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鋼の狂犬  作者: 八咫 日本


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11/22

第11話:亡霊たちの胎動

 新京の最下層、第十八外周区。陽の光など設計段階から計算されていないその区画は、常に酸性の人工雨と這い寄るような湿気に覆われていた。

戌亥の網膜ディスプレイには、無機質なアラートが赤い光を明滅させている。先日逃した暗号キーの一部が、この下層区のローカルネットワークで物理的に接続された。目的は局地的な防壁のクラッキング。

戌亥は愛機の大型バイクを降り、一切の足音を殺して廃棄された水質浄化プラントへと単独で潜入した。

プラントの内部は、異様な静けさに包まれていた。スラムのギャングがたむろする際の、粗末なドラッグの臭いや下品な笑い声はない。

代わりにあるのは、高性能な光学センサーが稼働する微かな駆動音と、統率の取れた軍靴の響きだけだ。

戌亥の嗅覚センサーが、高純度のガンオイルと最新鋭の火薬の匂いを捉える。敵は6名。ツーマンセルで完全に死角をカバーし合いながら、プラントのメインサーバーへ物理ハッキングを仕掛けている。装備は新京の非正規ルートでは絶対に手に入らない、西側諸国製の最新型アサルトライフルと対装甲用の徹甲弾。

ただの烏合の衆ではない。高度に訓練されたプロフェッショナルだ。

だが、戌亥にとってその事実は「排除の手間が数秒増える」以上の意味を持たなかった。

一切の躊躇なく、戌亥は物陰から歩み出る。迷彩も奇襲も必要ない。正面からの蹂躙、それが最高位執行官たる鴉の流儀だった。

侵入者に気づいた敵の一人が叫ぶよりも早く、戌亥の右手で吼えた大口径対装甲拳銃、ヤタガラスの轟音がプラントのドームを揺るがした。

放たれた20ミリ口径の徹甲弾は、前衛の男の強化防弾ベストを紙切れのように貫き、上半身そのものを真っ二つに消し飛ばした。

血の雨が降り注ぐ中、残る5名が即座にフォーメーションを組み直し、戌亥の急所である関節部やセンサーの隙間へ向けて正確な十字砲火を浴びせる。火花が散り、戌亥の装甲を僅かに削るが、彼の歩みは止まらない。

戌亥の脳内には、恐怖も、焦りも、敵の戦術に対する感心すら存在しない。あるのは最適距離への到達という物理的な計算のみ。

距離3メートル。

敵のリーダー格が、対義体用のEMPナイフを抜いて死角から肉薄してきた。戌亥はそれを避けることすらしない。ナイフが戌亥の左肩の装甲に突き刺さり、青白い電撃が走る。エラーコードが視界を覆うが、戌亥は表情一つ変えず、その左手でリーダーの首を鷲掴みにした。

驚愕に目を見開くテロリスト。戌亥は右腕の肘から先を展開する。

超高圧の火薬カートリッジが炸裂し、零式・重圧粉砕腕の極太の鋼鉄杭が射出される。リーダーの頭部は防弾ヘルメットごと無惨に破裂し、その背後にいたもう一人の中隊員ごとコンクリートの壁に縫い付けられた。

残り3名。戌亥はヤタガラスをリロードすることなく、跳躍して彼らの懐へ飛び込む。圧倒的な質量の暴力。人工筋肉が唸りを上げ、首を折り、胸郭を叩き割り、脳髄を破壊する。

戦闘開始からわずか40秒。プラント内には、再び重苦しい静寂が戻っていた。

血溜まりの中に立つ戌亥は、自身の損傷状況をシステムに報告しながら、足元に転がる遺体のスキャンを開始した。

彼らの網膜や指紋は、新京の市民データベースには存在しない。戌亥は無表情のまま、リーダー格だった肉塊の胸元、漆黒のタクティカルジャケットを引き裂く。

インナーの左胸。そこに特殊な染料で彫り込まれたタトゥーがあった。夜空を羽ばたく一羽のフクロウ。

治安維持局の最深データベースが、過去のアーカイブから瞬時に照合結果を弾き出す。

名称、東京ナイトオウル。

現在の絶対指導者である犬養が、まだ学生であった頃に旧首都・東京において創設したボランティア団体。その後、新京が建都される前の政権交代期にスタンドアローン化して暴走し、党親衛隊および自衛軍による大規模な鎮圧作戦、通称「東京事変」によって指導者の関もろとも完全に壊滅したはずの組織。

犬養の若き日の理想から生まれ、そして旧時代の東京で死絶したはずの亡霊が、海外の最新鋭兵器を手にして、この新京の最下層に潜伏していた。

普通ならば、なぜ彼らが生き延びていたのか、いかにして強固な防壁を越えて新京へ入り込んだのか、その背後にある巨大な因縁に戦慄を覚えるだろう。

だが、戌亥の感情回路は全く揺れ動かなかった。彼が脳内で処理したのは、ただの事実の羅列だ。

「識別完了。対象は東京事変における旧東京ナイトオウルの残党。使用火器および戦術データから、外部組織の支援を受けている可能性大」

戌亥は血まみれの指で通信機を叩き、本部へと暗号化データを送信する。

「現場の制圧を完了した。清掃班を寄越せ。俺は次の標的の特定に移る」

亡霊たちがどのような悲壮な覚悟を持っていようと、どれほど長い年月をかけて復讐を企てていようと、戌亥には関係ない。反逆者は殺す。国家の命令は絶対である。

暗いプラントの底で、猟犬はただ冷たく、次の獲物の血の匂いを嗅ぎ取っていた。

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