第15話:報復の狼煙と強行突破
新京の心臓部へ電力を供給する、中層区の第三エネルギー制御施設。
平時であれば純白の壁と無機質なLED光に包まれているはずのその空間は、けたたましい非常サイレンと明滅する赤い警戒光に塗り潰されていた。
地下のアジトを単騎で壊滅させられたことへの報復、そして新京のインフラに致命的な打撃を与えるため、旧東京ナイトオウルの残党と海外工作員の混成部隊がこの施設を武力占拠したのだ。
彼らは施設のメインエントランスから中枢制御室に至る一本道に、持ち得る限りのトラップを敷き詰めていた。対義体用の高圧電流ネット、指向性EMP地雷、そして幾重にも組まれた十字砲火の陣形。
人間の脳すら焼き切る電流と、電子機器を死滅させる磁場。どれほど強力なサイボーグであろうと、ここを正面から突破することは物理的に不可能。彼らはそう確信し、息を潜めて「国家の犬」を待ち構えていた。
だが、彼らは猟犬の「異常性」を根本的に理解していなかった。
ズドォォォォンッ!
分厚いチタン合金のメインゲートが、外側からの凄まじい質量攻撃によって内側へへし折れるように吹き飛んだ。
粉塵が舞う中、赤く発光する単眼の光学センサーが、暗闇の中からぬらりと現れる。
最高位執行官、戌亥迅。
隠密行動も、迂回ルートの索敵も、彼にとっては無駄なプロセスに過ぎない。網膜ディスプレイに表示された「目標地点」への最短距離。ただその直線上のベクトルに従い、戌亥は重い足音を響かせてエントランスへと踏み込んだ。
「来たぞ! トラップを起動しろ!」
残党の一人が絶叫し、起爆スイッチを叩き込んだ。
戌亥の頭上から、数万ボルトの電流を帯びた特殊合金のワイヤーネットが降り注ぐ。同時に足元の床が爆け、対義体用の指向性EMP地雷が青白い閃光を放った。
バチィィィィンッ!
空気を焦がす異臭と共に、戌亥の巨体が凄まじい電撃の檻に包まれる。
皮膚を覆う人工生体パーツが瞬時に炭化し、剥がれ落ちる。内部の超硬度骨格が熱を持ち、人工筋肉の収縮繊維が限界を超えて悲鳴を上げた。視界には赤いエラーコードが滝のように流れ、全身の駆動系から警告音が鳴り響く。
「やったか……ッ!?」
工作員の一人が呟いたその瞬間、電流の檻の中で「それ」は動いた。
機能を停止するはずの鉄の塊が、ゆっくりと前傾姿勢をとる。
戌亥は、自身に巻き付いた数万ボルトのワイヤーネットを、素手で強引に掴み取った。掌の装甲が熱でドロドロに溶け、内部の配線が焼け焦げていく。しかし戌亥は、表情筋すらピクリとも動かすことなく、そのワイヤーを凄まじい膂力で引き千切った。
「な……ば、化け物……!」
自身の肉体がどれほど損傷しようと、痛覚も恐怖も存在しない。
戌亥の演算ユニットが導き出した答えは、「回避して時間をロスするよりも、装甲の耐久値と引き換えに最短距離を直進する」という極めて無機質で狂気的なものだった。
ブチブチと人工繊維を引きちぎる音を響かせながら、黒焦げになった巨体が煙を上げて前進してくる。
恐怖に駆られた混成部隊は、一斉にアサルトライフルと対物ライフルによる十字砲火を浴びせた。
弾雨が戌亥の肩をえぐり、太ももの装甲を砕き、左頬の人工皮膚を吹き飛ばして銀色の金属骨格を露出させる。
しかし、戌亥の歩みは1ミリたりとも遅れない。
彼は弾幕の嵐の中を、まるで散歩でもするかのように直進し、右腕の大口径対装甲拳銃『ヤタガラス』を水平に構えた。
照準器など見ない。演算された座標に向け、無造作に引き金を引く。
轟音。
放たれた20ミリ徹甲弾が、分厚い防弾シールドの裏で震えていた残党の上半身を、シールドごと赤い霧に変えた。
次弾。工作員が隠れていたコンクリートの柱を貫通し、その背後にいた二人の胴体を真っ二つにへし折る。
「ヒィッ……! ひぃぃぃぃっ!」
完全に狂乱した残党の一人が、銃を捨てて後方へ逃げ出そうとした。
その背中に向けて、戌亥は跳躍した。
損傷し、火花を散らす両脚の人工筋肉が、それでも人間離れした跳躍力を生み出す。天井近くまで跳び上がった戌亥は、逃げる男の頭上から、隕石のように落下した。
着地と同時に、男の頭蓋骨がトマトのように踏み砕かれる。
「化け物がァァァッ!」
死角から飛び出してきた工作員が、戌亥の首筋に向けて高周波ブレードを振り下ろした。
戌亥はそれを左の義腕で無造作に受け止める。刃が装甲を食い破り、内部の駆動軸にまで達するが、戌亥の赤い光学センサーは全く揺らがない。
そのまま戌亥は、右腕の肘から先を展開した。
ズガァァァァァァンッ!!
零式・重圧粉砕腕の極太の鋼鉄杭が、至近距離から工作員の腹部を貫通し、その後方の壁にまで深く突き刺さった。内臓を撒き散らしながら絶命する工作員を、杭を引き抜く動作で無造作に床へ捨てる。
圧倒的な蹂躙。
戦術も、大義も、怨念も、すべてが「絶対的な物理の暴力」の前にすり潰されていく。
残党と工作員が周到に用意したキルゾーンは、戌亥がただ一直線に歩いたというだけで、わずか数分のうちに死肉と血の海に変わっていた。
中枢制御室へと続く最後の防爆扉の前に、戌亥は立っていた。
全身の装甲はひどく焼け焦げ、左腕からはスパークが散り、顔の右半分は金属骨格が剥き出しになっている。システムの損傷率は40パーセントを超えていた。
「……システムチェック。戦闘継続に支障なし」
戌亥は自身の破損した身体を一瞥することもなく、血と油に塗れた手でヤタガラスをリロードした。
扉の向こうには、このテロを首謀した残党のリーダーが待っている。だが、戌亥にとってはそれすらも、ただ排除すべき一つの座標に過ぎない。
猟犬は感情を持たない。ただ命じられた通りに、次の扉を蹴り破るだけだった。




