨に切り裂かれ、右半身の装甲と人工筋肉が完全に剥き出しになっていた。東雲班長が火花を散らしながら、切断された神経ケーブルを一本ずつ物理的に溶接していく。青黒い合成血液が冷たい床に滴り落ちるが、戌亥の顔には苦痛も、敗北の屈辱も、一切の感情が浮かんでいない。

上が誰の責任を追及しようと、誰が権力を握ろうと、猟犬には関係のないことだ。

戌亥はただ沈黙の中、自身の網膜ディスプレイに流れるシステム修復のパーセンテージだけを冷たい眼差しで見つめていた。ただ次なる殺戮の命令を遂行するためだけに、自らの身体を切り刻まれ、新しく作り変えられていく。国家という巨大な虚構の中で、最も純粋な機械は、ただ静かに血を流し続けていた。

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