第14話:外の世界の真実
地下廃棄ルートの冷たいコンクリートの床に、海外工作員は身を投げ出していた。光学迷彩のスーツはズタズタに裂け、両腕を失った胴体からは大量の鮮血が流れ出し、黒ずんだ水たまりを作っている。
戌亥は重い金属音を響かせながら、その血まみれの身体に歩み寄った。
網膜ディスプレイには、義体の各部から送られる損傷アラートが点滅しているが、機能維持に支障はない。冷徹な紅いレンズの眼差しが、虫の息となった工作員を上から見下ろした。
「……フッ、化け物が……」
工作員は血の混じった唾を吐き出し、嘲笑うような歪んだ笑みを浮かべた。その瞳には、恐怖ではなく、狂気じみた冷笑の色が宿っていた。
死を悟った男は、出血多量で掠れた声を絞り出す。
「お前らは……新京のなかに閉じ込められて、自分たちが世界の覇者だと思い込んでいる……。だが、外の現実を知ったら、その誇り高い鉄の身体も錆び付くぜ」
戌亥は無言のまま、ヤタガラスの銃口を工作員の額へと正確に向けた。尋問のための言葉など持たない。情報を引き出す必要もない。そこにあるのは、標的をコード通りに排除するという物理的な手順のみだ。
しかし、工作員は銃口を恐れるどころか、さらに深く不敵な笑みを深めた。
「お前らが信じ込まされている『外の世界は核で汚染された不毛の荒野』……その前提自体が、国家の作り上げた真っ赤な虚構だ。知っているか? 外は荒野なんかじゃない。世界は今、新京が隠し持つ異常な超軍事力――あの衛星レーザー『アマテラス』を警戒し、それを打ち破るための『世界規模の激しい戦争状態』に包まれているんだよ!」
工作員の言葉が、地下空洞の湿った空気を切り裂く。
新京の市民が教え込まれ、絶対の真実として信じ込んでいる「外の荒廃と孤立」。その大前提が、すべて体制維持のためのプロパガンダに過ぎないという衝撃の事実。外の世界はすでに終わった死の地ではなく、国家間の凄惨な総力戦の只中にあるという。
もしここにいるのが一般の人間や、あるいはわずかでもシステムへの疑念を抱いた者であれば、その言葉に激しい動揺を覚え、世界構造の歪みに絶望しただろう。
だが、戌亥の神経系には、その重大な告発すら何のインパルスももたらさなかった。
網膜ディスプレイに流れるのは、工作員の心拍数低下と、生存確率がゼロであることを示す無機質な数値だけだ。
外が戦火に包まれていようと、世界がどう転ぼうと、新京の法と犬養のシステムが戌亥に命じる命令はただ一つ、「国家の敵を排除すること」に収斂される。真実の重みも、世界の矛盾も、戌亥の脳内では処理する価値すらない「不要なノイズ」として一瞬で切り捨てられた。
「……無駄な雑音だ」
低い、機械的な声が響く。
戌亥の指が、ヤタガラスのトリガーを絞った。
轟音。
20ミリ口径の徹甲弾が、工作員の頭部を文字通り消し飛ばした。
飛び散る脳漿と血煙が、冷たいコンクリートの壁を赤く染め上げる。工作員の身体は痙攣し、二度と動かなくなった。
世界がどう変わろうとも、外でどれほどの戦争が起きていようとも、戌亥にとっての現実は目の前の死体と、次なる標的のデータだけだ。
迷いなど存在しない。ただ冷徹に、ただ機械的に。
猟犬は血塗れの足音を響かせながら、暗い地下水路をひとり、次の任務へと歩き出した。




