第17話:インターミッション(静寂と修復)
治安維持局本部、暗部『鴉』専用メンテナンスルーム。
滅菌処理された冷気が漂うその空間には、焦げた人工皮膚の異臭と、火花を散らす溶接の青白い光が満ちていた。
中層区での単独奪還任務を終えた戌亥の体は、文字通り半壊状態にあった。対義体用の高圧電流とEMP、そして十字砲火を正面から受けた代償は決して小さくない。右半分の装甲は完全にひしゃげて剥落し、黒焦げになった人工収縮繊維の隙間からは、青黒い合成血液がとめどなく滴り落ちている。
「無茶をするなとは言わんが、毎度毎度、よくここまで原型を留めずに帰ってこられるもんだ」
初老の整備班長である東雲が、呆れたような、それでいてどこか猟犬を案じるようなため息をついた。彼は精密マニピュレーターを操作し、戌亥の焼け焦げた神経回路を物理的に切断、新しい伝達ケーブルへと手際よく再接続していく。
整備台に固定され、頭部以外をほとんど分解されながらも、戌亥の網膜ディスプレイは平然と稼働していた。痛覚回路はとうに遮断されている。
「駆動系に0.3秒の遅延が生じている。次までに修正しろ」
「分かっとる。リミッターを焼き切ったツケだ。人工筋肉の出力調整もやり直す」
東雲が太いボルトを締め直したその時、自動ドアが軽い電子音を立てて開いた。
「お疲れさん。相変わらず派手に壊してんなぁ」
御堂牡丹がメンテナンスルームに入ってきた。彼女もまた自身の任務を終えた直後なのか、太もものホルスターに収められた愛銃『雷火』から、微かに硝煙の匂いを漂わせている。
牡丹は整備台の脇に寄りかかり、修復されていく戌亥の無惨な体を覗き込んだ。
「しかし、外の連中が入り込んで、街がキナ臭くなってきたな。ただのテロリストちゃうで、あれは。プロの匂いがするわ」
彼女の瞳には、状況の悪化を楽しむような好戦的な光と、同じ死線を潜る戦友に対する独特の信頼が入り交じっている。しかし、戌亥は首だけを動かして彼女を一瞥すると、氷のように冷たい声で端的に返した。
「標的が増えるだけだ」
その一言に、牡丹は少しだけ肩をすくめ、短く笑った。
「……せやな。ウチらは命じられた通りに、増えた的をぶち抜くだけや」
慰めも、互いの無事の確認もない。国家の猟犬として血に塗れた日々を生きる者同士の、極めてドライで完璧な相互理解がそこにあった。
一時間の後、修復を終えた戌亥は整備台から立ち上がった。
銀色に輝く真新しいチタン装甲。完璧に再調整された高出力の人工筋肉。戌亥は東雲から差し出されたヤタガラスを受け取り、重い金属音を立てて弾倉の装填を確認する。右腕のパイルバンカーにも、新しい火薬カートリッジがセットされた。
次なる目的地は、旧地下鉄網の最深部に構築された海外スパイの真の本拠地。
「じゃあな。死ぬなよ、とは言わん。確実に殺してこい」
東雲の不器用な労いと、背後で軽く手を振る牡丹を残し、戌亥は無言のまま踵を返した。休息は終わった。猟犬は再び、底知れぬ新京の闇の中へと単騎で降下していく。




