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鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


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第16話:狂信者の末路

中枢制御室を塞ぐ分厚い防爆扉が、内側へと無惨にひしゃげて吹き飛んだ。

ひどく焼け焦げ、左半分の金属骨格を剥き出しにした巨大な鋼鉄の猟犬が、紫煙を纏いながら室内に足を踏み入れる。

施設の中枢であるその空間は、無数のモニターが放つ冷たい青の光に満たされていた。

その中央、巨大なメインコンソールの前に、一人の男が立っていた。旧東京ナイトオウルの残党を率いるリーダー。彼の軍服は長年の地下生活と戦闘で薄汚れ、その顔には深い疲労と、それ以上の凄まじい執念が刻み込まれていた。

足元には施設の職員たちの死体が転がり、コンソールには新京のエネルギー供給網を物理的に破壊するためのウイルス・プログラムが走っている。だが、男はモニターから目を離し、血と硝煙に塗れた戌亥を真っ直ぐに見据えた。

「来たか、国家の犬め」

男の声には恐怖はなかった。あるのは、限界まで圧縮された憎悪と、自らの死すらも大義の薪にくべる狂信者の熱情だけだ。男は手にした旧式のアサルトライフルを床に投げ捨てた。鉄鋼マシーナリーの前では、そんな玩具など何の意味もなさないことを熟知しているのだ。

「俺たちの部隊をたった一人で壊滅させたか。さすがは新京の最高位執行官だ。だがな、お前が守っているその国が、どれほど腐りきった虚構か知っているか?」

男は両手を広げ、血を吐くような声で叫び始めた。

「俺たちは信じていた! 犬養の言葉を、あいつが思い描いた『自由と秩序の国家』を! だがどうだ? 奴は権力を握った途端、俺たちを切り捨てた。邪魔になった旧時代の同志を、治安維持という美名のもとに親衛隊と軍隊で物理的にすり潰したんだ!」

男の脳裏には、東京事変の凄惨な光景が鮮明に焼き付いているのだろう。彼の目から血の涙のように濃い雫が溢れ、コンクリートの床に落ちた。

「関さんは、最後まで犬養を信じて死んでいった。俺たちはその怨念を背負って今日まで泥水を啜って生き延びてきたんだ! 外の国に魂を売ろうが関係ない。この狂った新京という無菌室を破壊し、犬養の喉笛を噛み千切るためなら、俺たちはなんだってやってやる!」

男の言葉は、制御室の壁に反響し、悲痛な響きを帯びて空間を震わせた。

それは、国家という巨大な暴力に使い捨てられた弱者の、あまりにも人間らしい義憤であり、悲哀だった。彼の言葉には、体制の欺瞞を突く正当性があり、聞く者の心に訴えかける魂の叫びがあった。

もし戌亥の中に、わずかでも「人間としての良心」が残っていれば。

あるいは、システムの矛盾に気づき始めている者であったならば。

彼の悲劇に耳を傾け、自らが手を血に染めている任務の正当性について、一瞬の葛藤や迷いを抱いたかもしれない。対話の余地が生まれ、武器を下ろすことすらあったかもしれない。

だが、戌亥の感情回路は完全な「無」だった。

男が熱弁を振るっている間、戌亥の網膜ディスプレイには、ただ冷酷な戦術データだけがスクロールし続けていた。

対象の生体反応。

室内のトラップの有無。

ウイルスの進行状況。

そして、標的を完全に沈黙させるための最適座標の計算。

戌亥にとって、男の語る怨念も、過去の悲劇も、新京の虚構性も、風の音と何ら変わらない。システム上、意味を持たないただのノイズだ。

「俺たちの命は、関さんの命は、こんな作り物の街の土台にされるためにあったわけじゃない! お前も機械の身体にされて、犬養に飼い慣らされた哀れな奴隷だ! 目を覚ませ! お前が殺しているのは、国家の敵じゃない、ただの人間だッ!!」

男が叫びを最高潮に達せさせ、懐から自爆用の起爆装置を取り出そうとしたその瞬間。

「俺は国家の犬だ」

氷のように冷たく、一切の抑揚を持たない機械的な声が、男の熱狂を無惨に断ち切った。

男が驚愕に目を見開くよりも早く、戌亥は一瞬で距離を詰めていた。

重量数トンの巨体が音もなく滑るように男の懐へ潜り込み、その右腕が男の胸元に突き立てられる。

「ゴミの遺言に興味はない」

ズガァァァァァァァァンッ!!!

炸裂音と共に、零式・重圧粉砕腕の極太の鋼鉄杭が射出された。

男の悲鳴はない。

杭は男の胴体を真正面から完全に粉砕し、肋骨と内臓を赤い霧に変えて、背後の巨大なメインコンソールごと壁を穿った。

飛び散る肉片と血の雨が、青いモニターの光をドス黒く染め上げる。自爆装置は男の手から力なく転げ落ち、そのまま床で乾いた音を立てた。

沈黙。

男が命を賭して語った大義も、怨念も、すべてが一瞬の暴力によって物理的に消去された。対話も、共感も、理解も、そこには一切存在しない。

戌亥は杭を引き抜くと、腕にこびりついた血肉を無造作に振り払った。

「標的の排除を完了。システムハックを停止させる」

戌亥は破壊されたコンソールにアクセス端子を突き刺し、男たちが命を懸けて仕掛けたウイルス・プログラムを、ものの数秒で完全に消去した。

エラーの警告音が鳴り止み、施設の中枢に再び無機質な静寂が戻ってくる。

足元には、もはや誰の顔だったのかも判別できない肉塊が転がっている。

戌亥は一瞥することすらなく、通信機を起動した。

「任務完了。これより帰還する」

彼の胸中には、任務を成し遂げた達成感も、狂信者を殺したことへの後味の悪さも微塵も存在しない。

ボロボロに焼け焦げた装甲を引きずりながら、猟犬は振り返ることなく、血に染まった制御室を後にした。

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